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GS美神 リターン?

 Report File.0068 「幽霊潜水艦ピ−13 未だ戦争は終らず その5」
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 船魂(ふなだま)…船に宿る魂にして船の守護する女神と信仰されていた。船魂さんとか船魂様とか呼ばれているらしい。よく船を彼女とか女性格で扱われるのはそういう所からなのか。師である美神さんからは今回の仕事の時にちらっと聞いたが美神さんも見たことはないらしい。おそらく古いものが魂を得る一種の付喪神ではないかと美神さんは言っていた。それを聞いて本気で探し始めた私に無駄よ、建造されて数年の海上保安庁の船に居るわけないじゃないと呆れ顔で言ったのを覚えている。

 だから普通、船魂という存在は御神体という形で帆柱を支える土台の筒に収められるものを指す。

 だというのにこの艦には船魂があるという。なるほど確かに聞いてみれば納得もいく。何と言ってもこの艦は幽霊潜水艦。その成り立ちからして普通の存在ではない。よく考えてみたら幽霊であるからには魂が存在しないはずがないのだから。

 にしても女神…女だというのにこれじゃ色気がない。私は片目アイパッチ骸骨達に案内されてこの艦の心臓部へと向かいながらそう思った。

バキン!

「ぐはっ!」

 いきなりパイプが外れて私の頭上に降ってきた。一瞬、意識が遠のき倒れそうになるが何とかふんばった。

”幾らオヤブンでも言っていいことと悪い事があると思いますぜ”

”オヤブン、不注意””くけけ”

 どうやら私は知らずに不注意な言動を口にしていたらしい。みんなに聞こえるように謝るのもこっぱずかしいので小さな声で謝った。どんな姿でも女であればそれをけなすのは怒りを買うのだということを学んだ。

”ここでさ、オヤブン”

 案内されてたどり着いたのはとても小さく、標準的な家にあるトイレのスペースぐらいの場所であった。それでもただでさえ狭く無駄に使う事を許されない潜水艦内に設けられているのは必要な事であったのだろう。そこに木の柱が一つあり、注連縄がされ神聖な雰囲気が漂っていた。…って、まて! 普通、注連縄って言ったら神聖な場所を区別するために張るもので、一種の結界を形成し悪霊などの邪気をもつものを阻むものだろう!? それが何で幽霊潜水艦の中にあるんだ?

 幽霊潜水艦といえば一応、幽霊船と同じ部類のはずで、そうならば害なす悪霊の一種だ。それに乗っている霊がいればそれは悪霊のはず…。ならばこの神聖な雰囲気は悪霊にとって毒にも等しいものとなるはずで平気ではいられるはずがない。

 となれば彼ら…幽霊潜水艦を含めて悪霊じゃない? 確かに私が知っている一般的な悪霊と違って彼らは何かに執着しているようには見えないが、他の幽霊船と同じく船を静める行動をとったりしていると訳がわからなかった。

”で、誰にしやす?”

 考え込んでいる私に片目アイパッチ骸骨が話し掛けてきた。私以外で率先して動いているところを見ると彼がこの艦の副長的存在なのかもしれない。しかし、誰にするかと聞かれても私としては返事を窮した。

”今まではオヤブンの部下が進んでなってやしたが…”

 …つまり、あれですか? この幽霊潜水艦の乗員て雑多な奴らばかりだな思っていたが元々はちゃんとした奴ら…日本帝国海軍のがいて、居なくなった代わりにこいつらが乗員になっていったって事か? で、一応この艦でのトップである艦長に誰に生贄…この場合はそう言っていいと思う、に誰を指名するかと聞かれている。船魂に捧げるということはその存在を消滅させるという事ではないのかと考えたからであり、出会って間もなく、ここに勝手に連れられてきた訳だが別に危害を加えられたわけではない存在を消滅に追い込む事は私には出来なかった。

 私は副長である片目アイパッチ骸骨に他に方法はないのか尋ねた。

”先ほど言ったとおりで、オヤブン。ここに居る連中はいろんな意味でこの世に留まって居たいと思っている奴ばかり。そしてこの艦と縛られる事で悪霊になる事もなく、夏場だけはオヤブンの目的遂行の為にこの艦で働く事になりやすが、それ以外の時期は比較的に自由に行動できる。ですが、このままではこの艦が維持できなくなる…だから、こうなった時は誰かがこの艦の霊力を補う事になっているんですよ”

