絆 7






家族3人で夕食をとった後俺は自室へと戻るとパソコンを
立ち上げた。

やはりそこには期待した塔矢からのメールはなく、
思うままつたない気持ちをキーボードに打ち込んだ。





  塔矢へ

 体の調子はどう?

俺昨日あれからずっと塔矢のことばかり考えてる。
お前の気持ち理解できなくてごめんな。
俺 塔矢が好きだ。だから塔矢のこともっと
知りたいとおもう。
塔矢が昨日どんな気持ちだったか俺知りたい。お前のこと理解したい。

それで俺の事ももっと知って欲しい
体調がよくなってからでいい。メールでもいい。

返事待ってる

  進藤 ヒカル




送信して目を閉じた。

塔矢 俺に応えて、俺の気持ちに応えて。
じゃなきゃ俺不安で、胸が潰れそうなんだ・・・

必死に胸で呟く。


アキラがヒカルのメールに応えたのはそれから間もなくのことだった。










その日自宅に帰るなりアキラは自室に引きこもり自分自身を蔑んだ。

僕は碁打ちとしても進藤の恋人としても失格だと。
あの時進藤が僕に見せた瞳・・・・その瞳を思い出しただけで
胸が潰れそうだと思った。



僕を映し出す瞳は恐怖で揺れていた。
どうしてそんな彼を抱きしめてあげようと思わなかったんだろう。
なぜそんな彼にまで僕は無理を強いようとしたのだろう。


もう彼に愛想をつかされてもしかたないほどの事をしたのだと思う。


進藤の想いは自分にあることを知っていて彼を待てなかった。
誰よりも大事にしたかった相手をアキラ自身が傷つけたのだ。



そして・・・冷静さを欠いた自分はとても今日1日の仕事すら手につか
ないような状態で仕事を早退した。


仕事さえまともにこなせなかった自分自身をその全てをアキラは
許せず頭を抱えた。





自宅に帰ってきた僕を何も言わずに迎え入れた父が
僕の部屋に訪れたのはその日の昼すぎだった。


「アキラ 石をもてるか?」

聞かれた僕は静かにうなずいた。

「はい。」

「では 下に下りてきなさい。」

父と碁盤を挟んで向かい合うと自然と揺らいだ心が落ち着いた。
父の容赦ない一手にアキラ自身が研ぎ澄まされていく感覚。


最善の一手を追求する感覚は何者にも変えがたい高揚感と
共に本来のアキラを目覚め呼び起こした。




僕はまだ何もかもを失くしたわけではないのだと思える。
父と対局してようやく自分自身を取り戻せたような気がした。



「 悪くない一局だった。アキラ 自分自身を見なおせたか?」
 

きっと父には昨日の事も全て見通されているのだろうと思うと僕はこた
えられず唇をかんだ。


「これから明子が母の所へ行くと言っている。体調が悪くないなら
付き添いなさい。」



父なりに僕を思っての勧めだったんだと思う。
母と祖母の家に出かけたのはその後直ぐの事だった。







祖母宅から家に帰ったあと父に感じた違和感。
それが何であるのかわからないまま僕は自室に入ると
僕の帰宅を待っていたようにPCに一通の受信メールが入った。



それは進藤からのメールだった。
戸惑いながらも僕はそれを急いで開いた。



 塔矢へ

 体の調子はどう?

俺昨日あれからずっと塔矢のことばかり考えてる。
お前の気持ち理解できなくてごめんな。
俺 塔矢が好きだ。だから塔矢のこともっと
知りたいとおもう。塔矢が昨日どんな気持ちだったか
俺知りたい。お前のこと理解したい。
それで俺の事ももっと知って欲しい。
体調がよくなってからでいい。メールでもいい。

返事待ってる

  進藤 ヒカル

                                     





進藤はあんな僕すらも理解しようとしてくれている。
僕を知りたいと言ってくれている。

胸が締め付けられる・・・僕も僕も君が好きだ。



いてもたってもいられなくなって彼に返信した。



進藤 今すぐ会いたい いつもの場所にこれる?

  塔矢 アキラ




そのメールを送った後、進藤からの返信が直ぐにあった。

今から直ぐに行く。

  進藤 ヒカル


                   

残されたチャンスがあるとすればこの機会だけだと僕は思う。
慌てて出かける準備をすると家の階段を下りた所で
父に呼び止められた。



「アキラ こんな時間からどこに行くつもりだ。」

父には何を取り繕ってみてもばれてしまうのだろう事がわかって僕は
意を決して言った。



「進藤に会いに行きます。」

「アキラ あえて昨日の事は聞かぬ。
だが、進藤 ヒカルと2度と会うことは許さぬ。」


言われて怯みそうになった自分に叱咤する。もう父に言われて
何も返せなかった以前の自分ではない。

「僕はお父さんに何と言われようと彼との付き合いを
やめる気はありません。」



僕の言葉にこれ以上ないと言うほどに憤怒の形相になった父 。
これほどまでに怖い顔を僕に見せたのは、随分前に本因坊に
連れて帰ってもらったとき以来だった。



「今後それでも彼と会うというのなら・・・」

父の声が一瞬止まった。僕は次の言葉を予想して唾液をごくりと飲み
込んだ。



「・・・・お前は破門にする。それでも構わないというなら好きにするといい。」

その一言に僕は驚愕する。

「お お父さん・・・そんな!!」



それだけ言うとすっと僕の横を通り過ぎた父に僕は何も返せない。
彼に会えば破門・・・・重くつきささる言葉に僕は立ちすくんだ。

 お父さんは本気だ。

破門・・・・その言葉の重みはアキラが一番よく知っている。

父の弟子で破門(といっても素質が開花せずプロになれなかった棋士)
になった者は何人もいた。



破門を言い渡す父も言い渡された弟子もどれだけの重みを辛さを抱えて
いたのかまじかに見てきた僕だからわかる。

だから父は決してこの言葉を普段出さない。



原因は忘れてしまったが以前冗談で門下生がその言葉を口に出した時に
父が激しく怒った事を覚えている。


生半可で使っていい言葉ではないのだ。


悪いのは僕なのだという自覚はある。確かに父が本因坊に対する態度はあまり
に理不尽で不可解に思う時はあるけれど。
僕と進藤のことでは明らかに間違っているのは僕の方だ。
それでも彼に対する想いは止まらない。

父にさえ譲れないのだ。


僕は彼を失くしたくはない・・・


一瞬でも 破門と進藤を天秤に掛けようとした自分自身をアキラは諌めた。
行こう・・・進藤に会いに。




もう2度と間違いたくなどなかった。







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