沢から北カール、幌尻岳へ

2014年夏 北海道の単車と山旅

3日目
7
20日(日)小樽からとよぬか山荘へ移動、幌尻山荘へ

 朝、早く目が覚めたので、予定より早く出発をすることにした。ライダーハウスだはんこき舎のオーナーも起きてきて、見送りをしてくれた。オーナーが記念写真を撮ってくれた。

 オーナーのアドバイス通りに、札幌市の郊外の西区から小林峠を越え、真駒内、そこから国道453号線で山越えで支笏湖へ、国道276号線に乗り、苫小牧、国道235号線で富川まで、平取町へは国道237号線というルートで走った。朝食は、小林峠に向かう途中のコンビニで、ホットコーヒーとサンドイッチで済まし、先を急いだ、支笏湖へは山の中の峠道だった。雲行きがあやしい、少し降り始めたので、早めに雨具をつけようと、下り坂の途中の歩道に乗り上げて止まった瞬間、なんと立ちゴケをしてしまった。路面がぬれていて足が滑ったのか、荷物が重く、しかも重心が上にあったのに、不用意に止まったためか、十数年ぶりに単車ごと倒れてしまった。しかも、クラッチレバーは折れ、クラッチのステップは内側にグニャリと曲がってしまった。「走り出して2時間もしないうちに旅は終わるのか」と一瞬、絶望感にひたったが、後続のバイクが3、4台止まって、一緒に単車を起こしてくれて、「大丈夫か」と声をかけてくれた。反対車線を登ってきた大型トラックも止まって、声をかけてくれた。少し冷静になり、クラッチレバーを握ってみると三分の一が折れ、三分の二が残っていた、「握れる」、ステップも操作しにくいものの「何とかギヤァチェンジできる」、走ることはできそうだったので。助けてくれたライダーにお礼を言って、先に行ってもらった。自分は、冷静になるために、ゆっくりと雨具を着て、再び、走り出した。

 支笏湖の湖畔に下ってきた。大きな湖だ、海のような感じがするくらいだった。単車を止めて「写真」と思ったが、幌尻岳へのシャトルバスに必ず乗らなくてならないので、止まらずにスル―して、235号線に入った。そこからは、急な下りもなく、北海道らしいまっすぐな道だった。「クラッチもなんとか行けそうだ」、修理工場を探すのも大変だし、部品も持っていなかったので、そのまま旅を続けることにした。

 苫小牧で、北海道での最初の給油をした。コンビニにも寄り、昼ごはん用にかつ丼弁当、行動食用にパンを買い、休憩なしで「とよぬか」をめざす、国道237号線をすすむと、左右に牧場が広がり、そのなかを緩やかにカーブが時折、あらわれる快適なツーリングだった。幌尻岳への登山道の入り口の分岐には大きな案内板があり、迷わずに入れた。そこからは若干道が細くなり、すすむにしたがい路面も悪くなってきた。20k近くは走っただろうか、とよぬか山荘に到着することができた。バスの出発より1時間以上前だった。

 とよぬか山荘は、廃校になった中学校施設を再利用したものだった。校舎のまわりには、たくさんの車が駐車されている。ここからシャトルバスに乗り換え、林道ゲートへと向かう。途中のコンビニで買った「かつ丼弁当」を掻き込み、荷づくりをした。オートバイの前に、銀マットを広げ、すべての荷物を出し、これからの23日の山行に必要なもの、ここに置いていくものに仕分け、そして、山に持っていくものをザックにつめこみ、残りはオートバイの荷台のボックス、入り切らないものは大きなゴミ袋に入れ、ボックスの上に山積みにした。

 シャトルバスが山から帰ってきた。かなり使い込んだマイクロバスだ、到着すると下山者が次々と出てくる、顔を見ているとみな無事、登頂できたことがわかるような明るさが伝わってきた。トランクルームをあけるとすごいほこりが舞い上がった。次々と荷物を運び出し、マイカーへと向かっていった。

 次は、自分たちの乗る番である。12時の4便には、カップル1組が一緒だった。バスは放牧地などがみえる山裾から最初のゲートを過ぎると未舗装なダート道となり、谷筋へと入っていく、断崖の上を山を縫うように走る、これはマイカーや特に単車ではなくてよかったと思う、しかも、20キロ以上はあったように感じる。50分ほどで次のゲート前の駐車場で降ろされた。

そこからは林道歩きである、ゆるやかなアップ、時にダウンをしながら、やはり山を縫うように進む、表示板をみて、はじめて、林道終点の取水施設まで7.6キロもあることを知る。緑はきれいだが、やはり単調な歩きは辛い、途中1回、休憩し、再び歩きはじめた数分後に、めがねがないことに気がつく、休憩したところに置き忘れしまったらしい、5分くらい引き返すと、バスで一緒だったカップルと出会う、向こうの疑問の目に応えるべき、「そこで忘れ物しまして、すぐそこなので・・・」と照れながら説明した。

林道も終盤、はっきりとした登りが多くなり、やがて、川をわたると人工物が見えてきた、北海道電力の取水施設だった。この施設があるためにここまで林道がつけられたのだろうか?うれしいような、つまらないような気持ちだった。

