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GS美神 リターン?

 Report File.0065 「幽霊潜水艦ピ−13 未だ戦争は終らず その2」
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 気が付くと視界はぼやけているものの赤で覆われていた。それと共に鉄と塩の匂が混ざり合った匂いが私の嗅覚を刺激した。

 今までにも何度か嗅いだ匂い…そう血の匂いだった。それを感じたとたん頭が急速に覚醒し始めた。ズキズキと鈍痛が頭を襲う。あっ…何だか懐かしい感触だ。

「くっ!」

 痛む頭を抑えた。先ほどの衝撃は春先に味わったものに酷似していた。味わったのは確か美神さんと強烈な出会いだった。今ではいい思い出だ。…うん本当に…気持ちよかったし、その代償は少々きつかったが…

”大丈夫ですか? 横島さん”

 思わず想い出に浸ってしまっていた私の頭上から心配そうな声をかけられた。見上げるとそこには顔良し、性格良し、スタイルは…発展途上だが、料理や裁縫などが得意と家庭的な、くっ! こ、これで幽霊でなければ言うこと無いのに…と非常に、非常に惜しい彼女はキヌ…私は親愛を込めておキヌちゃんと呼称している少女が居た。おキヌちゃんの手には本来なら私が持たなければならない仕事道具の入ったリュックを持っていた。まあ、いつもに比べれば随分軽く、そうでなければとてもおキヌちゃんでは持てたものではない。

 私は彼女を安心させるべく大丈夫と告げた。本当ですかと? と浮いていた彼女は地面に降りてきて、上目遣いで私を見つめた。

「ぬぁ!?」

 私は彼女の行動によりハートに受けた破壊力にうめきをあげてしまった。

 そんな私の様子におキヌちゃんは再び心配そうな顔をした。本当にいい娘だ…本当に…かわいいのに…何故幽霊なのか!? 神様の意地悪ーーーー!!

”きゃっ! ど、どうしたんですか!? いきなり声をあげて”

 しまった! 何時の間にか大きな声を発していたようだ。おキヌちゃんの態度から後半の言葉だけ聞かれたようで少し安心した。

 彼女をなだめなていたら何時の間にか血が出ていたはずなのに止まっていた。うーむ、ここまで治癒能力が高いと来ると流石ギャグ体質といってられないような気がする。自分で自分が怖くなった。

 そんな事を考えるのが否になったので、何故ここにおキヌちゃんが居るのか聞いた。

”えーと、乗っていた船が沈没するって言う事で急いでゴムボートで脱出したんです。でも横島さんが居ませんでしたから、心配したんですよ?”

 彼女の言葉にじーんときたが脳裏に以前に死んでも幽霊ライフを楽しめるといった事があるので本当に心配しているのか妖しくなってしまった。にこやかに話をしているし。

 そんな事は無いはずだと私は頭を振り、その考えを否定した。気分を入替えて彼女に続きを促した。

”で、私達が乗っていたボートに正体不明の船が近づいてきたんです。その時に横島さんがその船に撥ね飛ばされたのには驚きました”

 よく生きてましたよねと明るく言われて私は先程振り払ったはずの考えがむくむくと湧きあがってくるのを感じた。それに彼女の話によると撥ね飛ばされた高さは結構高かったようだ。それを聞いてよく無事だったと自分でも感心するほどだ。

”…船に乗っていたのはおじいさんで、そのおじいさんはあの潜水艦って言うんですか? それを追うようなそぶりだったんでこれ幸いと美神さんが乗り込んだんです”

 ああ、やっぱりあの後頭部への衝撃は美神さんのものだったのかと納得すると共に、次々と襲い掛かる不幸に今日は何てツイてない日なんだと思った。

「…ヤローを沈めるのよ!」

「…から、あれは50年越しのわしの獲物じゃ! ポッとでの小娘なんぞに渡せるか!!」

「何ですって!? あのヤローはこの私に喧嘩売ってきたのよ! 受けた屈辱は十倍、いえ、百倍どころか千倍返しよ!!!」

「それをいえばわしなぞ、1億倍にしても返せんぐらい怨み骨髄じゃっ!!!!」

 不幸はまだ続くと認識したとたん、今まで脳内から自然に削除されていた会話が耳に入ってきた。ゆっくりと会話のする方を見ると怒鳴りあいながらも器用に幽霊潜水艦を追跡する老人と、気を吐くや…美神さんが居た。

