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新世紀エヴァンゲリオン 世にも奇妙な我が人生
新たなる戦い編
第11話 「私たちの目的地」
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暗闇に包まれた仮想空間内にポウと黒い石碑…モノリスが幾つも浮かび上がった。モノリス自体は黒く、その輪郭周りは白い薄い光が発光し、そのお陰で形がはっきりと見えていた。また、それぞれのモノリスには01から09までの番号が振られており、その下には”SOUND ONLY”と文字が入っていた。番号からもわかるようにモノリスは9体あった。それらは声を発し、何かを協議しているようだった。
『新たなる使徒らしきものが出現か…余りにも唐突だな』
『二百年前と同じだよ。災いも福音、どちらも何の前触れも無く訪れるものだよ』
『だが、幸いともいえる。我々は二百年前に唯一と思われたチャンスを失っていたのだ』
『左様、それが再び手に入れるチャンスが湧き上がってきたのですからな』
『そいつはまだわからんよ。我々が考えている存在と同じなのかは掴めていないのだ』
『それについてはご安心ください。全く手掛かりが無いわけでは有りません。先日、我々が各地に送り込んでいるうちの目の一つが使徒らしきものを撃破したと思われる戦艦に潜り込んでいます。近いうちに情報を手に入れる事ができるでしょう』
『大丈夫なのかね?』
『はい。情報戦における腕利きを潜り込ませています』
『戦艦か…たしかナデシコとか言ったな。ネルガル重工の…』
『ネルガル重工…』
ネルガルという言葉に苦々しい思いを込めて場で呟かれた。
『場合によってはその戦艦、ナデシコを手に入れねばならぬかも知れんな』
『その時はいっそうの事、目障りなネルガルごと潰すか手に入れようでわないか』
『そういえば、君はネルガルの先代会長にしてやられたのだったね』
『…悪いかね? 娘とその婿が殺されたのだ。私が今の立場にいなければ当にネルガルなんぞ、潰しておるわっ!』
『確かに貴方の婿殿は亡くすには惜しい人材でした』
『最も火星古代文明に関わってさえいなければだがな』
『………』
『どちらにしろ新たな情報を得る事が出来ねば、今後の方針も成り立たぬ。今回は閉会し情報が入り次第、もう一度開会する。以上だ』
フッ、フッ、フッ、フッ、フッ
約半数のモノリス、番号で言うなら01、02、03、05、07が消え、4体のモノリスが残っていた。
『やはりエルダー達は是が非でも己の計画を実行しようとするようですな』
『左様、エルダー達はその為だけに生きながらえて来たのですからな』
『恐るべき執念、いや妄執か… しかし、それに追従する愚か者も存在する』
『03、07の事かね?』
『…エルダー達は人に閉塞を感じたといっているが、果たして本当であろうか?』
『少なくとも私は絶望よりも希望を感じているのだがね』
『人類と類似性を持っていたと思われる古代火星人を知る限り、我々には未だ希望は残されている』
『その通りだ。人には可能性がある。それが有る限り、人は前に進めるのだ』
『何がエルダー達にそう思わせているのか分かりませんが、希望が有るうちは好きにさせるわけには参りません』
『その為にも我々はエルダー達よりも早く実現させねばならないことがある』
『例の計画ですな』
『その通りだ。実行する為にも先ずは我々勢力の力をつけねばならぬ』
『計画の進捗については次回にて』
『では、ごきげんよう』
残り4体のモノリスもフッ、フッ、フッっと消え去り、仮想空間は闇一色となった。
クッ、クッ、クッ、クッ、クッ、クッ、ハッ、ハッ、ハッ…
だが、その誰もが消えたはずの空間に一人笑う男の声が響き渡った。だがそれは笑ったもの以外には知りようもなかった。
*
「え〜〜〜っ!反乱!?」
第一声が部屋に響き渡った。ユリカの声は相変わらず大きい。
Nerv発足から数日が経過していたけど、その日から朝食はNervメンバー全員が揃ってシンジの部屋で取るようになっていた。最初はシンジも渋い顔をしていたものの、今じゃ何も言わなくなっていた。朝食はシンジかアキト、もしくは二人で用意していた。
