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GS美神 近くて遠い夢
Report File.0001 「大逆転作戦 鬼道編 その1 」
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注)一応、この作品単独で楽しめますが私の過去の作品である大逆転シナリオの続編とも言えるものです。
「てぇへんだ!てぇへんだ、親分てぇへんだっ!!」
バァンと勢い良く扉を開けて意気込み飛び込んできた影が一つ。
「なんでぇハチ!? じゃなくて、弟よ」
それを慌てた様子もなく受け止めたのは、キセルを吸って寛いでいたアンカー兄であった。この兄弟、最近時代劇にはまったのか良くこういう事をするのであった。しかも、相当のはまり具合で座敷に囲炉裏等を設置しているぐらいだった。
「横島を鬼道が連れて行っちまった!!」
「なんだとっ!?」
カンッ!持っていたキセルをでっかい灰皿に打ち付けキセルの灰を落とした。
「予定外だな…」
イルはいきなりの事態に思案し始めた。こちらも兄弟たちに合わせてか着流しを着ていた。
「やばいんじゃないカァ?」
カークは少し不安そうにしていた。
「…まあ、この計画には不測の事態にも対応できるよう遊びが入っている。こういう事もあるさ。修正できる余地は十分にある。でも何とかなる…といいなぁ」
イルは皆にそう告げると押し黙った。皆もその言葉を信じきれた訳ではないが黙った。何故ならあの六道が絡んでいるからだ。だが信じるしかない成功する事を、今回の計画では彼らにできる事はただ祈る事だけであった。何に祈るのか分からないが。
彼らの計画は初手から前途多難の相を呈し始めていた。
*
ガタン、ゴトン・・ガタン、ゴトン
定期的に車輪とレールから生み出される旅の情緒を引き出す音が少年から青年へと変わろうとしている者、横島忠夫の耳に届いていた。それは横島を眠りの国へと誘う子守唄のようであった。
が、それを妨げる声が聞こえる。
「ねえ、ねえ、まーくん! 見てみて田んぼよ〜!」
「………」
「わ〜! 横島くん、あそこには蜜柑が生ってるよ〜」
それに時折聞こえる人外のもの達の声がそれを助長していた。
「横島、一人だけ逃げようとしたらあかん」
それでもなお、眠りの国へと逃亡するが、それを許さぬ者がいた。横島の正面に座り、クビラという一つ目にナマコっぽい体にシッポが生えているという式神を頭に乗っけた鬼道正樹である。
因みに横島の隣にはビカラという人間大の蛇の頭だけに大きな口にとがった歯のある式神が横島の方を向いて大口を開き涎をたらして今にも噛り付きそうな態勢でいた。どちらも六道冥子の式神である。
「…俺としてはここに居るのさえ不本意なんですが、鬼道師匠」
横島は不機嫌そうに鬼道を見た。横島が鬼道に師事する事になったのはある事情がある。何故そうなったか? という原因は横島と言うよりは美神令子に原因があったがこれはまた別の機会に語られるはずである。
鬼道はバツが悪そうに顔をそむけた。が、向いた方がいけなかった。そこには二人が認識したくない光景が広がっていたからだ。鬼道はそれから慌てて目を反らすべく反対側を見た。まあ、確かにこの状況を鑑みれば頷ける。自分だって嫌だからだ。今回の旅とて自分一人であるなら別段、横島を連れて行こうとは思わなかっただろう。そう、同行者に六道冥子さえいなければ…
「そう言わんといてや。俺としてもこれ以上ややこしい事になりたないんや」
鬼道としてはこれ以上、六道家と親密になるような事に関わりたくなかった。事にあの理事長は最近、自分と冥子を一緒に行動させようとしているのでその意図は明白であった。冥子と一緒など体が持たないと今までの経験が、本能が、理性が、己が心に訴えている。
