いつか 11
ヒカルが消えた後 霧が晴れるように青龍城も消えていった。
森の中はそこだけ一面の花畑が広がり
はじめから
何も存在しなかったように鳥が鳴き 川のせせらぎが
聞こえた。
力を落とし もう涙さえ枯れたアキラとそれを黙って見守る
家臣たち。
いつの間にか他を捜索していた家来たちも集まって
いたが誰も押し黙り口を開かなかった。
ようやく顔を上げたアキラの前には一際美しい大きな鏡があった。
いつからそこに存在したのか、わからないがその鏡だけが
ここにヒカルの存在を残しているようだった。
アキラはふいに桑原本因坊が言ったことを思い出し吸い寄せられる
ように鏡に向かった。
・・・・鏡には意志があり
知りたいことを映し出し 世界中どこにでも移動できる。
アキラはその鏡に触れ願いをつぶやいた。
「鏡よ。ヒカルは今どこにいる？」
確かめたかった。彼が今どこにいるのか。
鏡が映し出した世界は真っ暗闇の世界だった。どこまでも どこまでも
続くような漆黒の闇の中にヒカルの体だけが光を纏っていた。
アキラはほんの数メートル先にある闇の中のヒカルに手を伸ばそうとしたが
それは冷たい鏡によって阻まれてしまう。
「ヒカル・・・」
暗闇のヒカルはただ目を閉じ小さく包まっていた。
まるで時を待つ 胎児のように。
アキラは迷わず鏡に声を上げた。
「僕をヒカルの元へ導いてくれ」 と。
今まで傍で見守っていた芦原がアキラに向かってむずっと駆け寄ると
頬をおもいっきり殴っていた。
「アキラ いい加減にしろ！」
「芦原さん・・・」
「夢を見たんだ。ここには はじめから何もなかったんだ。」
死んだようにうつろな目のアキラに芦原は胸が締め付けられる思いに
駆られたが心を鬼にした。
「夢なんかじゃない。幻でもない。僕はこの腕に確かに彼を抱いた。
そして僕が彼を消したんだ。」
アキラは震える自分の手をぎゅっと握り締めた。確かにあったぬくもりを
もう１度確かめるようとするように。
「だからどうしたと言うんだ。アキラは彼を救ったんだよ。
それで もういいんだ。」
「僕は・・・彼を救ってなどいない。過ぎた事でもない。彼は何故あのような所に
いる。僕は 僕は・・・。」
手を握り締め鏡にもたれこみアキラは嗚咽した。
ヒカルはまだ僕を待っている。ずっとこの城で一人でいたように。
僕のように・・・・いつか迎えにくるはずであろう誰かを待っていたのだ。
不意に鏡の中から呼び声が聞こえた。
「あなたは本当にヒカルを救えると思っているのですか。」
神々しいまでの優しく気高い声はその場にいた人々の胸に
響いた。
「誰？」
鏡に映し出された姿にアキラもその場にいた人々も息を呑んだ。
長く漆黒になびく髪に引きずる程にながい紫の絹の衣。
それは塔矢国に伝わる碁の神そのものだったからだ。
アキラは鏡の人に向かって問うた。
「あなたはヒカルのお母様ですね。僕を彼の元へ行かせてください。」
「あなたがヒカルにあの指輪を贈ったのですね。」
アキラはこくりとうなづいた。
「ヒカルは神の国へ行く事を拒み今黄泉へと落ちている。アキラの生命が尽き
いつか来るであろうアキラを待つといった。
お前がもしヒカルを救えれば二人に人間としての命をあげよう。ただし出来なければ
生きたまま黄泉に入ったあなたは永久にその魂を黄泉にさまよわせる事になる。
それでもいきますか。」
アキラに迷いはなかった。
「行きます。」
「アキラやめろ いくな。お前にはやるべき事があるだろう。」
アキラに触れようとした芦原の腕はするりと抜け落ちた。
「芦原さんごめん。僕はヒカルをこれ以上待たせるわけにはいかないんだ。」
そういうとアキラは一旦振り返り一人一人の顔を見回した。
これで見納めだと言うようにゆっくりとかみ締めて。
「緒方さん 後をお願いします。」
いつも無愛想なまでの緒方の瞳にも涙が浮かんでいた。
「伊角 和谷 ありがとう。 芦原さん僕にとって両親を
なくしてからあなただけが心を許せる人だった。本当にごめんなさい。
僕が愛した青龍城をお願いします。
そして大好きだったこの国の人たち。
さようなら・・・・・。」
冷たい 暗がりの中アキラはヒカルの光を求めて歩いた。
ずっと ずっとそうやって今まで歩いてきたような気がした。
必ず会える光を目指して。
ヒカルの居場所はすぐにわかった。暗闇の中１人
輝いていたからだ。
「ヒカル」
僕の呼びかけに目を閉じていたヒカルが目を覚ます。
「なんでお前がここに？」
「迎えに来たんだよ君を。」
アキラがヒカルの腕をとり胸に抱き寄せる。
だが、その時アキラに激しい痛みが襲う。 ヒカルに胸を刺されたのだ。
それでもアキラはヒカルを離さなかった。
いとおしそうに ヒカルの胸にあるだろう傷を撫でた。
「君は黒のヒカルだね。」
「気づいてたのか？！」
「もちろんだ。僕が君を見間違うはずないだろう。」
「なのになぜ。」
激しい痛みに気を失いそうになりながらもアキラはヒカルを
よりいっそう抱きしめた。
「・・・思い出したんだ。森で迷った時 僕を助けてくれたのは
君だった。あの時から僕は君に惹かれていたんだ。
大丈夫だヒカル。僕は君も白のヒカルも等しく愛してみせる。
僕は 白の君も黒の君も受け止める君だけの碁盤になってみせる。
行こう 僕たちはもう一人じゃない。」
二人の唇が重なり想いが交わっていく。
アイシテル・・・・・と。
暗闇の中声が響いた。
「合格だ」 と。
野原にあった鏡は砕け散った。
番外編上へ
すみません。わけあっていつかの最後（この続きがもうちとだけありました）はUPする
事ができないのでここで区切ります。
よければ番外編をお楽しみください。