番外編 
一緒に暮らそう 3






七星ホテルについて、オレは塔矢に着いて行くだけだった。
エレベーターも下層は人の出入りもあったが
降りた32階はしんっと静まり返っていた。

後をついてきただけのオレは降りた窓から見えた高層の景色に
ごくりと唾を呑みこんだ。
部屋のドア間隔があることにもすぐに気づいた。


「なあ、ここって客室なのか?」

てっきりホテルのフロアか会場を借りてするのだと思っていたオレは面食らっていた。

「客室でもスィートルームじゃないかな。」

「ああ、そうなのか。」

曖昧に相槌を打ったはいいが、なんとも居心地の悪さを感じた。
和谷の奴そこまで計算して塔矢を迎えに来させたのかもしれない。

オレが小さく溜息を吐くと塔矢が足を止めた。

「ここが会場だよ。」

そのフロアの一番奥の角部屋は一際大きく見えた。

塔矢がドアをノックする。

「おう。塔矢か?」

すぐに帰ってきたくぐもった声は和谷のものだった。
それにオレは少しほっとした。
塔矢と二人はやっぱり気おくれするし、気を使う。

「ええ、進藤を連れてきました。」

「どうぞ・・・。」

先に入るように塔矢にゼスチャーされてオレは扉を引いた。

その瞬間クラッカーの音が鳴り響いた。

「進藤おめでとう!!」


一斉に浴びた視線にオレは嬉しさと照れ臭さで言葉を失った。
後ろから入ってきた塔矢に即されて部屋に入ると
「ありがとう」の言葉をかみしめた。







部屋にいたのは本田さん 門脇さん、伊角さんフクに奈瀬、冴木さん
越智、小宮、何故にか芦原さんと関西棋院の社までいる。
そして今回の企画を練った和谷と招かれたオレと迎えに来た塔矢の総勢13名。

よく多忙を極める棋士がこれだけ集まったものだと感心する。



部屋もホテルの1室だが広さは半端ない。

塔矢が『スィートルームじゃ』と言っていたがそれも頷けた。
部屋にはキッチン、カウンター 広いリビングには大きなソファが
二つ、バルコニーからは遠くまで景色が見渡せそうだ。

多分隣にはバスルームやベットルームがあるのだろう。
そして大きなテーブルには所狭しとご馳走が並んでいた。




立ち尽くすオレを和谷が手招いた。

「進藤驚いたか。まずは乾杯だな。」

和谷がそういうと奈瀬がグラスにワインを注いでくれた。

「念願のタイトル獲得を成し遂げた進藤ヒカル本因坊に乾杯、そして先週プロ試験を合格
して俺たちの仲間に加わった奈瀬とフクに乾杯!」

「乾杯!」





乾杯の後オレが最初に話しかけたのはフクだった。
数年前までホンの子供だったフクもすかっり青年へと代わっていた。
相変わらずのんびりした雰囲気はそのままだったが。

「フク。プロ試験合格おめでとうな。」

「進藤くんに言われると複雑。もうやっとってかんじだよ。今年ダメだったら院生
辞めないといけなかったし。」

それを聞いてた伊角が笑った。

「俺だってプロになったの19だっただろ。フク。よくがんばったな。」

「うん。」

照れたように笑うフクはまだどこかあどけなさが残っていた。


「進藤君は来年の新初段シリーズには出場しないの?」

「オレが?」

「そうだよ。だって昨年は塔矢君だって新初段の小宮くんの相手をしたんだよ。
進藤君が出たっておかしくないよ。」

それを聞いてた小宮が笑った。

「自分より年下のタイトルホルダーと戦うのは正直複雑だったぞ。しかも
負けちまったし。」

塔矢が傍にいるのに小宮は悪びれずにそういった。でも嫌味なかんじはない。

「何、フクは俺と打ちたいの?」

「うん。進藤君と打ちたい。覚えてる?院生の時よく打ったよね。」

「覚えてるって。白熱しちゃって騒いで篠田師範に怒られちまって。」

和谷もこの話に加わる。

「そう。そう、あの時は進藤がここまで化けるなんて思わなかったよな。」

「でもあの時から進藤くんは塔矢プロのことを意識してたよね?」

「『打倒塔矢アキラ!!』って言ってたもんな。」

和谷は「打倒」に声を荒げた。面白がってオレをからかってるんのだろう。

「ああ、もうそんな昔のこといいだろう。」

オレは誤魔化すように苦笑して塔矢をちらっと伺った。

塔矢の話題になったからか、芦原さんと談笑していた塔矢と目が合って
オレは慌てて逸らした。




そんなオレと塔矢のことを和谷は気づいていたようだった。



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3話の更新が遅くなってすみません。
これ以上更新が伸びるのも・・と思って前回書いた時のものを書き直してUPしました。
『いままでもそうだったんじゃないの?』って方もおられるかもですが。
本編に関してはほぼ1から書き直してます。
それでもあまり変わり映えしないのもあるんですが・・・(滝汗)

                




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