 話を聞いて私は溜め息をついた。片目アイパッチ骸骨の話からやはり、この幽霊潜水艦は特殊な存在だということみたいだ。普通、海で死んだりした奴は悪霊になりやすい。それが悪霊にならずに済むというのも驚きだが、この時期以外は艦から離れて活動する事も出来ると言っているのだ。自縛霊でも浮遊霊でもなく、確固たる存在感を持った個としてだ。ここで言う個っていうのは物理的干渉ができるっていうことだ。普通の霊じゃ物を持ったり、普通の人間には見えない。悪霊なんかは物理的干渉ができるほど力を持っているけどその代わりに理性が狂うのだ。まあ、認識とかあんまりできてないから、おキヌちゃんレベルとはいかないようだがたいしたものである。

 とりあえずこの幽霊潜水艦については後で詳しく調べるにしても、今を乗り切る事を考えなければならない。あの美神さんなら私が乗っていようとも、構わず攻撃し一緒に海の藻屑にする事に躊躇する事はないだろう…あれ、この頬を伝う涙は何だろう? 自分で言ってて悲しくなったみたいだった。

 やはりこいつら事態は害のある奴じゃない。まあ船を攻撃してきたという事があるがこれは艦長の命令でやっている事のようだ。いうなれば軍での下っ端だから、罪には問えないという奴だ。

 だから私は考えた。彼らを犠牲にせずにこの場を切り抜ける方法を。…霊力が不足しているから彼らが犠牲になる? 霊力を供給できるなら、犠牲にせずに済むということだ。なら方法は一つ、私の霊力をこの船魂につぎ込めば言いのだ。

 霊一体分の霊力。普通ならば無理なのかも知れないが幸い私にはある感情を活性化させ発露させることで霊力を回復させる事が出来る。限界はあるのかもしれないが今まで試した事がないので判らない。一種の賭けだがうまくいけば誰も犠牲にする事なくしのげるのだ。ぶっちゃけ、船魂って女神様だから何かご利益があるかもしれんと思い私は覚悟を決めた。

 私は片目アイパッチ骸骨に試したい事があると告げ、彼が止めるのも聞かずに部屋へと入った。背後からは私を心配し、止めようとする彼らの声が聞こえたが追いかけて部屋に入ってくるものは居なかった。多分、彼らがここに入ると船魂に吸収されてしまうからだろう。

 私は彼らにしばらくこもると告げ部屋の扉を閉めた。できればこれからやる事は他人には見られたくなかったのだ。

 木の柱の前まで来ると確かにこの木の柱から幽霊潜水艦と同じ、いやより強い霊気を感じた。それがこの柱が幽霊潜水艦の核とも言うべきものだという事を確信させる。

 よし! と気合を入れ直し、柱に手を触れた。初めて幽霊潜水艦を感じた時と同じ冷たさを感じた。これは幽霊潜水艦が兵器ゆえのものなのだろうか。私は霊力を注ぎ始めた。

ドクン!

 私が注ぎ込む霊力がたちまちの内に柱に飲み込まれていくように感じた。それどころかもう、指をしゃぶりつかんばかりの貪欲さをもって。私の中にあった霊力がたちまちの内に空になりそうになり、慌てて霊力を補充するために想像する。たちまちの内に枯渇しかけた霊力が自分の体の中に満ちていくが、端からそれは柱に注ぎ消えていく。ああ、この場に美神さんやおキヌちゃんが居なくて良かった。確実に制裁されていた事だろう。まあ、美神さんがこの場に居たならこんな下手な行動を選択する事はなかっただろう。

   ・
   ・
   ・

 何度も何度も、私は繰り返し繰り返し霊力を回復させて続ける。やはり、幾らなんでもきつかった。何がきついかといえばまあある感情を隆起させるためのネタがなかったので想像上でやるしかなかった事だ。本が一冊でもあればもっと楽だっただろうが、生憎そんなものが必要になるとは思いもしなかったので仕方ない。最近、ある精霊との事がなければここまで出来なかっただろう。今度からはこういう事もあるという事で携帯する事を考えよう。