 美神さんの言葉と目を見れば、やられたらやり返すと炎が浮かび上がっているように見えた。言葉だけでもそうだが、あんな目をしていれば何もしないで引き下がることなど考えられないことが嫌でもわかる。

 しかし、あの状態の美神さんと渡り合う老人は一体何者だろうか? 観察すると年の割には頑強な体つきで所々にキズがあり、それが精悍さをましていた。一言で言うと頑固な海の男といった感じであった。

 まあこの老人には色々とやられたので言いたいことはあるのだが、今の様子に入って行こうというほど自殺願望は私には無い。話が落ち着くのを待つことにした。

 おキヌちゃんも美神さんたちのやり取りに少し困った顔をした。そうして私に何とかしてくださいと懇願するかのように見つめてきた。その瞳に私はあの言い争う中に入っていかねばならないのかと逡巡してしまったが、彼女の瞳が潤み始めたのをみて私は声をかける決意をした。母が女の涙は男に対する最終兵器とか言っていたが、ようやく実感した。

 恐る恐る二人に私は声をかけた。その瞬間に二人の怒気が一斉にこちらに向いた。私は思わず腰砕けになりそうなのを踏ん張った。足ががくがくと震えているのは気のせいに違いない。

「なによ! 横島クン?」「なんじゃ! コワッパ?」

 どちらもくだらん事言ったら打ち殺すぞといった目つきである。普通の神経の持ち主なら失禁していてもおかしくない迫力を有しており、そんな視線に耐えている私を自分でほめてやりたい気分になった。私はごくっと生唾を飲み込み、口を開き目的は同じなのだから協力すべきではと提案した。あの幽霊潜水艦について老人がよく知っていそうですしと熱くなっている美神さんの冷静な部分を刺激させた。その言葉に美神さんは冷徹に目的を達成するには老人から情報を引き出す事が必要と判断し、譲歩することにしたようだ。現時点ではと注釈がつきそうだが。

 老人の方も一人で相手するには少々手ごわいと感じていたのか、渋々ながら私の提案に乗った。私は老人に幽霊潜水艦に纏わる因縁について聞いた。


     *


 所々に配管等が見え隠れする密室…幽霊潜水艦の指令塔は先ほど気持ちよく船を撃沈できたからだろうか、喧騒に包まれていた。

”ふふ。最近の船は手応えがないな”

 ほっそりとした体つきに顔はげっそりと頬がこけ落ちて見るからに根暗で不健康そうな男がニヤついていた。士官用の軍帽をかぶっていることからこの男がこの幽霊潜水艦の艦長である事が伺えた。

 ただし、他の乗組員がまともではなかった。彼以外のものは所々ボロボロな中世ヨーロッパの海賊風衣装を着て右眼をアイパッチした骸骨や、継ぎはぎの入ったいかにも江戸時代の町人風衣装の死人…所謂ゾンビ、目が腐り落ちかけているイルカのゾンビに妖怪の一種たる舟幽霊達だった。どう見たって艦長の部下っぽいものは一人も居なかった。

”オヤブン!”

 装置が反応を示したの見て骸骨は声を張り上げた。その声音には何か期待が込められているように聞こえた。

”親分じゃない! 艦長と呼べ! 艦長と”

 折角いい気分だったのにぶち壊すなとばかりに艦長は怒鳴った。

”…ソナーに反応! 我が艦を一隻追ってきやすぜ! どうしやす?”

 姿が骸骨である故に表情は変わらない。ただ語彙と鉤状の義手となっている左腕を装置にカチカチと軽くたたいていることで興奮していることがわかった。毎年、この時期に自分達も活動を行うがその時に決まって一隻、いや一人で自分達に挑んでくる猛者が居るのだ。

”鱶町かっ!? 音を拾ってスピーカーに流せ!”

 それは艦長にも判った事なのか念のため確認するように骸骨に告げた。

”あいあいさー!”

