--------------------------------------------------------------------------------
GS美神 リターン?
Report File.0071 「横島の日常生活 その1 〜 ある男の悲劇?」
--------------------------------------------------------------------------------
こぽこぽこぽ…
湯飲みに熱いお茶が注がれる音と共にお茶の芳醇な香りが漂ってくる。日本茶のようなので詳しくは分からないが香りなどから判断するとかなりいいお茶の葉を使っているようだった。
”ピートさん、どうぞ”
「ありがとうございます。おキヌさん」
流石に初めて横島の家に来たこともあり、ピートは少し落ち着けないでいた。もっとも、それが一番の理由ではない。ならば幽霊とはいえ女性と二人きりだから? いや確かにそれは少しあるかもしれない。ならば、雑多に積み上げられた雑誌の間にエロ本が隠されているのを見つけてしまったからか? それは今更だろう。ピートにとりそっち方面については今では結構、老成してしまっているのだ。まあ、逆にいえば何百年か前はそれなりの興味と態度だったという事である。その事については横島に知られれば即、わら人形を持ち出されるかも知れないが。
なら何がそうさせるのかというとこの部屋に入ってから、何だかねっとりと見られている感じがして仕方が無かった。
キヌがお茶を入れる為に少し席を外した時、部屋をぐるりと観察したが、余程、巧みに隠れているのか視線の主を特定することが出来なかった。悪意を感じる訳ではないので気にしなければ良いのだがこうもあからさまなものを無視する事はピートには出来なかった。
”どうかしたんですか?”
正体不明の視線の主が何者か分からないため、落ち着かなげなピートの様子をキヌは心配そうに声をかけた。
「え? いや、何でもありません…あっ! そうだ。おキヌさん、最近、変わった事はありませんでしたか?」
そんな彼女の気遣いを無にすることは出来ないピートは同答えようかと思案して、この部屋の住人であるキヌから情報を得る事を思いついた。
”変わったことですか? ん〜と、無いです…あっ! ひとつあります!”
「! 本当ですか!? 何ですそれは!」
”はい!? えーとですね…”
あまり、期待していなかっただけにキヌの言葉に過剰に期待を込めて声をあげた事にキヌは目を白黒させた。
そんなキヌの様子に自分の態度がかなり焦ったものになっていた事にピートは気がつき心を落ち着けようとした。
「はい」
”最近、ご近所に浮遊霊の集会に参加できるようになったんです!”
ズタッ!
なまじ、キヌの発言に期待して身を乗り出していたのが災いし、脱力した拍子にこけた。
”あのー大丈夫ですか?”
「…だ、大丈夫です」
あまりの自分の間抜けさに心の中で涙した。
”すいませんね。ピートさん。横島さんは丁度、用事で出かけていますから”
「気にしないで下さい。連絡なしで来てしまったんですから、こういう事もありますよ」
ピートがここに来たのは先日のジンの壷の件の礼であった。横島の交渉によりそれなりにまとまった金額が手に入ったお陰でキヌ達が最初に目的としていた唐巣(及びピート)の食生活が改善されしばらくは食う事には困らないだろう。また、それだけでなく最近傷みが見え始めていた教会の修繕費も捻出できたのであった。
”そういえば神父さんはしばらく旅に出るとか?”
「ええ、生活に余裕が出来た事もあって以前より懸念していた事項を確認しに行くとおっしゃって…」
キヌの言葉についでに自分の…ピートの故郷にも寄って来ると言っていたのを思い出した。
”へえ…海外へですか、わたし、ひこーきって言うのには乗った事がないんですけど、本当に飛ぶんですか?”
「飛びますよ。僕も飛行機を始めてみた時はびっくりしました」
ピートは外見に似ない年月を重ねて生きてきている、飛行機の誕生した頃の事は鮮明に覚えたと同時に人というものに恐怖を感じてもいた。
空を飛ぶという事は自分達、吸血鬼のようなアヤカシの類にとっては当たり前であり、当時では空は自分達か鳥、もしくは虫だけのものであった。だというのに人は道具を使って、空という新たな世界に進出してきたのだ。
それ以前からも人とは敵対ではなく、ともに手を携えるようになりたいと思っていたがよりいっそうその思いを強くした。
今はその思いが正しいと完全に確信している。人々の間でオカルト技術は少しずづだが向上し、アヤカシに対しても有効な手段を身に付けつつあったのだから。
”わたしもいつか乗ってみたいです”
「大丈夫でしょ。おキヌさんも、美神さんの元で働いているんですから、何れ海外からの仕事の依頼もあるでしょうし」
唐巣について何度も海外へ仕事をしについていったピートは断言した。唐巣や令子のような腕のいいGSは世界でもめったに居らず、厄介な用件に関しては地元ではなく彼らに依頼される事が多々あるのである。
”ふふ、楽しみです!”