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   ・
   ・

 まだか? もう…想像だけでは限界…もう直ぐ一通りのレパートリーが終わってしまう。

 徐々に過激にしていき、出来るだけ長くしてきたがもうだめだ。遂にネタが尽きてしまった。やはり経験不足が敗因か…流石に同じのを繰り返す事は出来ない。

 諦めが私を支配しようとした時、ピンと天啓を受けたかのように閃いた。まだ、方法があった。しかし、だがしかし、私はその方法に躊躇した。うまくいくかどうかもわからないし、やるのは人としてどうかとも思う。だが、ここまでやってやっぱりダメだと骨折り損のくたびれ儲けだけはしたくない。

 私はしばらく悩んだ後、実行する事にした。どうせ他人は見ていないし、バレなければいいのだと結論づけた。ただ単に心を誤魔化しただけなのかも知れないがそうでなければやっていられないのも確かな事だった。

 結論から言おう。うまくいったと思う。何故かってそれを試した直前は何も起きず、失敗したかと思った瞬間、柱が光に包まれたのだ。私はとっさに目をつぶってしまったがそれがいけなかった。柱のほうから何かの衝撃を受け意識が跳んでしまったのだ。不覚だった。


    *


「どう? おキヌちゃん」

”はい、まだ…あっ! と、捉えましたよ! 美神さん!!”

 キヌはやっと見つけたとぱっと笑顔を見せた。

「よし! 第2ラウンド開始ね! 見ていなさいよ。あの幽霊潜水艦め!! 受けた借りは必ず返すわ!!」

 令子の瞳に炎が灯った。

”じゃあ、爆雷の準備しますね”

「任せたわ! ほら、じーさんもそこに転がっていないでさっさとしなさい」

「…小娘、自分がした事を覚えて…いえ、ナンデモない…だいたいこの船はわしの物なんじゃが…」

 何時のまにやら主導権を令子に取られた鱶町老人はぶつぶつ文句を言いながらも装備の点検、準備に勤しむ為に痛む体に鞭打った。

”ぐぐ…無事に切り抜けてくれ…ピ号13よ”

 貝枝は令子の気迫に自分の艦がこれまでで一番の危機をむかえた事を感じていた。

”…横島さん大丈夫なんでしょうか?”

「多分、大丈夫よ。こっちにはあの幽霊潜水艦の艦長が居るんだし」

”でも、相手は悪霊なんですよ?”

「うーん、ちょっと違うようなのよね。そこに転がっているこいつを見ていると」

 令子のそばに転がっていたのが災いしたのか指で指さずに貝枝をげしっ、と足蹴した。貝枝は呻き声をあげるが令子はどこ吹く風と気にもしなかった。

”この貝枝っていうかんちょーさんがですか?”

 令子に言われて興味深げにキヌは貝枝を見た。幽霊である自分にはどこがおかしいのかわからなかったのだ。因みに貝枝は発音がおかしいとはいえ艦長と呼んでもらえてじーんと感動し嬉し涙を流していた。

「原因は分からないけど手加減していたとはいえ並みの悪霊だったら消滅していたはずよ。なのにそうなっていない。第一、会話が成立するもの。こいつの存在って悪霊とかの霊って存在よりもどっちかって言うと妖怪や精霊に近い感じがするわ」

”へえ…そうなんですか。そういえば横島さんが連れ去られる時、舟幽霊さんとかが混じっていたような…”

「詳しいことは今のままじゃわからないわ。第一、私の霊感に不吉な感じはしていないわ。(横島クンが死ぬのは私にとっては不吉なのは確かだし)ちょっとだけ不快感はあったけど。それに横島クンに何かあった時はおキヌちゃんの方が分かるでしょ? 繋がっているんだし」

”そうなんですけど、横島さんが連れ去られてからはつながりをはっきり感じることが出来ないんです。いつもなら意識すればザイルでつながっているように思えて居る方向がすぐわかるんですけど、今はか細い糸でつながっているような感じでどこに居るかもわからないんです”