何だかんだ言ってもシンジもアキトも嬉しそうに朝食を用意している。アルファが言うにはどちらも幼年期は食事など一人で食べる事が多くて寂しい思いをしていたからだという。私自身も一人で食べるより、皆で食べる方がおいしいと思うので気にしない事にした。
〔そうだ〕
アルファがユリカの叫びに完結に答えた。元々、朝食を食べ終わり一息ついたときに落とした爆弾だった。
「どうして?」
〔わかっているだろう?どうして聞く?〕
「やっぱり、確認しとかないと。意識のズレがあったらいけないじゃないですか」
〔それもそうだな。ここのメンバーには意識を統一させておく必要もあるか〕
「そうでしょ?」
ユリカはしたり顔で胸を張った。これ見よがしに胸がプルンと揺れる。ルリは自分の胸と見比べて少し、きつい表情をした。親しいものでないと分からない程度にだけど。アキトは少し鼻を伸ばしてだらしない表情をし、シンジは頬を少し染めて、ユリカから目を逸らした。
男の人は女の大きな胸に弱いらしいと聞き知っていたが、この二人も例外ではなかったようだ。私もルリと同じようにユリカと自分のを見比べてみたけど、少々膨らんでいるだけで数年経てばユリカと同じようになるとはとても信じられなかった。
イロウルが前にシンジの未来の姿をシミュレーションした事があったが、それを自分も依頼すれば未来の姿がわかる。でも、怖くて試したくない。
「どうしたの、みんな?」
ユリカは私達の様子が自分がもたらしたものである事を自覚せずにキョロキョロと皆を見回した。
「別に何でもありません」
「そう、そうだよな。シンジ君!」
「そうです。アキトさん」
「何でもない」
みんな口々に否定したがその様子からユリカは納得しなかったようだった。
「もう、みんな。仲間はずれなんて、ずるーい」
〔ユリカ、別段、気にする事ではないですよ〕
〔そう、いえば若さ故の反応というものだ〕
「もう、それだったら私が若くないみたいじゃないですか!」
バンと両手をちゃぶ台について自分は納得いかないと体全体でユリカは主張した。その動作にまたもや胸がぽよんと揺れて、それを間近で見る事になったアキトはでれっと鼻を伸ばした。シンジは目をつぶって、心頭滅却とか呟きながらお茶をすすっていた。
「ユリカさん、落ち着いてください。ユリカさんはこの中では一番年長者なんですから」
ルリがさりげなく毒を含んでユリカをなだめた。
〔その通りだ。この中ではな〕
「えっ? そ、そうなの? 私が20歳で、アキトが二つ下だから18歳。シンジ君がたしか16歳で、ルリちゃん、ラピスが11歳」
ユリカが私達の年齢をスラスラと述べていく。その様子からクルーのデータは全て頭に入っているようだった。ちゃらんぽらんした印象があるけど流石、艦長に選ばれるだけの事はあるのかもしれないと私は少し見直した。
〔それで僕が今の形になったバージョンから考えると大体3歳くらいかな〕
〔我輩は、出現時が誕生とすると2歳か〕
〔あたしが誕生してから12歳〕
それからオモイカネやイロウル、マギー達が自分の誕生年を申告する。ふーん、確かイロウルがマギーをパトーナーとか言っていた。パトーナーといえば夫婦みたいなもの。そうか姉さん女房なんだ。
「・・・私が一番年長・・」
自分が一番長く生きている事を突きつけられてユリカはショックを起こし、固まってしまった。Nervの構成員平均年齢11.6歳…非常に若すぎ。
「でも、アルファさん達が若いのには驚きました」
〔ふっ、元使徒を舐めないで貰いたい〕
〔まあ、僕たちの場合は思考速度自体が違うから、その分だけ時の感じ方が違うと思うけどね〕
「その辺は種によっても違うよね」
「でさ、何でこのナデシコに叛乱が起きるんだ?」
アキトが横道に逸れていった本題を戻した。
〔まあ、この前の佐世保への木星蜥蜴の攻撃をナデシコが情報操作により撃退した事になったのは前に報告したな〕
「ああ」
〔つまり、軍はそれ程、ナデシコの性能に期待していなかったのが、この前の戦闘による鮮烈デビューに目の色を変えたのさ〕
「でも、実際は倒してないじゃないか」
〔それでも、情報操作により表向き敵を壊滅させたのはナデシコなのだ。軍から見れば倒したと認識しているし、実際、あの使徒さえ現れなければ十分に元々のナデシコで同じ結果を出せた。あっ、それから使徒については新型のチューリップという事になっている〕
確かに使徒さえ現れなければ、問題なく木星蜥蜴を撃破していただろう。それにアレを最終的に殲滅したのはナデシコのグラビティ・ブラストだから。