そこからは沢沿いの山道となった。スニーカータイプのアプローチシューズだった。汚したくないので、最初の河原ですぐに沢シューズにははき替えた。鎖場もあったが、しばらく谷筋の登山道が続いた。しかし、まもなく徒渉ポイントとなった。道は高まきもつけられていたりといくつか選択もあり、わかりづらいところもあった。結構、本格的に徒渉するところもあり、親切にも長い木の杖も置いてあった。百名山の中で、最難関に挙げられる理由がわかる。増水時に無理をして死亡事故が起きたのも当然だと思った。

途中で、登山靴で苦労している外国人女性と出合った。難儀しているようだったが、「大丈夫」という顔をしていたので、小屋をめざした。小屋番の方から後から聞いた話では、帯広側からテント泊で縦走してきた豪傑のドイツ人らしかった。谷の感じがわかってきたので、道やペイントを無視して、沢筋で登れるところは、沢を攻めた。沢登りを結構、楽しんだ感じで、ほぼ予定通りに、午後4時半前に、幌尻小屋に着いた。

小屋番の方に、説明をうける。「きょうは満員なので、荷物は寝具以外は小屋の下の物置へ、食事は小屋の前のテーブルか、ブルーシートを広げているのでそちらでどうぞ」ということだった。すこしぱらつきそうなので、「雨が降ってきたら」と聞くと、「そのときは中でどうぞ」と言われたが、「はいれるのかな?」という感じもした。

すでに、登頂を終えたパーティーなのか、ブルーシートの上では盛大な宴会もされていた。うれしいことにビールが700円で売っていたのだ。小屋は、大きめの避難小屋を地元で運営しているので、食事・寝具はなしだったので、まさかビールの販売があるとは思っていなかったので、うれしかった。

さっそく夕飯を作りながら、ビールで乾杯をした。きょうは、オイルサーディンにクラッカー、カルボナーラ・スパである。お酒は焼酎ストレートだった。森の中の小屋を前に、テーブルディナーを満喫した。7時過ぎには寝始める人も出てきた。ここの小屋からの行動はみな朝早そうだった。自分も、ここ23ヵ月間、未知の沢から幌尻岳へトライしたい気持ちが高まり、段々押さえきれずに、それでも単独行の沢登りのリスク、未知の沢、ヒグマへの恐怖、無線を持ってきたがあまり期待もできない、ましては登山者に出会う、また、発見されることも期待できないルートへの踏み込みは躊躇があった。

しかし、10年前、トムラウシをクワンナイ川から23日で遡行したときの感動を忘れられないし(この単独行もハイリスクな行動で、実際、3回ほど危険を感じた場面もあった)、その直後に、旭川の登山店でみた北海道の山岳会の額平川から頂上へ沢伝いに登った短い記録が頭に焼き付いて離れなかった。ここ1ヶ月、インターネットで調べた結果、2例の報告がみつかった。ひとつは単独行での記録で、ただ北海道の地元の方で、かなりの「沢や」という感じで、何も問題がないように書かれていた。もうひとつも地元の山岳会で、清掃も兼ねたグループで、ザイルは使うこともなかったが、「安全のためお助けロープを使用した」としていた。滝は2つ、いずれも左岸を高巻きできることがわかったが、それ以上の情報はなかった。

この間の沢登り経験の蓄積、今シーズンも、金剛山高天谷、沢上谷、前鬼谷とトレーニングをしてきたこともあり、沢コースにトライすることにした。そのためにヘルメットやナッツも用意をしてきたわけで、出発時から決めていたことだったが、小屋番の方も「行ったことがない」「何年も人が入っていないのでは、大学山岳部が登ったと聞いているが・・」程度の情報しかなかった。それでも、明日は、消防団が訓練にくること、小屋番の方に、「ひとりで、沢に入るので、もし帰ってこないときは捜して下さい」と頼んだので、少し心強くなった。

721日(月)幌尻小屋−幌尻岳−幌尻小屋

4時に起床し、朝ご飯は、親子丼とサトウのごはんで、がっちり食べ、昼食用にも中華おこわを加熱した。天気も上々である、ここ数日雨は降っていないし、1日、晴天も期待できる。5時前に出発し、さっそく入渓する。小屋横からいきなり沢登りで、六ノ沢出合までは、下山路があるはずだが良く分からないので、沢を忠実に攻めていった。六ノ沢出合までは、広い河原歩きという感じである、目の前に戸鳶岳が見える、真近くは見えるが、その稜線までは900Mの標高差がある。1時間で六ノ沢出合に、北カールに向けて本谷に入っていく。両側の斜面が迫り、沢幅も狭くなり、X字の谷を進む、やがて遠くにF1(滝)が見えてきた。覆い被る岩2段の滝、30mくらいある立派な滝である。左岸を探り、ガレに導かれ登っていくと古い赤テープがあった。踏み跡らしきものもあったが何年か前のものだろうか。高巻きから滝口へも慎重に距離をはかりながら、間違っても滝口から落ちないように、ルートをとり、難なく沢に戻れた。そこから30分登ると思いがけずに、雪渓に行く手を阻まれる。かなり融けている。スノーブリッジになっていて、下をくぐっても行けそうだったが、万が一崩壊したときのリスクを考えるとくぐる気はしない。かと言って、上も踏み抜きそうで怖い、選択肢は右岸を雪渓の上、23mをトラバースでかわすことだった。