 キヌは目を閉じて心を研ぎ澄ましたが、横島をもやもやっとしか感じる事が出来なかった。

「消えてないなら大丈夫よ。そうなっているのも敵の腹の中…結界のようなものに入っているせいだと思うわ」

”そうだといいんですけど…”

「おい、小娘。そろそろだぞ」

 鱶町老人は霊体レーダーを見て射程圏内に入ったことを告げた。

「さあ、いくわよ! 機動性はこちらの方が上なんだから、覚悟なさい!!」

 見えぬ敵に向かって令子は気炎を吐いた。気合が十分にのっている為か既に霊体レーダーに頼らずとも幽霊潜水艦の位置を捉える事ができた。

 令子は迷わず舵を幽霊潜水艦の方へときった。

「ふむ? 思ったより、潜航深度が浅い…先ほどの小娘の攻撃は見た目以上にダメージを与えていたのか?」

「はん! そんなのは今はどうでもいいわ。浅いって事はこちらからの攻撃もしやすいって事よ!」

”むっ? おかしい。何故攻撃をせんのだ? 既に攻撃できる距離にあるはず。まさか俺が居るからか?”

 自分の艦であるピ号13が全然攻撃してこない事に貝枝は訝しんだ。自分であればとうに攻撃命令を出してこの船に攻撃を加えているはずなのだ。副長とも言うべき片目アイパッチ骸骨…態度は気に入らないがそれぐらいの行動と判断はできるはずだと考えていたのだ。

「ふふん、攻撃してこないなら好都合じゃ! 食らえ、積年の怨み!!」

がこん! という軽快な音と共にくびきを放たれた呪符爆雷が船より勢いよくガロン、ガロンと飛び跳ねるかのような音を立て海に投下されていった。

しばらくすると船の後方に水柱が立った。

「「よしっ!」」”ああっ!?””ほえー…って、横島さんは!?”

 令子は霊感で、鱶町老人と貝枝は長年の勘から幽霊潜水艦に対して有効打を浴びせたことを感じ取った。キヌは単純に威力の大きさに驚き横島の身を案じた。

 そして、水柱のあった方向に船を方向転換させ、じっと止めの機会が来るのを待った。

 先ほどの爆発で荒れた海面が静まり始めた時、目を閉じ耳を研ぎ澄ましていた令子の目が見開かれた。

「来るわね!」

 令子の言葉に反応したかのごとくザバーッ!と海面が盛り上がり幽霊潜水艦が浮上してきた。現れたのはほとんど0といってもいい距離はであった。目標を狙うべく銀のモリがセットされた射出装置をつかんだ。

「待て! 小娘!! とどめはわしの役目じゃ!!」

 そんな令子の行動を鱶町老人が見過ごすはずが無かった。

「うるさいわね! じじいは引っ込んでなさい!!」

「何じゃと!? この小娘が!! 敬老精神が無いのか!?」

「は、放しなさい」

「誰が話すかとどめは50年、追い続けてきたわしがするんじゃ!」

 鱶町老人にとって己の人生の大半をつぎ込んでいた存在を他人に止めを刺されるなど我慢できるものではなかった。

 それに対して令子も自分にケンカを売った存在をおめおめ自分以外のものに譲るつもりなど毛頭ない。たちまち令子と鱶町老人の掴み合いになってしまった。

”あっ!”

 キヌは争いあう美神達を見つめていたが貝枝の行動に気がついて声を上げた。何時の間にやら呪縛ロープからどんな手段を使ったのか抜け出していた。

”ははっ! 何時までもやっておれ! 愚かものども。我、帰艦せり!”

 争いあう令子たちを横目に幽霊潜水艦にたどり着いた貝枝は嘲った。

「「よく言ったわ(な)!」」

 貝枝に馬鹿にされたのはよっぽど堪えたのかいきなり令子たちは争いを止めた。それどころか銀のモリを幽霊潜水艦にではなく貝枝に合わせた。

「なめた口利いてくれたわね!」「おめーにだけは言われたくないわ!」

”なぁ!? ぶっ!”

