絆 1





     
塔矢が学園に来てから1月近くがたちそれなりに
やっている。

塔矢は何ごとにも熱心で真面目だから寮生たちも
もう茶化したりはしない。誰もが塔矢には一目置いている。


俺の心配する事なんて何もなかったんだなってほっとしていた。




学校の授業が終われば学園に通うのが日課となった俺は
その日もいつものように対局室に入った。

「あれ?塔矢は。」

必ずといっていいほどそこにいる塔矢の姿がなく
対局が空いていた司に尋ねた。


「塔矢くん倒れたんだ。」

「ええっ!倒れたっていつ!」

「授業が終わった後。体調悪かったみたいで・・・」

俺は顔から血の気が引いたように青ざめた。

「それで!ばあちゃんは、ばあちゃんに見てもらったのか。」

「診療所から静江先生に来てもらうって園長先生が付き添われたけど。」



俺は 慌てて対局室から抜けて走り出した所で司が俺に叫んだ。

「塔矢君は部屋ですよ。」

「わかった。」




塔矢の部屋を慌てて押し開けた
丁度白衣を着たばあちゃんが塔矢を診察している最中だった。


「塔矢大丈夫。ばあちゃん塔矢は。塔矢は?」

血相を変えた孫に静江は少なからず驚いた。

「ヒカル少しは、落ち着きなさい。」

ばあちゃんは塔矢の聴診器を胸に当てていた。

「あっごめん。」

気が気でなくそわそわしながら様子を見守る。
塔矢はかなり辛そうだ。肩で呼吸するように息があらく
顔も赤いことから熱も高いようだ。




「ヒカル・・・塔矢君についていられる?」

「うん。もちろん。でも、ばあちゃん塔矢の様子どうなの?」

「扁桃腺が酷く腫れてる。数日前から我慢してたんでしょう
慣れない寮の生活の無理も出て来る頃だと思うし。
とにかく安静にすればよくなるわ。」


「そんなでよくなるの?だって塔矢こんなにしんどそうだし熱だって
かなり・・・。」

「そう。塔矢君に今 必要な事は休む事と栄養を取る事。
無理をさせてはいけない。あとで桜(看護師)さんに点滴とクスリを
持ってきてもらうから、ヒカル今晩は塔矢くんに付き添える?」

こんな塔矢を一人ほっとけない。

「当たり前だ。週末で俺明日学校も休みだし付き添うよ。」

「何かあったらいつでも自宅でも診療所でも連絡してきたらいいから。」



ばあちゃんが立ち去った後俺は塔矢の額に触れた。
やはりかなり熱い。

「すまない。進藤。」

「もうそういう事 気にするからお前病気になるんだぜ。」

「今 対局時間だろう?」

「そうだけど。」

「いかなくていいのか?」

「塔矢それ以上しゃべるな!」

話すたびに大きく肩で呼吸する塔矢が辛そうで俺は言葉を制した。

「しん・・」

それでも何か言おうとする塔矢の口を人差し指で俺は押さえた。

「対局よりお前の方が大事だ。」

「そんな事じゃ・・・なれないよ。」

聞き取れなかった言葉は多分「TOP棋士にはなれない。」だと俺は理解した。


「なれるさ。お互い上を目指してる限り。塔矢お前のがんばりは
認めるよ。
でも休む時は休め。それに少しは俺に甘えてくれたっていいんだぜ。
俺お前の恋人なんだから。」


