First love 9





     
俺は昼からの授業を上の空で聞いていた。
塔矢のことが気になって全く集中できなかったのだ。


授業が終わった途端俺はどたどたと階段を駆け下りていた。


「かあさん。親父帰ってる!」

「お父さんなら部屋にいるわよ。」



俺は慌てて親父の書斎の戸を開けた。

「親父!?塔矢どうだった?」

棋譜ならべをしていた親父がチラッと俺の方を向いた。

「ご、ごめん。ノックもなしで。」

普段は人当たりのいい 気のいいおやじも碁を打つときは
人が変わる。特に集中している対局時に声を掛けられたりす
るのは非常に嫌う。

だが、親父はそのことで俺を咎めることはしなかった。

「アキラくんのことだがお父さんにもう少し時間をくれないか?」

「時間がいるって ・・・どうして名人とは今日話さなかったのか?」

「ああ。出来なかった。門前払いされた。」

父の声は平静を装っているようでいてそうでないような気がする。

「門前払いって・・・じゃあ塔矢は 名人に怒られたの?!」

眉間に皺を寄せて腕を組んだ親父が言った。

「わからないな。」

わからない。つまり怒られたってことだろう。

「・・・親父のバカ 任せろって言ったくせに!」



やっぱり俺も行けばよかったと後悔して・・
バタンとおおきな音を立てて俺は親父の部屋から飛び出した。



自室に戻ると慌ててパソコンを立ち上げた。



そして・・塔矢にメールを打とうとして、指が止まった。
なんて打てばいいだろう。もしかしたらまたあいつのことだから
無理して大丈夫なんていうかもしれない。

それでもいてもたってもいられなくてがむしゃらにキーボードを
打った。





【 塔矢へ

親父から聞いた。ごめんな。親父頼んなくって。
俺もやっぱ 行けばよかった。
塔矢無理すんなよ。いやな事あったらいつでも
俺聞くからさ。元気だせよ。俺と会って怒られるなら
しばらくはネット碁でもいいから打とう。
塔矢とうちかけになってる碁 絶対いつか打とうな。

 進藤 ヒカル】





言いたい事をとにかく殴り書いたような文面。
塔矢からの返事が来たのはそれからすぐの事だった。


【君に会いたい】


タイトルも宛名もないただそれだけの文面。
それほどまでにあいつに余裕がない事を教えていた。



いてもたってもいられなくなって俺は部屋を飛び出して
またしても親父の部屋をノックもせずに押し入った。





親父は碁を打っていたわけではないかった。

ただ、イスに座って・・・

入ってきた俺をじっと見据えていた。
俺は親父と碁を打つときのように対峙していた。



「親父 塔矢の家の住所教えてくれ!」

「ヒカル それが人にものを聞くときの態度なのか。」

「態度がよかったら教えてくれるのか。」

「まあ 少なくとも 話ぐらいは聞いてやってもいいと思うだろ。」

「話なんて聞いてもらえなくていい。俺は塔矢の住所を教えて
ほしいんだ!」


こんなに切羽詰った息子の言葉を本因坊ははじめて聞いたような
気がした。


今のヒカルにはおそらく何を言っても無駄な事をわかって・・・
ならば自分で納得するまで突き進ませるのもいいだろうと
机から棋士名簿を取り出すと住所を控えてヒカルに手渡した。



「ヒカル アキラ君の住所だ。場所はお前の教え子の司くんの家に
近い。同じ区画だから」


ヒカルはそれを受け取ると急いで部屋を出ようとした所で振り帰った


「親父 さっきは・・酷い事言ってごめん。そのありがとう。」


なぜだかそれは先ほど送っていったアキラくんの言葉と重なって
本因坊は小さくため息をついた。





俺は一端部屋に戻るとアキラの家の住所を小型携帯に入力した。
そして、塔矢に返信する。


今すぐ会いに行くから・・・


時間は16時30分 日の入り1時間以上前だったが俺はもうそんな事を
気にしなかった。









ようやく涙が乾いてもアキラの悲しみが全身を覆っていた。


すこしでも彼を傍に感じたくて、お父さんに抵抗したくて
今日進藤と打った碁を碁盤に再現した。


途中までの碁、次は僕の手番だった。
本来なら彼と今頃続きを打っていたかもしれない。


自分なりに検討して次の一手を置くとそれを待っていたように
パソコンがメールを受信した事を伝えた。


おそる おそるそれを覗き込む。それは進藤からのメールだった。




【 塔矢へ

親父から聞いた。ごめんな。親父頼んなくって。
俺もやっぱ 行けばよかった。
塔矢無理すんなよ。いやな事あったらいつでも
俺聞くからさ。元気だせよ。俺と会って怒られるなら
しばらくはネット碁でもいいから打とうな。
塔矢とうちかけになってる碁 絶対いつか打とうな。



  進藤 ヒカル】



父の言葉がよぎってアキラはそのメールを削除しようかとマウスを
握ったがどうしてもそれが出来なかった。



飾らない進藤のメール 悲しみの中にぽかっと一筋の
光りが生まれたようにそのメールは僕の気持ちを温かくしていく。



【君にあいたい】



そう打ち込んで・・・。
僕の今のたった一つの願いが彼に届いたのはほんの数分後の
ことだった。

彼からの返信のメール



【いますぐ会いに行くから、】


     
      


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