 自分に狙いを定められた事に貝枝はあせり、後退った拍子に幽霊潜水艦のハッチが開かれた。それはお約束のごとく貝枝に容赦なくたたきつけられた。通常であれば、貝枝は幽霊なだけあって普通の物体であれば素通りすることになるだろうが、生憎ぶつかったのは幽霊潜水艦のものであったからだ。その衝撃は強かったようで貝枝はハエ叩きにやられたかのように幽霊潜水艦の甲板に落ちていった。

「ん? 何だ?」

 ひょいっとハッチから軍帽を被った横島が顔を出し、ぶつけた事に不信を感じて頭をキョロキョロとさせた。

”横島さん!!”「坊主!?」「横島クン!? あっ!」

 突然現れた横島に令子は驚き、うっかり銀のモリを射出するボタンを押してしまった。

ぼむっ!

「へっ? うぉ!?」

 突然のことに横島は驚きつつもとっさに反応していた。

 弾丸のごとく発射された銀のモリの切っ先を横島は神木刀で方向を逸らすべくべく上へと薙ぎ払った。

ぐわんっ!!

 接触したとたん銀のモリを弾く反動が神木刀から手、そこから腕、体へと響く。銀のモリの霊的パワーの大きさゆえかわずかしか軌道を逸らすことができなかった。それを悟った瞬間に横島は自分に向かってくる銀のモリを避けようと首を傾けた。

シュッ!

 横島の頬に熱いものが走っり、その後から何かがじわりとにじみ出てきた。間一髪であった、銀のモリは横島にかすりもしなかったがその余波だけで頬に裂傷を作ったのだ。軌道を僅かでもずらせなかったなら、同じ事をしていても随分惨いことになっていたはずだ。一瞬の攻防が生死を分けたといっても過言ではない。

「み、みみ、美神さーーんっ! お、俺を殺す気ですかーっ!!」

 がくがく震えながらも横島は訴えた。

「急に出てきて驚いちゃったのよ…」

 令子は冷や汗を掻きばつ悪そうに目を逸らした。確かにやばかった。一般人には横島がとった行動がどれだけすごいのかわからないだろう。普通なら死んでいただろう。いや、自分でもあんな事ができるかは自信が無い。それ程の超人的反射能力による対応であった。

「そんな理由で済むなら警察いらんわーっ!!」

 横島の言葉に同意を示すように令子の理不尽な被害にあった鱶町老人もうんうんと同意した。キヌでさえも令子に抗議の眼差しを送っている。

「うっ! わかったわ。後でキスしてあげる」

「な、何ですとぉ!? まじっスか!?」

 ああっ! 生きているって素晴らしいーと横島は力のある限り叫んでいた。

”むぅ…”

 横島のあまりな喜びようにキヌは眉根をひそめた。令子もあまりの喜びように引いてしまった。

「ぬぁ!?」

 横島は何かに驚かされたのか飛び上がった。

”忠夫様、何をなさっているのです?”

 横島の背後に令子と同じ年ぐらい肌は透き通るように白く、黒い艶やかな髪はおっかぱ頭の京人形を思わせる美女が出てきた。

”なっ!? 千代さん”「ばーさん!?」「!」”? …!?”

 横島の背後に現れた美女が見知った人の姿をしていた事に甲板に叩きつけられていた貝枝は飛び起き、鱶町老人は腰を抜かさんばかりに驚きの声をあげた。

 令子は令子で現れた美女が人間ではないことを感知して、身構えた。キヌは単純に誰なのかと疑問に思うと共に微妙にキャラがかぶっちゃうかも!?と少し危険な考えが浮かんでいた。

”ばーさん? って、なにーーっ!? ど、どういうことだ!? 千代さんとてめーがっ!? ゆ、許さんぞ!!”

 だが鱶町老人の言動に貝枝はかなり距離があったはずなのに一気に移動し、鱶町老人の目の前に現れ怒鳴り込んだ。

「はんっ! おめーがわしらの仲に妬み、横恋慕しただけでわないくわぁ!!」

 一瞬にして現れた貝枝に仰け反ってしまったが負けてなるものかと押し返した。

”違うわーー! 千代さんは俺に惚れていた! そうか! だから邪魔な俺を消したんだな!”