キヌはぱぁっと輝かせるような笑みを浮かべた。ピートもその笑顔につられて微笑んだ。
ジリジリジリーーーン
和やかな雰囲気が流れる中、行き成りそれを蹴破るかのように電話のベルが鳴り響いた。横島の家にある電話は今時珍しい黒電話と呼ばれるものだった。
”あっ! でんわだ! ちょっと待ってくださいね。はい、横島です”
キヌはピートに一言断って、電話を手にした。
”あっ! 横島さん。はい……はい、えーと、判りました”
チン!
「どうしたんですか?」
”横島さん、財布の中身を確認していなくって、買い物でお金が足りない事に気づいたから持ってきてくれって”
「なるほど…」
基本的に横島が貧乏性の為か財布には必要最低限の金額しか入れていなかったのをピートは思い出し納得した。
”ん〜と、今月は二無さん達がお魚を持ってきてくれたりしたから、多少の出費は大丈夫ですね”
それとともにキヌが家計簿を取り出してチェックしているのを見て、横島の財布の紐を握っているのは基本的に彼女である事を知ったのであった。まあ、横島の家事に携わっている以上、自然の流れといえるかもしれない。
ピートが感慨に耽っていると何時の間にやらキヌが窓の方へ移動していた。
”あ、ピートさん。すいません。お金届けてくるので少し待っていて下さい”
直ぐ帰ってきますんで、とピートの返事を聞かずにそのまますり抜けて出て行ってしまった。
「あっ! ちょっと!? おキヌさん!?」
取り残されたピートはポツンと部屋に残されてしまい戸惑った。というか落ち着けなかった。
(何なんだろう? 先ほどから僕を見ている気配を感じていたけど、おキヌさんが居なくなってから、より強く感じる…)
先程よりもねっとりと絡みつかれる感覚にピートは霊感が警鐘を鳴らしていると感じていた。ここで本来ならば立ち去るのであろうが、ピートは師と同じでお人よしであり、先ほどのキヌの言葉もあって立ち去り難かった。
自然と周りを警戒するように周りを見回すが怪しいものはない。
(気のせいなのか?)
一瞬、自分の感覚に自信が持てなくなった。その時、
バタンッ
ピートの背後に何か倒れる音がし、反射的に振り向いた。
「な、何だ…本が倒れただけじゃないか」
いささか神経が過敏になっているいるのかと心を落ち着けようとして深呼吸を行った。そうする事で周りを落ち着いて観察する事ができるようになりある事に気がついた。
そう普段の横島の言動から、エロ本の一つや二つあってもおかしくないはずだし、その手のビデオだって持っていてもおかしくは無い。だが、周りをざっと見渡してもそれらしいものは見当たらなかった。
(あっ! そうか…おキヌさんや二無さんが居たりするからか)
少なくとも表向きにそんなものを堂々と置いておけるような環境では無い事に気がつき苦笑した。
「それにしても意外だな…」
棚にある本は数こそ少ないものの、オカルト系のものばかりであった。一冊手にしてみるとその本の所々に付箋がしてあった。真面目に勉強しているんだなとおもむろに付箋の貼ってあるページをめくった。
「………横島さんらしい」
そこには色っぽい姿の妖怪が描かれていた。思わず脳内にこの妖怪に出会ったならば半裸のねーちゃん!といって飛び掛っていく横島の姿がありありと浮かんだ。
他の付箋のあったページも似たようなものだった。特にサキュバスの解説には要チェックと熱心な書き込みがされてあった。
「サキュバスは横島さんが考えているような程に生易しい存在ではないのですがね」
かつて出会った者を思い出してピートは端正な顔を歪めた。あの時ほど自分が闇に属する吸血鬼なのだと自覚させられた事は無かったからだ。
「そういえばあの時もねっとりとした視線を感じたような気がする。 はっ!? まさか!? でもそれは無いか」
横島さんにサキュバス、もしくはそれに似た何かに取り憑かれているのかという考えに至ったのだが、横島の余りにも元気すぎる行動にそれはないかと瞬時に否定する事になった。
サキュバスは淫魔もしくは夢魔とも呼ばれる存在で取り憑いた相手に対して淫らな夢を見せて精気を吸い取る存在だ。取り憑く対象は最も精気が有り溢れている年頃の若者が多い。サキュバスは女性形態で男性形態のものはインキュバスと呼ばれている。姿形が違うだけでその根本は同じ存在である。
