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GS美神 リターン?

 Report File.0070 「願いの行方」
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”んしょ”

”ふう”

 キヌと二無はそれぞれに満杯に入ったゴミ袋を持って美神令子除霊事務所を出て来た。ゴミを回収しに来ていた所だったので急いで持ってきたのだ。今も手際よく親父と若者がゴミを手際よく処理していた。

”結構、溜まってましたね”

”そうですね。大所帯ですからおキヌさんが手伝いに来てくれるのは助かります。何とか回収が終わる前に持って来れました”

 本来なら事務所でのゴミはそう多くは無い。だが、二無達が居ついたお陰で飛躍的に増えるようになっていた。もっとも二無以外の者は外見がおっかないだけに表立っては行動していない。

”そんな。これくらいは大した事無いです”

”そんな事は無いですよ”

”あっ! そんな事より早くもって行きましょう! おはよーございま−す”

”おはようございます”

「よう、おキヌちゃんに二無さん。おはようさん。二人とも幽霊なのに大変だね」

 もう、何度もあっているので馴染みになっているゴミ回収をやっている親父が挨拶を返した。最初の頃は腰を抜かしたりして驚いたが今慣れたものである。

”これもまた仕事の一環といいますか”

”日常を実感できると言った所です”

 親父の問いにも妙に気があっているのか言葉が流れるようにつながり答える二人であった。

「お、おはようございます」

 親父に対して若者の方は彼女達が幽霊である事に未だ慣れていないのかおどおどとしていた。ただ、頬が少し赤いので別の理由かもしれない。実際には二無は船魂という一種の付喪神で厳密には幽霊ではないが見た目は似たようなものであり一般人には区別する事など出来はしない為、キヌと同じ幽霊で通していた。

””おはようございます””

 若者の態度にも二人は気づかず屈託無く挨拶を返した。返された若者は少々、帽子を目深に被りなおして俯いた。

”今日も多いですね”

「ゴミが多いって言うのは豊かな証拠なんだろうけどな…だからって、使えるものまで棄てるってのはあんまり俺は好かねえんだがな。って今日は生ゴミの日だってのに、粗大ゴミ出してるじゃないか。困るんだよな」

”何時の世にも規則を守らない輩は居ます”

”そうですね…って、あれ?”

 雇い主がその筆頭ぽいのは口には出さずキヌはゴミの山の中で一際目立つものを見つけた。それは栓がされた壷だった。それはキヌに拾われたがるように光沢を放ち自己主張していた。


     *


「で、拾ってきたのがこの壷か?」

 横島達はしげしげとキヌ達が持ってきた壷を眺めた。この場に居るのは夏休みからずっと放課後に教会で横島やピートから霊能力の制御訓練の方法を受けている度粉園女学院生徒の3人娘の深山翔子、片倉朝美、川田鏡子達だった。

”そうです。最初は花瓶か何かだと思ったんですけど”

 少々、不安そうにキヌは不気味な壷を見つめた。

「何かすごい不気味なんだが…」

 これだけ怪しい雰囲気を漂わせていると、霊能が目覚めていない一般人でさえも何か感じずには居られないはずだ。

「確かにそうですね。禍々しいって訳じゃないですけど。わずかながら魔力を感じますね。それにどこかで見たよう…」

 横島の端的な感想にピートも同意し、自分と同じような属性の力を壷から感じ、目を離さぬようにして警戒すると共に引っかかったものがあるのか頭をひねった。

「何ともいえないデザインだわ」

「こんなのインテリアとして飾ってたんだったらセンスを疑うよね」

「気持ち悪い…」

 最近霊能に目覚め、その制御訓練に来ていた度粉園女学院3人娘も少なからず壷から何かを感じたのか、気味が悪いと壷から離れていた。

”少し引っかかるものがありましたし、霊的なものでしたので放置するのも危険ではないかと思いましたので”

 これだけの不気味な気配…妖気とでも言うものを発しているのだから、確かに良識のある霊能者関係なら放っておく事は出来なかっただろう。

「だったら何でここに持ってくることにしたんだ? 美神さん所でいいだろうに」

 横島はいや、なんとなくわかるんだがとその思いは口にはしなかった。何故ならそれを口にすればどこに居ようとも聞きつけるのではないかと思えたからだ。

”確かにそれが良かったのかもしれませんが、どうせ拾ったものですし”

”変なものや呪われた物でも神父さんの方が対処しやすいですし”

 キヌや二無も短い付き合いながら令子の金になりそうになければ動かないという性格を把握していた。ならばお人よしを行き過ぎている唐巣の所に持ち込むのが一番だったのだ。

”万一、それなりに価値あるものでしたらおキヌさんと相談して、お金を持っている美神さんよりも生活にあえぐ神父さんにと思いまして”

”そうです!”

