番外編 
一緒に暮らそう 4






テーブルに並べられたごちそうもようやく腹へと収まった頃合いに
和谷が立ち上がった。

「じゃあ話も弾んでるところだけどそろそろゲームを始めようぜ。」

和谷はオレの傍に来ると立ち上がるように即した。

「なんだよ?ゲームって。」

和谷は意味深に笑った。

「実はオレたち意外と進藤のこと知らねえよな。って言ってたんだ。
だから今日はお前に普段聞けねえようなことを聞いてみようと思ってさ。」

そういうと和谷は四角い箱をテーブルの下から取り出した。
箱には四角く折られた紙が入っていた。

「はあ?オレに質問ってことだよな?そんなの普通に聞いてくれたらいいのに。」

なんでこんな回りくどいことをするのかオレにはこの時よくわからなかった。

「いや、なかなか友達でも聞けねえことってあるんだよ。だからここには
無記名で書いてもらった。筆跡もわかるだろうから、オレが読み上げるから
答えろよ。」

「全部答えなきゃならねえのか?」

「もちろん。けどまあどうしても答えたくねえのは飛ばしてもいいぜ。」

オレが要領を得ないでいると和谷が苦笑した。

「ゲームなんだから気軽に考えろって。」

和谷に即されるままに箱から紙を選んで渡した。

紙を広げた和谷は勿体ぶるようにオレを伺った。
オレはこの時になって何を聞かれるのだろうというわくわく感と
逆に嫌な予感の両方を感じた。

「まずは一つ目。進藤本因坊。念願のタイトル獲得おめでとうございます。

進藤プロのファーストキスはいつですか。また相手はどんな人でしたか?
尚『幼稚園の時』などという答えは無効でお願いします。」

和谷が質問を読み終えたあとオレは急に体が熱くなったような気がした。
体温がいっきに上がったようだった。


「な、なんでそんな質問。」

よりによってという感じだ。

「ほら進藤ちゃんと答えろよ。」

「えっとパスしてもいいか?」

オレが困って苦笑すると社が声を荒げた。

「一発目からパスってどういうこっちゃねん。」

「ここに相手がいるわけじゃないんだし別にいいじゃないか」

そう言ったのは伊角さんだった。伊角さん完全に確信犯だよな?

「そうそう。進藤君のプライベート興味あるな。」

塔矢の隣に座っていた芦原さんが塔矢に同意を求める。

隠したり、恥ずかしがると余計に知りたくなるのが心情で。盛り上がりをみせる
メンバーにオレは盛大に溜息をついて白状した。

「15の時だよ。」

取り合えず年齢だけ言ってこの場をしのごうと箱に手を伸ばしたら
和谷が笑った。

「それで、相手はどんな奴だって?」

和・・・谷・・・!!心中で和谷を睨んだ。
一斉に注目を浴びてオレは視線に困った。ああもうって感じだ。

「純粋で一途なやつだよ。こうって思ったらまっすぐな。そんな感じの。」

「惚れてたのか?」

「惚れてたよ。」

「進藤君その人美人だった?」

聞いてきたのは冴木さんだった。もう半分やけくそだった。

「ああ、美人。」

和谷が堪えきれず笑いを噛みしめながら俺に聞いてきた。

「で、その美人とはどこまでイったんだ。」

「和谷そんな質問はなかっただろう!!」

声を上げるとヒューと冷やかしの声が聞こえた。

オレはとにかくこの質問から逃れるため次の紙を引いた。




「2つ目の質問、進藤本因坊の目下次の目標は?」

オレは正直この質問にほっとした。

「目標っていうのか、国際棋戦にどんどん出て行きたい。中国リーグとかさ、世界
に通用する碁打ちになりてえよな。」

「国内の棋戦にはもう興味ないとか?」

聞いてきたのは意外にも奈瀬だった。

「そんな事ないよ。ここに居るみんなとは絶対打ちたいし。ただ、いろんな奴と
打ちたい。自分を試したいんだよ。」



「では次、今回本因坊7番勝負でライバルといわれた塔矢アキラ天元からタイト
ルを奪ったわけですが、どんな心境ですか。」

この質問には結構取材でも聞かれたから答えられる。
でもこの場にその塔矢がいるんだよ。

「本人がいるんだけど・・・。」


オレが苦笑していままで 意識しないようにしてきた塔矢をちらっと見た。
塔矢は『僕は気にしないよ』いう返事があった。


「俺、本因坊はどうしても欲しいタイトルだったからもちろんうれしかったけど。
何よりそのタイトルを塔矢と対局できた事がうれしかった。いい勝負だったっ
て満足してる。出来ればまたタイトルを掛けて塔矢とは対局したい。
来期防衛戦で待ってるからな。ただしお前には負けねえよ。」

塔矢と目が合って俺はその瞳に強い意志を感じた。この場では何も語らなかっ
たが、塔矢の気持ちが手に取るように伝わってきた。

『ああ。また必ず、挑戦者になるよ。そして君には負けない』という意思を。
俺はその想いを強く受け止めた。





俺は次の紙を選んだ。

和谷の表情が曇った。

「これ読んで構わないか?」

和谷が紙を差し出すと俺に断りを入れてきた。
紙には俺がプロになった当時の不戦敗の理由を知りたいと書かれて
いた。

小さいが均等の整った筆跡は越智の字だ。
オレはふっと溜息をもらすと頷いた。

いい機会かもしれない。


「オレがプロになった当時の不戦敗の訳か。」

オレはそこで言葉を切った。佐為の笑顔を思い出して。
今ここにいたらきっと大喜びしたろうな。
そんな感傷に浸ったオレに自笑した。


「俺に・・・・囲碁を教えっていうか。最初は押し付けてきたやつがいてさ。
傍に居た時は当然のように思ってて。
ずっと一緒にいられるんだって疑わなかった。当たり前のような日常が、
大切でかけがえなかったんだ。
だけど突然あいつはオレに何も言わずに消えちまった。
途方にくれて、オレのわがままのせいで消えてしまったんだって思った。