精気を吸い取られているのなら、いくら精力旺盛そうに見える横島といえど日に日にげっそりとやせ細り弱っていくはずだがそんな様子はない。何故確信できるのかというと人よりも遥かに気力、体力に優れている自分でさえもそうなった経験を持っているからだ。
「くそ! バカ親父めっ!! 何が成人祝いだ! 危うく死ぬところだったじゃないかっ!!」
何故そうなったのかという原因を思い出し、自分にとって最も汚点として抹消したい存在を彼にしては珍しく罵倒した。ようやく冷静になった所で、よりいっそう視線を感じるようになっていた。
「やはり気のせいではない。確かに視線を感じる…」
ピートはもっと気配を感じ取ろうと目を閉ざした。そして集中して直ぐに驚くことになった。気配はより明確にしかも包囲されていたのだ。
驚愕と共に目を明けたときには時既に遅し、いつの間にやら部屋は蔦に覆われていた。そして、変化についていけず自失で動きの止まってしまったピートを所々から生えていた蔓がシュッと伸び四肢を拘束した。
「なっ!? しまっ…」
拘束された四肢を力ずくで逃れようと力を込めたが、植物であるはずの蔓は常人には発揮することの出来ない膂力にもビクともしなかった。
「く、くそっ」
更に力を込め足掻こうとするが状況は良くなるどころか悪くなる一方だった。
『ほほほ、むだよ。それはそう簡単には切れはせぬ』
「誰だ!」
『妾かえ? そうよな便宜上、死津喪と呼ばれておる。歌って踊れる素敵な木の精?』
天井の板がずれその穴からにょきにょきというかぬぉーっと不敵な笑みを浮かべて現れた。
「な、何が目的だ!」
なんで木の精?と疑問系なのか問い詰めたいものの、それ以上にこの状況を把握せねばとピートは問いかけた。
『ふむ? それは既にぬしも察しているだろうに』
「や、やっぱり!?」
『ふふふ、最近というか、いままでずっと家主殿のばかりであったからな。たまには別のバリエーションというのかえ? 味わってみたいと思っておったのじゃ。そこに鴨がネギ背負ってやってきおったのじゃ。味わなくてどうする』
毎日ご飯ではなくたまにはパンも良かろう?といった心情で死津喪的にはニッコリ、ただし、ピートにはニヤリと不敵な笑みを見せた。
「ぼ、僕はバンパイア・ハーフですよ。魔に属するんです。あなたのような聖に属する木の精には毒そのものです!」
死津喪の笑顔に頬を引きつらせ、これはマズイと自身を悩ましているバンパイア・ハーフとしての存在をアピールしこの危機的状況を打破しようとあがいた。
『ホホホ、妾の成り立ちから考えるとそんなもの関係ないわ。さてでは頂くぞえ』
だが、ピートの主張にも死津喪は馬耳東風とゆっくりと舌なめずりしながらピートに近づいていき、その間に蔓が器用に動きピートのシャツのボタンをゆっくり一つ又一つと外されていった。
「う、うわ! まてっ! 待ってくださいってばっ!!」
死津喪がピートの間近にまできてその手がかれのズボンに手が掛かろうとした時だった。ガチャ!っと玄関の扉が開いたのだ。
「た、助けてください!! よこぉ!?」
まさに自分の貞操のピンチという所に天の助けが来たとピートは神に感謝し必死に助けを求めた。
「って、えぇっ!? い、いぬぅ!?」
だがそんな感謝の念も一転し絶望と化した。なぜなら視界に入ってきたのは予想していた横島やキヌではなく黒い犬だったのだ。僅かな希望を見出していたピートには余りにもショックであった。
”フム、生殖活動中であったか…すまなかった”
そんな哀れな状態に陥っているピートに誰とも知れぬ声が響いた。殆どパニック状態に陥っているピートにはそれが誰からのものか判らなかった。
『うーむ、どちらかというと生命維持活動じゃな』
声の主が黒犬であった事に死津喪は気がつき、流石に面食らったが、それでも律儀に応えた。そう言いながらもズボンを締めているベルトを緩めて外し始めていた。そのやり取りでようやくピートはその黒犬がただの犬ではない事に気が付いた。
”フム?”