 ニコニコと二人はいい考えですよねと朗らかに笑った。

「「「「……………」」」」

 キヌと二無の様子に切っ掛けはおそらく、昨日ピートが財布を落とした事に端を発するのかも知れんなあと横島は考えた。それ以外の者達も唐巣の実情を知っているだけに沈黙した。

「この場に先生が居なくて良かった」

 この場に居る者達のあんまりな態度にピートはホッと胸をなでおろした。

「ピート、残念だが…」

「え!?」

 横島がピートの肩を叩き、指し示した方向にはずずーんと落ち込む唐巣が居た。殊の外、キヌ達の言葉が痛かったのかそれはそれは深いものであった。

「神父様…」

「せ、先生!?」

 ぶつぶつと何かを呟いている師の様子にピートは心配そうに駆け寄った。

「ふふ、確かに私は生活無能力者なのかも知れないねぇ。私のやり方は間違っているのだろうか。金を…美神君のようになれと? それは…それだけは駄目だ! いや、しかし…」

「先生!」

「はっ? ピート君かい? あ、危なかったもう少しでダークサイドに堕ちてしまうところだった」

 唐巣は心を平静にしようと十字を切り、祈りを捧げた。ピート達もあんまりな様子を見せた唐巣が心の平静を取り戻すまで待っていた。

「ふう、いや、心配かけたね。もう大丈夫だ」

「……」

 唐巣以外の一同は皆無言だった。何故なら、はらりと髪が数本、抜け落ちたのを目撃したからだ。実現は難しそうであったがこの人に苦労を掛けさせまいとその時、皆思った。そんな彼らの心模様には気付かず、話題となっていたつぼを唐巣はメガネの縁を直しつつ見た。

「それで持ち込んだっていうのはこの壷かい? …ふむ? どこかで見た事があるような…! あれか! 少し待っていてくれたまえ」

 唐巣は心当たりをつけたのか、皆に告げた後、古びた装丁の本を持って戻ってきた。

パラッ

 皆の注目を集める中、唐巣は持ってきた本を丁寧にめくり始め、辺りには古い本特有の匂いが漂った。

「あった! やはり、そうか」

 目的とするページが見つかったのかそのページの内容と不気味な壷を見比べて、唐巣は一人、うんうんと頷いた。

「あの…神父様。一人納得されても分からないんですけど」

 おずおずと朝美が説明してもらえるように催促した。

「ああ、そうだったね。わるかったよ。これは”世界呪的アイテムカタログ”に載っているジンの壷のようだね」

””「「「「ジン?」」」」””

 ピートはああ、なるほどと唐巣の言葉で自分の引っかかりを解消できたのか一人納得した。しかし、他の者には馴染みが無かったらしくみな疑問符であった。

「まあ、分かりやすくいうと日本語で精霊という意味で、そうだね、比較的日本でも知られている似たようなものとしてはアラジンの魔法のランプかな」

 そう言いながら、本を皆に見せた。皆、本を覗き込むがそこには自分たちでは読めない小難しい言語で書かれており、分かるのは挿絵にある壷の絵が目の前にある不気味な壷と同じであることだけだった。

「しかし、先生。この本ではどんな力があるか不明ってありますけど。ついでに300年前に行方不明…」

「ああ、それはね。前に類似の物と出合ったことがあったのだよ。この本は代表的な物が載っているけど全てじゃないからね」

「アラジンの魔法のランプねぇ」

「なるほど、アラビアン・ナイトですか。懐かしいです」

「そういうことですか」

「なあ、アラジンの魔法のランプって何だ?」

 横島は翔子達が納得しているが自分は分からなかったのでピートに小声で聞いた。

「知らないんですか?」

 小声で話し掛けられたのでピートもそれに合わせた。

「ああ」”はい””知りません”

 横島とそのそばに漂っていたキヌと二無はこくこくと頷いた。

「ええとですね、アラジンの魔法のランプっていうのはこすると願いを適えてくれる精霊が現れるっていうアイテムですよ」

”ふえ〜、すごいですね”

”ふむ”