俺が囲碁を辞めたらそいつが帰ってくるんじゃないかって勝手に思って、
もう2度と打たないって思ったんだ。

でも違ったんだ。あいつはもうどうしたって戻っては来なくて。

伊角さんと打った時にオレはオレの碁の中にあいつをみつけた。
こんな近くにあいつがいたことにオレは気づかなかった。
そのことを気づかせてくれたのはここにいるみんななんだ。

だからオレみんなにはちゃんと伝えたくてさ、感謝してる。」

静まってオレはもう1度みんなの顔をひとりずつぐるっと見回した。

「それからあいつと碁を打ったやつがこの中にいるんだ。
だから名を明かすけど
そいつの名は・・・藤原佐為。ネット碁のハンドルネームはsaiだ。」

和谷が驚いてオレの顔を見た。

「進藤・・・。」

「和谷がさ、オレの碁の中に佐為を感じるって言ってくれた時オレ
嬉しかったんだぜ。塔矢も気づいてくれた。ありがとう。」

俺が和谷の方をむくと、つらそうに俺に目を向けた。

「和谷ごめんな。あの時ウソついたんだ。和谷と佐為が打つのマジかで見てた。」

「いいよ。もう昔の事だし。そうか、俺って勘いいのかもな。
お前の碁にsaiの影を感じたんだから。
つらい事聞いちまった。よく話してくれたよな。」


「いや。あいつのこと知ってもらえるいい機会だったし。・・・
けどごめん。今はこれ以上は言えねえんだ。
なんか暗い話になったよなあ。次、選ぶな。」

次の紙を開けた和谷が渋い顔をした。




「よりによって次はこれか。」

頬を掻く和谷にオレが覗きこもうとすると和谷はその紙を隠した。
ひょっとして和谷の質問か?

和谷は慌てて質問を読み上げた。

「進藤本因坊現在好きな人はいますか?また付き合っている人はいますか?」

身を乗り出したのは冴木と門脇だった。

「おお、それは聞きたいな。」

「えっと・・・。」

オレは苦笑するしかなかった。さっきの重苦しい雰囲気は飛んだから
いいかもしれないが。ここは誤魔化すに限りそうだ。

「いねえよ。今それどころじゃねえっていうかさ・・・。」

そこまで言いかけた時に和谷がいきなりオレの足を踏んだ。

「痛えな・・・何すんだよ。和谷」

「お前な、そういう誤魔化しよくねえぜ。」

「誤魔化してなんかいねえよ。」

「嘘つけ、お前が正直に吐かねえとお前のファーストキスの相手バラしても
いいんだぜ。」

冗談とは思えない気迫にオレは一瞬後ずさりした。

「和谷、進藤の相手知っとんのか?ひょっとしてオレらの知っとるやつか?」

こういう時関西人らしい社のつっこみは笑いを取る。

「和谷その話もっとして。」

わいのわいの盛り上がりだす。

「ああ相手知ってるぜ。お前らが知ってるかどうかはわかんねえけどな。」

意味深にいう和谷にオレはぐったりした。
本当に和谷が言うとは思えないが、このネタでいつまでもからかわれる
のも困る。

「ああ、もうわかったよ。いるよ、いる。」

これで良いだろうと言わんばかりにいうと冴木が声をかけてきた。

「交際してる人がいるってこと?」

「いや、交際はしてない。」

「はいはい!!」

冴木の隣にいた芦原がここぞとばかりに手を挙げた。

「その質問オレが書いたんだ。だって進藤くんって囲碁一色って感じだから。
プライベートも知りたくてさ。」

みんながドッと笑った。芦原は少し酔ってるようだった。

「アキラくんだってそう思うよな?」

突然芦原から同意を求められた塔矢は苦笑していた。

「そうですね。僕も聞いてみたいです。」

「ほら、君のライバルもそう言ってるだろ?
それで好きな人がいて交際してないって進藤くんの片想いなわけ?」

「片想いじゃ、・・。その上手く言えねえけどプラトニックみてえな。」

プラトニックと言った瞬間オレは塔矢の想いを否定してしまったような気がした。

「じゃあ相手も進藤くんに気があるんだ。純愛なんだねえ。」

感心する芦原とは裏腹に傍にいた和谷は複雑そうに腕を組んでいた。

「はい!!」

次に声を挙げたのは伊角だった。

「その相手ってさ、進藤がファーストキスした相手なのか?
和谷は知ってるんだろ?」

カっと顔が赤くなる。
その瞬間社のするどい突っ込みが入った。

「おお、進藤顔が赤くなったで。そうなんか?」

「進藤って以外に純粋なのね。ちょっと意外っていうか知らなかった。」

伊角の質問に答えてないのに奈瀬が頷く。

「もうお前ら進藤からかうのそれぐれえにしとけよ。」

和谷はそういって仕切りなおした。

「とりあえず質問はこれぐらいにしとくか。
珍しく動揺する進藤も見れたし。」


ドッと笑いが起きてオレようやくこの質問から解放されることにほっとした。




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思った以上にお祝いのパーティが長くなりそうです。
大勢書いてしまったしなあ(笑)                






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