言ってしまってから照れくさくなって俺は小さく笑った。
塔矢が布団から伸ばした手を俺は握った。

その手は額とは違ってひんやりしていた。

おれはその手を温ためるように両手で握りしめた。







やがて眠りについた塔矢の腕をそっと布団に戻すと凍り枕を
探しに寮内の医務室に向った。


桜さんが点滴とクスリを届けてくれて、
点滴を受けると塔矢の様子もすこし落ち着いた。



夜にもなるとすることのなくなった俺は自分の碁盤に棋譜を並べた。











パチン パチンと石を打つ音だけが部屋に響いてる。

誰?お父さん?それとも・・・目を開けたアキラはそこにある
奇妙な光景に目を奪われた。



進藤が碁を打っていた。棋譜ならべではなく、
誰かと。見えない相手と楽しそうに碁を打っていたのだ。



 『もうお前ちょっとは手加減しろよ。』




『ああ〜とにかくもう1局 もう1局打とうぜ!』



時には怒り、時には笑い声さえあげて、楽しそうに・・・。



「進藤 誰と打っているの?」

アキラが問いかけても返事は返ってこない。


まるで僕の言う事など聞こえないといように。

急に心細さと寂しさを感じた。



「嫌だ。進藤こたえて。」

進藤は僕には気づかない。
手を伸ばしても触れられない。声も届かない。

「進藤、一人にしないで 行かないで!!」









「 塔矢大丈夫か?」


体を揺れ動かされて僕は目を覚ました。
夢だったのだ。だが夢で終わらせるにはあまりにリアルすぎた。


碁石の音が・・・進藤のあの声がまだ耳元に残っていた。



「お前 すごい汗かいてる。のど渇いてない?着替えた方がいい?」

心配して僕の肩を抱いた進藤を僕は起き上がるとそのまま
布団に押し付けた。




「塔矢?」

「進藤 進藤 進藤・・・!」

そこに居る彼を確かめたくて腕に閉じ込めたくて僕はその柔らかい唇を
何どもむさぼった。


欲しい。欲しい君が欲しい!



そんな僕を進藤が抱きしめた。背に手を回してまるで離れないというように。
強く。より強く!


「塔矢・・・」

我に返った僕はようやく悪夢から目を覚ましたのだ。





「ごめん。進藤 君にまた怖い思いをさせてしまった。」

自己嫌悪に陥りそうになる。
夢だったのに、進藤はこの腕の中にいるのに。


「怖い思いをしたのはお前だろ?大丈夫か。
まだ少し熱あるぜ。俺、傍に居てやるからさ、寝よう。」



進藤はわざわざ自分のために引いていた布団には入らず
僕の布団に入った。



「なあ、塔矢お前俺とさ、SEXしたいんだろう。」

進藤は先ほどの僕の行動からそう取ったのだろう。

「・・・君が欲しいよ。でも僕は君を傷つけたくないんだ。」

「俺は傷ついたりしないさ。ましてどこにも行ったりなんてしない。」

まるで僕の夢を知ってるような言い方だった。

「さっき僕はひょっとして何か口走った?」

「うん。夢にうなされて、俺に行くなって。俺、傍に居たのに。
悲しかったぜ。ずっと塔矢に呼びかけてるのに行くな 行くなって
いうんだもん。どうしようかと思ったよ。」

「ごめん。」

「夢の中のことまで謝らなくていいって。それよりお前の体調が
よくなったらさ そのしよう。」

「君は無理してるんじゃ」

「無理してんのはお前の方。俺は今からだって構わないぐらいだぜ。」

「本気で言ってるのか?」

「もちろんだ。だけど、今からはやっぱりダメかな。お前が倒れたら俺のせいに
なるもん。それに明日お前の親父がここに来るんだぜ。」

「お父さんが?」

「うん。爺ちゃんが、病気の事名人に連絡したって。」

「父は今日は地方で対局だよ。」


離れて暮らしていても父の対局スケジュールはちゃんと把握している。
父が打った棋譜も毎日ならべている。


今日は大事な碁聖戦のタイトル1戦目で箱根で手合いをしている。
僕も居ないしおそらく母も付き添っているはずだ。


「お前のことだから言えば連絡するなって言うだろうけどこれは学園の
規則だからって。明日1番に戻ってくるらしい。名人お前のこと心配してた
って。」

言葉に詰まる。


「その時には俺部屋 離れるけど、勘弁しろよな。」


冗談ぽく言った進藤に僕は頷いた。
父が明日ここに来る。情けなくも倒れてしまった僕を何と思うだろう。


1月離れてみて尚も自分の師匠は父だと強く思う。もちろん剛も尊敬する師匠
だけれど。


でも、僕が超えないといけないものがあるとすればそれは父でしかない。



父がここに来る・・・


だがこの時僕はまだ知らなかったのだ。父の目的が僕で
なく進藤にあることに。



     
      


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