 ピートの説明にキヌたちは素直に感心した。だが、横島は師と同じく素直には感心せず、何か気になるのか頭を振ったりするが解消されはしなかった。

「でも、何か胡散臭いよな。それにこれに関わるのは碌なもんじゃないと思えるんだけどな」

 何でだ? としきりに横島は首を傾げ考え込んだ。

「でも、これ本当に本物なんですか?」

「うーん、本物なら最低でも時価15億はくだらない価値はあるはずだよ」

「「「じゅ、15億!?」」」

 唐巣の何気ない発現にピートを除いた者が全て怪しげな壷に注視して驚いた。

「す、すごい、それだけあったら遊んで暮らせるじゃない」

「額がすごすぎて逆に想像できないわ」

「うーん、こんだけあれば好物の仁村屋のだんごが一生かけても食べきれないぐらい…」

”じゅうごおくっていったら、お野菜やお肉がいくら買えるんでしょう?”

”それだけあれば最新の火器管制システムが買えたかしら?”

「それだけあったら、故郷に公共施設を立てることもできますね」

「この教会も修繕が必要な所が何箇所かできているからね…」

 それぞれがそんな大金が手に入ったらと考えにふけり、その雰囲気はピートや唐巣にも伝染していた。中でも横島は抜きん出ていた。

「ぐふふふ。よっしゃ! だったらさっさと本物か確認じゃ!」

 横島の頭の中に大金が入ったときの使い道がシミュレートされ脳内に桃色空間が形成、その影響から口元がにへらとなり表情が崩れた。その言葉がきっかけに皆、帰ってきた。

”でも、そんな物がゴミ捨て場にあるんでしょうか?”

「まあ、オカルトアイテムというか骨董品の類は価値がるのか素人目にはわからないからね。知らずに捨てた可能性が高いかな。こんな外見でもあるしね」

「本当に本物なんでしょうか?」

 霊感にまだまだ慣れていない鏡子ですら壷から発する怪しい気配を感じて、ただの壷ではないと感じているのだがそれでも唐巣の言うようなものには見えず半信半疑であった。

「本物だったら大変よね。願い事をかなえてもらえるんでしょ?」

「怪しい気配はひしひしと感じるんですけど」

 他の二人、翔子や朝美も同じであった。

「それは同感ですね」

「確かにこればっかりは専門家でなければ判らないかな」

 ピートも唐巣も、本物とまでは確信できなかった。

「手っ取り早い方法があるにはあるっすけど」

”横島さん、ひょっとして”

「当たり前だけど壷を開けてみればいいんだよな」

”ですね…”

 そうは言ったものの壷から漂う怪しげな雰囲気にやりたくないと言うことが如実に顔に浮かんでいた。

「しかし、それはまずいかもしれないな」

「どうしてですか、先生?」

「普通、どうして壺の中に精霊が封じられていると思うかね?」

「はあ?」

「つまり、誰が好き好んで壷に封じられるというのかということだよ」

「つまり…」

「封じ込められるような事をした奴だと?」

「だね」

 唐巣が何を言いたのか皆、察した。翔子たち3人は示し合わせたかのようにざざっと怪しげな壺から遠ざかり、横島の背に隠れた。

「うわっ! お、押さんでくれっ……うへっ」

 突然、横島は翔子達に壺の前に押し出され焦った声をあげた。が、それも直ぐに収まった。半場、背に抱きつくような形で接触…つまりは胸を押し付けられた感触に目が垂れ下がったのだ。

「じゃあ、開けたら襲われるんですか?」

 そんな横島に気づかずに翔子はピッタリと横島に張り付き、その肩越しに壷を覗き込んだ。

「そんなオーバーな…」

 彼女達の過剰なまでの反応にピートはあきれた。

「で、でもさっきより、何だか怪しさが増してますよ!?」

「鏡子の言う通りです」

「間違いありません!」

 鏡子の指摘に他の二人も同意した。

「そんな感じは…」「そうかね?」”ふぇ?””ふむ?”「確かに」

 だが他のものは壷の変化に気づかなかった為、半信半疑であった。いや、ただ一人、鏡子の言葉に同意するものがいた。横島である。

「ふむ?」

 横島の態度に改めて唐巣は壺を見た。しばらくするとおや?と表情を変えた。外野(彼女たち)の壺に対する評価が口々に出る都度にかすかではあるが妖気が強くなったり弱くなったりしていた。