「そうなんだ」
〔ただでさえ今、軍は木星蜥蜴に劣勢を強いられているからな。対抗手段があるなら喉から手が欲しいのだ〕
「でも、言ってはなんですけど、たかが戦艦一隻手に入ったからって戦局が変わるとは思いませんけど」
ルリが言った事に私も頷いた。今のナデシコの実態を知っている私達ならともかく、ただ性能の良い戦艦としか認識していない軍からすれば、一隻だけ木星蜥蜴に有効だからといっても、状況を覆す事は無理だと思う。地球は広いのだから、とてもじゃないけどカバーしきれない。
〔接収できても政治の道具になるだけだろうな。最も今はネルガルの道具であるから、本質的には大して変わらんかもしれん。それでも我々の方針とネルガルの方針が今の所、合致しているからな〕
「今の状態が望ましいってことか。確かに軍に接収されれば火星には行けないもんな」
「じゃあ、防ぐの?」
〔いいや。ここは思い切って実行させる〕
「「えーーーっ!!」」
「どういうことです」
「そうだよ」
皆驚きの声をあげたあとベータに詰め寄った。
〔落ち着きたまえ。その理由を説明しよう。この機会を利用してうまくクルーとして溶け込んでいる産業スパイを締め出す〕
「「「産業スパイ!?」」」
一応、このナデシコはネルガルの企業秘密の固まり、言われれば確かに居るかもしれない。
〔軍関係についてはネルガル自身も気付いているようだ。バカじゃないからな。ただ、企業系については一部は把握しているようだが完全じゃない。第一にそいつらは言わば囮だ。それ以外にも本命が居る。まあ、ナデシコがネルガルにとって重要機密だって事はわかっているみたいだからな。そう産業スパイだってばれるような間抜けを派遣しては来ていないということだ。そいつらを締め出すと言っても完全にではなく間引くのだがね。〕
「どうして?」
シンジが興味深げに聞いた。
〔軍以外でかつ、こちらにとって都合のよさそうな売り込み先のパイプを残しておく為にだよ〕
「なるほど」
〔自由を確保する為に色々方策を立てておかなければね。叛乱への対応はネルガルからの指令という形で、プロスペクターとゴートに情報を渡しておけば、任せても大丈夫だろう。もともとネルガルから不穏な動きありとの情報は来るみたいだからね。それに付け加えるだけだ。それで産業スパイも一緒に追い出す〕
「でも、誰がスパイか分かっているのか?」
〔その疑問はごもっともだ。が、このナデシコ内で隠し事が出来る者はそうはいない。既に調べ上げている〕
今のナデシコはセンサーや監視カメラなどなくても何が起きているか分かる。ナデシコの壁どころかネジ一本がイロウル特製のナノマシンの塊なのだ。それらはナデシコに在るAI達の制御下にある。よって、それらからの情報は全てAI達の知る事になる。
それを知っているのはNervメンバーの中でもシンジ、ルリ、私だけ。理由はユリカやアキトに黙っているのは落ち着かなくなるだろうから。良くも悪くも私やルリは普通じゃないと言われたようなもので少し気に食わなかった。シンジについては「まあ、慣れているからね・・」と苦笑していた。
「危険はないのかな」
シンジが少し心配そうな顔でたずねた。
〔絶対とは言えんな。だがナデシコ艦内である限り、誰も傷つけるような事はさせない〕
「分かった」
〔僕達が管理している以上、何もさせやしないよ〕
〔中には爆発物を所有している者も居ますが既に処置済みですのでご安心を〕
〔ところで昨日預かっていたコミュニケを返そう〕
アルファ達が口に私達のコミュニケをくわえて、ちゃぶ台に置いた。
「前と変わらないように見えるけど、何処が変わったって言うんだ?」
アキトが自分のコミュニケを取り上げ、繁々と見詰めた。それは私もルリもユリカも同じような反応。
〔万が一という事があるのでね。それさえあれば一定時間だけATフィールドで身を守る事が出来る〕
「「「「ATフィールド!?」」」」
ベータがさらりと、とんでもない事を言った。皆、驚きの声を挙げた。無理もない、この場に居るメンバーにはATフィールドがどんなものか説明する必要もないぐらい知っている。
ATフィールド。無敵の盾と言ってもいい。
〔まあ、可視化する程、強力なものは張れない。精々、バズーカの砲弾を防ぐ事ぐらいだろう〕
それでも、個人でのものとしては十分すぎると思う・・
〔見た目は変わらずとも、それは我の一部から構成されている。故にATフィールドを発生させる事が出来る〕