今回の事だって二人きりにするという意図が見え見えだ。若い男女が泊りがけで二人きりで旅行なんぞとなれば、世間はどう思うか分かりきった事だ。あの理事長はそうやって外堀を埋め、逃げ道を塞いでいくつもりなのだ。このままでは地獄の墓場まで直行である。それを防ぐ為に鬼道は無理矢理、横島を同行させたのだ。
「まあ、交通費から何から鬼道師匠が出すって言うからいいっスけどね…」
これがアシュタロス戦以前の横島であるなら女、しかも、中身はともかく六道冥子は美人であるから、見境無く騒いでいただろう。特に鬼道と冥子のような状態を見れば、俺の女じゃーとでも叫んで邪魔していたであろうが、今は美神令子除霊事務所の面々の前でならともかく、鬼道の前ではそんな心境に陥る気はしなかった。
横島はある事件の後、以前程に女にがっつくような態度は余りしなくなった。余りと言うのは美神令子除霊事務所の面々の前ではやるからである。別段、煩悩が無くなったとか減ったという事は無い。少しだけベクトルが変わったのだ。
(鬼道師匠も諦めりゃいいのに…)
横島の目からすれば鬼道と冥子の関係は既に王手が入っているように見える。何と言っても彼らの周りでは既に二人は付き合っているとされ、何時ゴールなのかと秒読み段階にあると認識されているからだ。今回の旅行にしたって色々と噂になっているようだった。何故知っているかと言えば、鬼道が勤めている学校に通っているキヌが情報元である。
今までにもそうやって周りにそう思わせるよう外堀を埋めてきているのだ。今回のはその集大成となるに違いないと横島は推測している。あの六道理事長ならそうだろうと確信している。
さすが隊長、美神美智恵の師匠だよなと何度か会う機会があったが、何時も朗らかに笑う理事長しか思い浮かばない。
(恐ろしい人や…)
「どうしたんや? 横島」
「いや、別に何にも無いっすよ。ええ、何にも…」
そんな横島の語意に鬼道は引っかかり怪訝な表情をしたが問い詰める事は無かった。ただ、何故か横島が自分を哀れんで見ていたような気がする事だけが引っかかった。
そんな横島の態度を問い詰めようかと思ったがその機会は失われた。鬼道の頭に載っている式神とは別の式神が鬼道の所に来たからだ。式神達の様子からも冥子のはしゃぎ振りがよく伝わっていた。
そんな冥子の様子に、横島は理事長に何か言い含められたに違いないと睨んでいた。
(ここが正念場っつー奴かもな)
誰の? という疑問は置いておく。
この迷惑娘の作った状況のお陰で、この車両は鬼道達の貸切状態になっていた。それはそうだ。人外の化け物といってもいい外見を持つ式神が12体も居て危害を加えないとはいえ、うろついているのだから。一般人はお近づきにはなりたくないだろう。一応、鬼道の式神である夜叉丸が牧羊犬よろしく冥子の十二神将を牽制しているが十二神将が暴れだしたら、それも焼け石に水だろう。
先程、車掌がこの車両に切符を確認しに来た時にこの光景を見て顔を青くさせたのだ。最もそれでも何とか踏み入り、振るえながらも切符を確認していったのは流石にプロと横島、鬼道は感心していた。
因みにその時に迷惑料というか、この責任を感じてか鬼道は式神12体分の乗車料金も払った。えらい出費である。必要経費で落ちるやろか? と一応は領収書を貰っておく鬼道の姿が見受けられた。
取り敢えず冥子が機嫌よくさえしていれば、式神自体も暴れる事は無い。それを維持する為に鬼道も横島も適当に相手しておく必要があった。万一、暴走された日には列車事故、と洒落にならない被害が出るだろう。気が休まる事は当分先のことになりそうであった。
そう思うなら、車なりで移動すればいいのだが、生憎、都合を付ける事が様々な事情により出来なかった。その辺に横島は理事長の策謀の影がちらついているような気がするのだが、実際は魔族であるイル達の策謀の一つが働いていたからである。横島に知る由も無かったが。(そもそも、横島はイル達の存在さえ知らないのだ)