「どうしたんですか? 先生」

「ピート君は感じないか? 壺から発する妖気の変化に」

「? ………!」

「わかったようだね」

「はい、ですがこんなわずかな変化に気づくなんて」

 ピートは極最近目覚めた娘たちや記憶を失い一から霊能の制御を習い始めた横島たちが気づいていながら、700年近く生きてきた自分が気づかなかった事にショックを受けた。

「ピート君、それは仕方ないよ。我々は無意識のうちに霊感覚を普段は鈍くしているからね」

 落ち込むピートに唐巣は軽く諭した。

(とはいえ、ピート君に関しては我々人とは少し事情が違うからね…)

 唐巣はうつむく弟子を見やり、どうしたものかと悩んだ。

 通常、霊能者は聞こえる筈のない声や音、感じるはずのない気配を捕らえる感覚が備わっている。その中には人々の雑念(強い想いなどが空間に残滓として残るもの)なども含まれる。そういったものを四六時中、聞いたり感じたりしていては健常な精神には有害なのだ。

 それに霊能者から視えたり、聞こえたりと知覚できるということは、からも知覚できるということであり、それは認識し干渉できるという事でもある。そして、例外はあれどほとんどの雑多な霊は本能的に生者に襲ってくるのだ。

 そんな力が弱く普段は干渉できない霊でも、目覚めたてで霊能力を扱う事に未熟な者にはとても厄介な存在であった。その為、霊能に目覚めたものは自己の安全の為にも訓練を行い、制御できるようにしてフィルタをかけて感覚を鈍くし、認識しないようにする事で干渉されないようするのだ。

 そう、彼女達が壷の変化に感づいたのは霊能を制御し切れていないからで、いわば神経が過敏な状態であり、通常ならば気にならないそよ風の音などに反応するようなものだった。

 だが、ピートの場合は少々事情が異なってくる。そう、ピートは人では無くハーフ・ヴァンパイアという超常の存在なのだ。身体能力、寿命などほぼ、あらゆる面で人という種を凌駕している彼は霊能もまた同じだった。ピートが本来持つ力が発揮されていれば気づいていただろう。しかし、彼にとって生まれの出は忌避するものであり、無意識のうちにその種…吸血鬼に由来する能力の大半を封じ込めてしまい、人間の霊能者と変わらないレベルにまで落ちているのだ。とはいってもそのレベルでも人間にしてみればトップレベルではあるのだが。

(…彼の生い立ちからすれば無理も無いのかもしれないが、もったいない…)

 人のみでは到底、行き着けないであろう領域に手を伸ばすことが出来るのだ。ならば師としては導いてやらねばならないと唐巣は使命感をかみ締めた。

「…だな。やっぱり、こういうのは餅は餅屋という事で」

「え!?」

 唐巣が物思いに耽っている間に知らずに話が進んでいたようだった。

「先生? 聞いてなかったんですか?」

 先程まで落ち込んでいたはずのピートに不思議そうに問われて唐巣は戸惑った。

「すまない。少し思う事があって没頭していたようだ(…横島君と知り合ってからは随分ましになってきたようだな)」

 唐巣は普通に接してくれる(ただし、利害(女に持てる等)さえ絡まなければという注釈がつくが)横島にピートの根深いコンプレックスも少しずつ薄まっているのかもしれないと思えた。

「そうですか」

「で、どうなったんだい」

「いや〜、このまま試すというのも何だか嫌な感じがするでしょ? だから怪しい物は怪しい所へって事で厄珍堂へ売っぱらっちまおうって事になったんです」

「厄珍堂? …ってあの道具屋の厄珍堂かね?」

 唐巣は眉を顰めた。あまりいい噂を聞かないオカルト専門の道具屋だったからだ。

「そうっす」

 そして横島の受け答えの言葉から令子もまたその道具屋を利用している事が推測できた。

「まあ元手がタダですから、いくら家計の足しになれば万々歳じゃないかと」

 身も蓋もない横島の言葉に唐巣は押し黙ってしまった。

「じゃあ、そういうことで行きましょう」

「そうね。意外にお金が入ったら今日はどこかに食べに行きましょ!」

「それいいわね」「それはいい」「たまには良いかもしれません」

「でも、これでさっき言っていた15億とかで売れたらどうしましょうか?」

「まあ、その時はそのときで考えましょう」

「ふふ、交渉は任せろ。我に秘策あり…」

 唐巣が沈黙している間も次々と話は流れていった。

「いや、あの…君達…」

 あまりの流れに声をかけるタイミングが取れなかった唐巣が声をかけるも、その時にはすでに声は届くことなく若者達…うち3人は若者といえるか疑問符がつくが壷をもって出て行くのであった。

 こうして願いを叶えるという壷は売られることになったのであった。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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