傾斜的には、泥壁をわたっていけそうだった。しかし、足元はすべり、捕まるところもなく、微妙なバランスですすむ、雪渓を超えることには成功したものの沢に戻るところが難しい。ほんの67mの高さだが、泥壁を降りるところがない、少し先までそのまますすんでから、岩場に出て、そこをからみながらクライミダウンして、沢に再び、降り立つことができた。目の前にはF2の滝が立ちはだかる。これも立派な230mクラスだ。左岸を探るが今度は踏み跡はない、傾斜もきつい、登り過ぎると下りのリスクも高まる、乗り越しのポイントを滝口と目測ではかり、木をつかみながら強引に乗り越す、滝口との関係はようさそうだが、下りの斜面の様子がみえない、わからない、10mくらいは下らないとだめか?木を頼りに強引にダウン、予想通り足場を失うが、木につかまりながら、なんとか沢筋に戻れた。この高巻きのグレードは少し高いと思った。これで難所は乗り越えたと思っていたが、上部の2股でルートを失うことになった。調べた記録には二股はなかった。地図上では右が本谷、北カールの真ん中に突き上げるのは明確だったが、傾斜のある長い滑滝状態で直登には転落のリスクがありすぎる気がした。しかし、左は滝がかかっている。こちらも直登は困難と思えた。唯一取り付けるのが、その間の小尾根を岩場から取りつき、樹林たよりに高度をかせぎながら、トラバースし、右の滝上部をねらった。読み通りに、滝上部で合流することができたが、結構、しぶいトラバースだった。そこからも、小滝が続き、気がぬけない、北カールまで標高差もあり、結構、時間がかかった。休憩をはさみながらもなんとか空がひらけてきた。やがて、心に描いていたとおりに沢が空に突き上げ、それを乗り越えると広大なお花畑が広がり、沢はまっ平な湿原をながれる小川に変わってしまった。カールの奥には、幌尻岳本峰が聳え立っていた。午前830分であった。ここまで3時間半だった。

 天国の楽園、まさしくヘブンである。地塘を前で、お湯を沸かし、コーヒーを入れた。至極の一杯であった。長い休憩を楽しみながら、頂上へのアタックコースを描く、急なガレ、這い松帯が筋上に並んでいる、ガレをうまくつなげて、這い松帯を避けながら、山頂をめざすルートを自分の中でつくってみる。カールのどんつきをめざして歩きはじめると、地塘の横で、動物が水を飲みに来た足跡を発見する。ヒグマかと思ったがそれほど大きくない、キタキツネとは思うが、ここは野生動物の楽園であることを改めて思い知り、ブッシュの影にヒグマがいないか、怖くて笛を定期的吹いたり、歌ったり、鈴をならしながら進んだ。

 大体、予定通りにガレを登っていけたが、這い松帯を横断もした、やはり這い松の藪こぎは体力を消耗する割になかなか進まない。標高差400mの急峻なガレ登りは消耗する。バテバテになりながら、足を止めずに頂上をめざし続けた、小休憩をはさみ1時間のアルバイトで午前1030分には山頂に立つことできた。10年前にも、登頂をめざしながらも林道崩壊で断念、それから10年後に、しかも、沢から北カール、直上ルートでの登頂には深い満足感が広がった。

 昼食を食べ、再び、コーヒーを楽しんだ。山頂からの展望は、すごい。日高山脈を一望できる。北戸鳶岳への稜線、七ツ池カール、いま、登ってきた北カール、原生林が広大に広がり、そこにはヒグマやキタキツネ、エゾリスたちの住みかになっていると思うとわくわくしてくる。雲がすこし上がってきている。百名山の山頂らしく、次々と登ってくる人もいた。十分に登った感があったので、北戸鳶岳への周回コースをとらずに、北カールを回り込む、一般的なルートで下山することとした。

 稜線下っていくと、お花畑が広がってきた。夢中で写真を撮っていると、何かの動く影、登山道に向かっている。キタキツネだった。悠々と目の前を横切っていった。すぐ近くに登山者がいたが、さほど気にする様子もなかった。やがて、山頂を、北カールをはさんで反対側から望めるところにきた。こちらからみると最後のガレ場はかなりの急斜面にみえる、よく直登したなと我ながら思った。1740mピークからはかなり急な下りとなった。これが延々と続く、一番ポピュラーな登り道である。これを登るにはかなりの根気と体力がいるなと思った。それでも、山荘があと少しということで休憩もとらずに一気に下った。

 午後130分まえには小屋に着いた。終わってみれば6時間半の登高で、それほど長時間歩いたわけではなかったが、充実感に満たされた。レトルトのモツ煮をあてに、ビールで乾杯した。

2014北海道の旅 その3に続く