「なあ、鬼道師匠。これから何処に行くんだ?」
実の所、横島は鬼道に取り敢えずついて来いと言われて、事情の説明もなしについて来たのだ。この辺は美神令子との付き合いでも何度か有ったので慣れっこだった。
「そうやった。横島には詳しい事情を話してなかったなぁ」
「はい」
「これから行くんは恐らく最後の式鬼の使い手や」
「式鬼?」
「そや。陰陽師が使う術には大別すると二つある。前に言うたな?」
鬼道は横島に基本中の基本や、覚え取るか?と確認した。
「…一つは確か言霊の力を符を媒介として封じ、それをもって様々な事象を起こす”妖術”。もう一つが鬼と呼ばれる力ある存在を使役する術、”式”でしたね」
横島は少し汗を掻きつつ、口にして鬼道の反応をうかがった。
「そのとおりや」
鬼道の言葉に横島はホッと一息ついた。間違っていたら間違いなく拳骨が落ちていたからだ。鬼道は自分もスパルタ教育で育った事もあり、弟子入りした横島に対しても厳しかった。
「今は一般的に式術って言うたら、式神を指す程、式神が有名になっとる。まあそれも、陰陽師よりも式神使いが世間にはポピュラーなものとして浸透しているからや。けど、実際は式術には三種類あるんや」
「それが基本とされる式、その上位に位置する式神と式鬼っスか?」
「そういうことや。飲み込みが早いな。流石や。でな、陰陽師における式術で・・」
鬼道の説明が唐突に切られ顔を引きつらせた。横島は不審に思った。
(い、いやな予感がする…)
横島は鬼道が凝視する方向に視線を移動させた。
「・・うう、ま〜くんも横島くんも・・相手してくれない〜、私の事、キライになったんだ〜」
そこには眠れる火薬庫に火が点けられようとしていた。
「う、うわーーーー!! そんな事ないっすよ。俺は大好きっす。そうでしょ、鬼道師匠っ!!」
「そ、そうどすっ! 冥子はんを、キ、キライな訳無いどすっ!!」
微妙に鬼動の声は上擦っていた。
「ほんと〜〜?」
目をうるうると潤わせて冥子は二人に問うてきた。端から見ればその姿は非常にかわいらしく思えるが、当事者である鬼道、横島にとっては恐怖の方が先立ち、そんな事を思える程の余裕は無かった。
「本当や!」「本当ッス!!」
二人は必死に肯定した。
「良かった〜」
冥子は二人の言葉を信じたのか機嫌を直した。二人はそんな冥子の様子にホッとし、これからの先行きにげんなりした。
*
「前の続きやけど陰陽師における式術と言うたら、普通は式の事を指すんや」
鬼道達は今は電車から降り、目的の地を目指して山道を歩いていた。もう既に結構歩いてはいるが、冥子は馬というかユニコーンのような姿をした式神であるシンダラに乗っていたし、横島にしてみれば何時ものように大荷物を背負っているわけでもないので徒歩でも非常に楽なものだった。もちろん、鬼道とてこれまでに能力の研鑚を積み、鍛えていたので負担にもならず、しっかりとした足取りで歩いている。
何度か休憩が入っていたがそれは自分の足を使っていない冥子の為だった。鬼道と横島だけなら今頃は目的地に着いていたかもしれない。
「あの式神ケント紙とか使って作る奴っスね」
「まあ、正式には和紙を使うんやけどな。今の式神ケント紙は式術の事を良う知らんでも、簡単な手順さえ間違えんと霊力を込めれば誰かて使えるようになっているから便利やけどな」
「確かに便利だよな…」
横島も何度か鬼道の指導の下、使用した事がある。特に除霊の時に使用した時は自分が痛い目に会わずに解決できたので甚く感動した覚えがあった。コストは結構高いのが難点ではある。これら式神ケント紙が普及したことで余計に式術を学び、使役するものは少なくなった。
「便利やけどその代わりに融通が効かんけどな」