「そんな事する必要ないわ! わしとばーさんは元からラブラブってやつじゃったんだ!!」

 ドカッ! バキッ! っと互いの言い分を言い放ちながら鱶町老人と貝枝は互いの拳を押収しあい始めた。もう彼らの目には互いしか映っていなかった。

「で? その女は?」

 離れていては話しにくいと幽霊潜水艦より移って来た横島に尋ねた。

「えーと、端的に言いますとこの幽霊潜水艦そのものッス」

 横島の背後に着いてきた美女を紹介した。美女はぺこりとお辞儀した。

「ふーん、要するに船魂ってわけね」

 その正体に気づいた令子はいち早く計算を始めた。どちらにしろ切り札たる銀のモリが無くなった今、現在の手持ちの道具では幽霊潜水艦にリベンジするのは難しそうだ。それに横島との雰囲気を見ると敵対する事はないようだった。鱶町老人の言葉から推測すれば幽霊潜水艦を運用して喧嘩を売ってきたのは貝枝なのだから、そいつにきっちり落とし前さえつければいいかと令子は納得することにした。

「さすが美神さん。良くお分かりで」

 何だか必要以上に横島は卑屈な態度をとっていた。

”横島さん、無事でよかった”

「お、おキヌちゃん、心配かけたな」

 キヌの心に横島は言葉を詰まらせた、感動の再会と言わんばかりの光景だが端から見ていた令子には、横島が何かやましい思いを隠しているように見えた。

「ところでどういう経緯?」

「ははっ、実は俺が拾ったこの軍帽がどうも幽霊潜水艦の艦長だと言う事になっていたようで。それでこれに乗り込んでいた霊たちには危害を加えられずに済んだんです」

 横島はかぶっていた帽子を取ると内側に人差し指を入れてぐるぐると回し弄び始めた。横島の言葉に値打ち物かと興味を持った令子は軍帽を視た。だが、何ら霊的なものを感じず舌打ちした。

”それは単なる目印なのです。それを被った者の指示に従うように私に乗艦するものには呪が掛けられるので”

「そういうわけです。あっ!」

 勢いよく回しすぎたのかすぽっと抜け、軍帽が飛んでいく。

「ちょ、ちょっと!?」

ぽふっ!

 飛んだ軍帽は収まるべきはこの頭なのだといわんばかりにすっぽりと貝枝の頭に乗っかった。

「あっ!」「まずい!?」「ぬっ!」”おおっ!?””えっ?”

 自分達だけの世界を展開していた鱶町老人達もこの出来事に復帰した。横島たちは先ほど船魂の説明を聞いていたので顔が青くなった。そんな一同の中、貝枝だけから薄気味悪い声が聞こえてきた

”ふっふっふっ、あはっ、はっはっは! 取り戻したぞ!”

「こ、このおばかっ!」

ばきっ!

 予想通りの展開になりそうな感じに令子はその原因を殴った。

「あてっ! み、美神さん、堪忍や。不可抗力なんや〜」

 確かに軽率だった行動だったと横島にもわかり、反省した。

「はんっ! たかが軍帽を取り戻しただけのおめーに何ができるか! この腰抜けヤローがっ!!」

 事情を知らない鱶町老人だけはいきなり元気になった貝枝に啖呵を切った。

”さあ、部下達よ、姿を現せ!!”

 貝枝は拳を掲げ高らかに宣言した。その言葉に令子たちは身構えた。甲板にあるいくつかのハッチからわらわらと海賊風の霊に始まり、イルカやら舟幽霊やら、はたまた半魚人や海蛇の霊やら非常にバラエティに富んだ連中が現れた。

「うっ! まずっ!」

 フル装備の時なら問題ないかもしれないが今は手持ちに有効な手が少ない。切り抜けれないことも無いんだが、虎の子の精霊石を使用するので何億もの赤字になる。

「うわわ」

 横島も思った以上に数が居たことに動揺した。せいぜい10体ぐらいと思っていたのが50は居るんじゃないかというぐらい居たのである。

”た、たいへん!”

 キヌもこの霊の数には驚き目を丸くした。

「ぬぬ、自分だけでは勝てぬからと数に頼るとは」

 流石に多勢に無勢の状況に鱶町老人も歯噛みした。

”ふふん! 所詮、戦は数なのだよ!”