死津喪の答えに今の状況がどう生命維持活動につながるのか判らず黒犬は首を傾げた。
”みい〜! みみみ〜ぃみ”
そんな彼の疑問に答えようというのか黒犬の背後にパタパタと飛んできたグレムリンの子、グリンが現れて鳴いた。
”ほーう。横島殿も時折とな? ならば命の心配はないのだな”
食事と言っても取って食うと言うわけではない様子から、問題ないだろうと黒犬、人形同盟軍の大尉であるクロはピートを助けると言う選択肢を消した。彼にとり野良を身上とするので弱肉強食は自然の理であるのだ。
”みぃみぃ”
”何? 体力的には疲れていたが精神的には元気になっていた? ふむふむ?”
手振りなどのボディ・ランゲージを交えたグリンの説明にやはり生命維持活動より生殖活動に近い印象をクロは受けた。
”みみみぃみぃ”
”まあ、確かに。成る程な。最初はいわゆる触手ぷれいとかいう変わった趣向の生殖活動かと思ったのだが…”
”みみぃみ”
”それは何だって? 前にお前が齧ったびでおてーぷなるものが入ったケースに書いてあった…まあ、お邪魔のようだな”
死津喪の視線にクロは早々に退散すべしと判断した。
”みゅう”
”邪魔をした。ゆるりと食事を楽しんでくれ”
何気に2匹は足早にくるりと回れ右をして後ろを一度も振り向かないで出て行った。
バタン、とクロの後ろ足によって扉が締められ、しばらく沈黙が訪れた。
『「………」』
だが、それも何時まで続くものではない。
『うむ、では再開という事で』
気を取り直した死津喪は活きのいい獲物を前に舌なめずりして準備を始めた。
「うわぁーーーーーーっ!!」
『嫌よ、嫌よも好きのうち、じゃな』
「そんなわけあるかーー!!」
『おやぁ? しかし、ここは違うようだぞ?』
「あ〜〜れ〜〜! お代官さまお許しをーー!!」
『よいではないか、よいではないか!!』
「うわーーーーっ!!!?」
”ふむ? あれが嬉しい悲鳴という奴か?”
”みぃ?”
彼らが出てすぐに後方から聞こえ出した声にクロは感想を漏らした。だが、グリンはその意味がわからず首をかしげた。
*
”ダメですよ。横島さん。無駄遣いしちゃ!”
「ごめん、ごめん」
キヌのお説教にご機嫌伺い用にというか勢いの課程でどうやってか手に入れていた花をキヌに渡した。
”…ものでごまかそうと思ってもダメですよ”
そういう割には嬉しそうに受け取ったキヌはお説教を続けようとした。が、機嫌が良くなっていることを観察していた横島はもう一押しだとキヌが口を開く前に畳み掛けた。
「いやあ、勢いと流れでそうなっちゃたんだ。ん!? 何だ?」
横島は頭を掻いて笑い、場を流そうとした。その時、虫の知らせとも言うべきものを感じ取った。
”どうしたんですかって…あっ! お花が…どうして? さっきまで枯れたりしそうに無かったのに…”
横島から受取った花がハラリハラリと散った。
「………く、食われたのか?」
何とはなしにさっきキヌからピートの事を聞いた横島は何が起きてしまったのか分かってしまった。
「因果応報って奴なのかもな…」
何時もは植物よりエネルギーを得ているのが今回は立場が逆になった。ただそれだけのはず…。と横島は自分の心に言い聞かせた。
(つづく)
--------------------------------------------------------------------------------
注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。