 返事と共にすぐさま骸骨は集音装置を作動させた。指令塔が一瞬にして静かになった。皆、スピーカーから聞こえる音を逃さないとばかりにスピーカーを睨みつけた。少し、雑音の後、スピーカーから集音装置で拾ったエンジン音が聞こえてきた。

”おお! これはっ!””ひしゃく〜””ふぇふぇ”

 明らかに聞き覚えのあるエンジン音。それが宿敵のものである事が判り、弥が上にも戦意が高まった。何時もこの時期にしか活動できないのは宿敵によるダメージを与えられているからでもある。だがこちらだとてただでやられているわけではなく向こうにも同じ目には遭わせており、今の所、何時も傷み分けとなってしまっている。両者共に今年こそはと思っているのだがなかなか決着がつかないでいた。

『…かろう。奴の事であったな』

”ふっふっふっ、鱶町の声だ。間違いない!!”

 艦長は見えぬ宿敵があたかも眼前に居るように睨みつけた。

『あの幽霊潜水艦の艦長は旧帝国海軍中佐、貝枝五郎という。50年前によりにもよってわしが艦長を務めていた駆逐艦を撃沈しおったのじゃ!!』

”…鱶町、来おったな。決着をつけてやる! 総員、攻撃準備!!”

”へいオヤブン!!””あいさー!””ヒシャクヲくれーー!””艦長の名前は貝枝五郎というのか…””始めて知った…””くけけけけっ!!”

 貝枝の命令の下、指令塔は俄然慌ただしくなった。一部はちょっと違うようだが。

”………”
 自分の部下達の態度に貝枝は何か言いたかったが押し黙った。この50年間で生粋の部下は怨敵たる鱶町によって成仏させられてしまったのだ。むやみやたらに激しては統制が取れなくなり自滅する危険があった。

『わしと奴は海軍兵学校の同期生じゃった。二人とも、まあ一応はトントンと出世したのじゃが…』

”オヤブン、魚雷発射完了!!”

 骸骨の落ち窪んだ目が輝き早くぶっ放そうと息巻いた。

”確実に仕留める為にもう少し距離を詰める!”

 口元を歪ませて貝枝には既に鱶町が海の藻屑となる様が見えていた。

”あいさー、オヤブン!”

『わしがかっこよくって明るく勇ましい駆逐艦の艦長に出世したのにひきかえ、あやつは暗くて臭くてかっこ悪い、潜水艦の艦長にしかなれんかったのじゃ!』

バキッ!!

”あのくそじじい!! 勝手な事ほざきよって!!”

 貝枝は自分の背後に会った潜望鏡の筒を力一杯叩いていた。先程までの気分の良さは消し飛んでいた。

”ひゃっ!””おっかねぇ””ふぇふぇ””ひしゃく?”

 貝枝の様子に乗組員はおっかなびっくりの表情になった。

『おろかな奴はそれを妬み、嫉んでおったが、ある日事もあろうに…』

”くそ鱶町めっ!! 休息浮上するぞ!! 奴の顔面に拳を叩き込んでやらねば気がすまん!!”

 貝枝は震える拳を握り締め、突き上げた。

『演習中、我が艦にモノホン(本物)の魚雷を撃ち込みおったのじゃ!』

”オ、オヤブン!!”

 骸骨は今の有利な状況を棄てるのかと抗議した。

”オヤブンと呼ぶな! 艦長だ”

 貝枝が生きていたなら怒りで真っ赤に染まるほど血をのぼらせていただろうが、生憎死んでいるので青く冷気を発していた。

『……わが艦は轟沈!!』

”ふぇふぇ”

”…あいさー、オヤブン”

 流石にこの状態の貝枝に逆らおうとは思わなかったのか、貝枝の命令には従った。呼称は変えなかったが。

”…くっ!”

 艦長と呼べと言っても、それだけは改善されないことに貝枝は歯噛みした。

『多数の乗員が犠牲になったのじゃ!!』

”それはこっちも同じだ! 待っていろ! 鱶町めっ!”

 そもそも今こんな事しているのは自分が鱶町に殺されたからだと貝枝は思っていた。はっきり言って逆恨みだが、悪霊になる奴なんて大抵がそんな奴なのである。極めて普通といえよう悪霊としては。

 貝枝の思いに反応したのか普通では考えられない程の速度で幽霊潜水艦は急速浮上を開始していた。霊的な存在なだけに物理法則なんて何のそのであった。

 こうして大きな危険が横島達に迫ろうとしていたが、横島達はまだ知らない。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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