 悔しそうにする鱶町老人に貝枝は会心の笑みを見せた。

「おい! じーさん。こんな事もあろーかとってのはないのか!?」

「あほか! 小僧! そんなご都合主義があるか! あったら昔に日本が戦に勝っとるわっ!」

 問い詰めてきた横島に鱶町老人は怒鳴り返した。

”ははっ! さあ、この場に居る生者達を攻撃せよ!!”

 勝ち誇った貝枝高らかに言い放った。令子達は来るかと身構えた。しかし、霊達は動かなかった。

”どうした? お前達。早くしないか!”

”どうして?””ひしゃく、くれー””くけけけ””げしょ”

 行動しない部下達に貝枝は責っ付くが霊達は動かなかった。

”無駄ですよ、艦長”

 令子は背後から船魂の声が聞こえた時、まったく船魂に警戒していなかった自分に舌打ちした。殺気を感じていなかったが故とその直前までのフレンドリーさが手伝っていたにしても、貝枝側に寝返られていたらこちらはいちころだっただろう。今回は危害が無く運が良かったということになるが油断していた事には違いないと次に失敗しないように令子は胸に刻んだ。

”ど、どういう事だ。千代さん”

”だってもうその軍帽には何の意味ももっていませんもの。因みに私は千代と言う人物ではありませんのであしからず”

 貝枝に素気無い返事をし、船魂はぷいっと目を逸らした。

”なっ!?”

”元オヤブン、ざんねーん!””ふひゃ””ひしゃくー!”

”な、な、なっ!? なんだとーーーっ!! どういうことだ!?”

 部下達の態度に貝枝は動揺が走った。

「ふん! 部下に見捨てられたか。昔からおめーは嫌われもんだったからな」

”そんな事はない! 古参の部下達は進んで命令を聞いていた!!”

”呪が効いていたから…”

”…………うぉーーーーっ!! 何故だーーっ!”

”横島様に流石にあんな事されてしまいますと…”

 ぽっと頬を染め恥らう船魂。それに合わせて幽霊潜水艦が黒から赤へと一瞬染まった。

「「横島クン(さん)、一体何やったの!?」」”「小僧(小童)、一体何やった!?」”

 その様子に令子達は突っ込まずには入られなかった。

「な、何を言っているんですカ? ワタシニハ、ミノオボエはゴザイセンヨ?」

 横島は冷や汗をタラタラと流し、つい数十分前の己の行為を猛省しつつも、バレないようにごまかそうとした。

”そうですね。横島様とのことはふたりの秘密ということで…”

 ぽそっと船魂は口元を押さえ、聞こえるのか聞こえないのか微妙な音量で囁き思い出したかのようにまた頬を染めた。

「「さあ、おとなしく吐きなさい(んか)!」」

 何かがあったと知った令子達は俄然知りたいと詰め寄った。

「デスカラ、ナニモゴザイマセン!」

 令子達に吐かなければ死あるのみとばかりに尋問が開始された。しかし、どうしても答えるわけには行かないと横島は否定するために首をブルンブルンと左右に振った。

”その態度が何かしたと語っているんだ! 返せっ! 俺の艦っ!!”

 貝枝に至っては己のステータスともいえるものが横島に奪われたと胸倉をつかんで揺らした。

”あら? 私はあなたの物になった覚えありません。昔は日本帝国海軍所有でしたけど…”

 ちらりと船魂は横島の方を見てまたもや頬を染めた。

「やっぱり何かやったんでしょ!?」

”でなけりゃあんな態度とりません! 浮気者です!”

「ちょ、ちょっと」

”うがーーっ! やっぱりコワッパが! 俺の千代さんを返せっ!!”