式神ケント紙は一定量の霊力を込める事で決まった強さ、形でしか式を形成しない。逆に言えば発動すれば必ず、一定の力を持った式を使う事が出来るという事でもあるのだから、考え方次第である。それでも最近は利便性を取る様になってきており、まともに式術を使える者は古くから技を伝えてきている名家達位である。
「式術による和紙で正式手順を踏んだものは、術者の力量次第で色々な使い方ができますからね」
和紙で作った式であった場合、術者の霊力、技術等による制約があるものの、形も強さも自由自在に作ることができる。また式神ケント紙でのものとは違い、姿を隠す穏業の術を付与したり、仮初の意志を持たせて簡単な事を実行させることも出来る。横島は前に鬼道の講義と実際に使って見せた式術からその事について学んだ事を思い出していた。式術の応用は術者の力量次第で限りなく広がる。鬼道は式神使いとして有名ではあるが、それ以外の能力については余り知られてはいなかった。
「その通りや。一番融通が利くやろうな。それについては今回の件が終わったら詳しく教えたる」
「はい」「わーい」
「「えっ!?」」
もう一人の返事に鬼道、横島は驚いた。
「いや、あの冥子はん。これは式神使いの使う術でも基本中の基本ですよ。知らんどすか?」
鬼道の認識は間違えていた。自分にとっては当たり前のことのように思っているが実際は違う。名家でも六道のような強力な式神を所有しているような家では式術は廃れている。
本来、式神は式ほど万能性に富んでおらず、主要目的は妖怪や悪霊等との戦闘等に特化している。それ故に戦闘に関しては式などよりも遥かに強力なのだ。だが戦闘に特化しているが故にそれ以外には使えない。他の用途には式術や妖術を使う必要があるのだが、式神を持つ者はそれを持つが故に妖怪や悪霊の調伏する事ばかりを求められ、妖術を使う機会はあっても式を使うような事は滅多になく自然と式術を修める必要性を感じなくなったのだ。
こうして、式神使いは式神を操る術と妖術にのみ力を入れていくようになったのだ。
特に、そういった連綿と続く退魔の家系でも六道に至っては様々な特殊能力を持った十二神将を使役する為、妖術自体も殆ど使う必要性がなくなり疎かにしている。いや、なっているというべきか。それは最近の式神を保持する家でもオカルトアイテムが発展してきたのが原因で同じような傾向になって来ている。
鬼道のように全般に陰陽師の業を使いこなせる者は珍しくなっていた。最もそういった形に育て上げたのは父親のスパルタ教育によるのだが、その中でも妖術を修めさせた事については家が貧乏でオカルトアイテムに手が出せなかったのが原因ではないか? と式神使いの家系の現状を知るにつれ、その思いを大きくしている。
今となっては理由はどうでもいいと思えるようになっていた。そのおかげで自分は霊能科で様々なタイプの才能を持つ生徒を指導できるのだからと感謝さえしている。
そういった訳で鬼道は根が真面目故にいくら六道でも基本ぐらいは抑えているだろうと思い込んでいた。だが、現実は厳しかった。
「うん! 知らな〜い」
それ故に冥子は軽〜く返事した。が、鬼道のショックは計り知れなかった。
横島はショックで固まりあっちの世界へ飛び立とうとする師匠の肩をポンと叩いた。
「師匠、これが凡才と天才との違いっつーやつっスかね…」
「とーさん、今までの努力はなんなんやろうね…」
努力が報われない師弟はただ、涙を流すのであった。傍ではニコニコと自分がもたらした事に気付かず上機嫌な冥子が佇んでいた。
(つづく)
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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。