「違うわい。何が俺の千代さんだ。あれはわしのばーさんじゃ!!」

「あんな反則そうな幽霊潜水艦を手に入れるなんて! 譲りなさい!!」

”あれが自分色に染めるって言うものなのかしら。私はもう戻れませんわ”

わー、わーわーと横島は掴み合い圧し合い、どさくさにまぎれて己の願望を叫ばれたり怒鳴られたり、もみくちゃにされた。

「何でだーーーっ!」

 横島の力あらん限りの声が海原に響いた。まあ、身に覚えがありすぎたので身から錆ともいえ、自分がこんな目なっているのを誰にもぶつけることは出来なかった。


     *


 ふう、私は先日あったことを思い出してため息をついた。今年の夏は色々あった、本当に…。

 あれから結局、私はぼろぼろになった。だが口は割らなかった。もし知られていたかと思うとどんな目にあっていたのか想像がつかない。

『どうせ、わらわと似たようなことであろうに…』

 どこぞの精霊の突込みが入り、どうやら私は一部自分の考えを口に出していたようだった。指摘されればまあ確かにと同意するしかないのが辛い、辛すぎる…

『みっ?』

 ああ、グリンは今日もいい子だな。最近はクロ大尉やサカラ軍曹につれられて何かやっているようで家の電化製品の故障率も落ちているのでいい事だ。だが、よそ様に迷惑がかかっていないかだけはちょっと心配だ。

 そういえば、あの出来事から帰ってきたら、お土産として肉を持って帰ってきていた。あの時はその多さと包んでいた紙に松坂牛と書かれていたことで嬉しくって気にしなかったがあれは本当に牛だったのだろうか? …いや、これ以上考えるのは止めておこう。

 結局、貝枝は美神さんにケンカを売ったことが原因で極楽へと逝った。幽霊潜水艦については色々とあった。まえに人魚と半魚人の夫婦に迷惑を掛けられてその侘びのしるしにもらった宝の地図…場所が海の底であったから、本当にものがあるのか分からんものに金をつぎ込めるかと怒り心頭していたものを幽霊潜水艦を利用すればいいじゃないかと、宝探しに出かけたり、それが遠因で涙あり、冒険あり、愛ありの一大スペクトラルロマンを体験してしまった。

『愛というよりは欲望ではないかえ?』

 またもやどこぞの精霊が口を挟んできた。いいのだ、せめて心の内だけでもあの事は美化させておきたいんだ。

 そうそう、幽霊潜水艦…船魂がどうなったかというと

”横島様、お茶をどうぞ”

”横島さん、これお茶請けです”

 ああ、ありがとう。二無(フナ)さんにおキヌちゃん。そうこれがまだ居たのだ。二無というのは幽霊潜水艦の船魂のことで正式名はピ号−13というらしいが、流石に幽霊潜水艦であればそれもいいが女性に対してそう呼ぶのはちょっと抵抗があると考えた。それに船魂のような存在には名前は重要なものだ。それにもともとの名前がある事だし、そこからかけ離れたら最悪、別の存在になる可能性があるそうなので苦労したのだ。とりあえず行き着いたのは13の間に2が無いで二無、ちょうど船魂と掛けれるし丁度いいと言うことになった。

 それにしても本体の幽霊潜水艦から離れても大丈夫なのだろうか。一度聞いた時は彼女は私と契約したようなものなのだという。つまりは西洋においては使い魔、東洋においては式神と呼ばれる関係に近い状態なのだ。私からの霊力の供給が十分な限り、本体を離れていても活動できるとの事だった。じゃあ、霊力の供給が無ければどうなるのか聞いた。すると今の霊体というか幻体というかが消えるだけで本体に戻ってしまうのだそうだ。

 ちなみにその本体はどうなっているかというと実は美神さんの事務所の地下の用水路に居たりする。…いや、流石にそれは無理だろうと思ったのだが二無さんを保持しておくのはそれなりにメリットがあると美神さんが計算したのか色々と手を売ったみたいだった。滅茶苦茶だった。色んな面で美神さんには敵わない。

”へい、オヤブンにアネサン方、今日はいいのが手に入ったよ”

 片目アイパッチ骸骨が鰹を丸々一本持ってきた。ついでに幽霊船の乗員達も数はだいぶ減ったが居たりする。彼らと出会ってからは海産物に困ることは無くなって大いに助かってはいる。美神さんも安くこき使える手下が増えたと大いに喜んでいた。手下って…とも思ったが深くは突っ込むまい。だが色々とあこぎな事を考えているようだった。

 そんな美神さんを見て、どうせしわ寄せはこちらに来るんだろうなと色々と騒動が、苦労が起きそうな予感がするのだった。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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