〔だが、一部だけに絶対といえるほどに強力でもないし、発生させる時間も限られている。張り続ければせいぜい5分ぐらいしか持たん〕
「どうやって発生させるの?」
〔基本的には防御本能が働いた時か、着用者の意思でだ。今のところは体表から5センチぐらいの所に体を覆うように発生する〕
「へえー」
ユリカ、興味新進。目を輝かせて与えられたおもちゃで直ぐ遊びたいという子供のようだった。
「使い切ったらどうするんですか?」
ルリが至極最もな疑問を口にした。
〔その辺はエステバリスと似たようなものだ。艦内では常に私と接続されているから常にエネルギーは充填されている。私から切らない限り、制限なく自由に使える〕
〔それにそれを着用していれば〕
<このように会話も出来る>
突然、私の頭に言葉が響き、私はびくっとした。
「「わっ!?」」
他の人達も似たような反応だった。
「何!? これ!?」「何なんだ!?」「SFとかにあるテレパシーですか?」
<まあ、似たようなものだ。現象的には同じだからなそう思ってもらっていい。そのコミュニケを通して君達に”声”を送っている>
皆、さらりと流しているけどテレパシーって、珍しいものでは無いのだろうか? 私が居た研究所では大変貴重な人材ですとか所員が言っていたはず。
「「へえ」」「そうなんですか」「そう」
みんなは感心するばかりだった。
<でも、これは君達もそのコミュニケを通して使えば出来る。この方法だと他の人達にばれずに内緒話が出来る>
そう頭に響いて使い方を説明された。この方法は電波なんかじゃないから妨害される事もなく盗聴される事もないらしい。ただATフィールドは突破できないので、敵のATフィールド内への連絡は無理。あと、距離は殆ど関係ないらしい。全部らしいというのは未だ私自身で実証した訳ではないから。
私達はコミュニケを使ってこの会話方法”念話”を練習した。
<でもでも、これって使いようによっては凄く便利だよね>
<そうですね>
<しかし、このコミュニケ凄いな。でも、失くしちゃったり、奪われたりしたらどうするんだ?>
<その辺は多分、多分考えていると思いますよ、アキトさん>
<その通り。そのコミュニケは君達自身が身に着けない限り、作動しない。遺伝子と脳波による認証を採用しているからな>
<そうなんだ>
<じゃあ、安心だな>
<ですね>
良く考えると端からは、みんな押し黙って見詰め合っている様に見えるのだ。異様に見えるだろう。
「念話もみんな慣れたようだし、普通に会話しませんか?」
私の考えとシンジも同じだったようで他の人は居ないのだから普通にしようと言った。
「そうだね」
ユリカがそう返事した時、ユリカのそばに画面が浮かび上がった。画面にはプロスペクターが映っていた。
『艦長、今後の打ち合わせをしたいので私の所へ来て下さい。おっと、取り込み中でしたか?』
プロスペクターが申し訳無さそうに言った。
「いいえ、さっき食べ終わった所ですから、直ぐ行きます」
ユリカはそう返事するとすくっと立ち上がった。
「さあ、今日も一日がんばりましょう!!」
「「「「おう!」」」」
最近、何時もの定番の掛け声になってきたユリカの声にみんな、拳を挙げて応えた。最初は私もルリもやる気なしな感じでやっていたけどアキトやシンジに吊られて最近は普通に行うようになっていた。
「じゃあ、シンジ君、俺達も食堂に行こうか」
「はい、行きましょう」
そう言ってアキトとシンジが立ち上がった。私やルリはもう少し時間があるのでゆっくりしている。そんな私達の前にすっとガンマがお茶を差し出した。
「ありがとうございます」「ありがとう」
私達は素直に礼を言って湯飲みを手に持ち、お茶をすすった。適温で飲みやすく、美味しかった。これを猫モドキが入れているとは信じられなかっただろう。これが数日前ならばパニックだったけど、今やそれは現実として私達は受け入れていた。私が外に出てから、昔居た研究所は結構変わったものばかりだと思っていたけど、世界は不思議に満ちていた。奥が深い。
「相変わらず美味しいです。あなたが淹れたとは信じられないほど」
<そうか>
そう、ぶっきらぼうにガンマが答えた。
<僕もそういう事してみたいんだけどな>
<今度、ウリバタケにでも頼んでみようか。確か彼はリリーちゃんとかいうロボットのシリーズを完成させたいとか言っていたはずだ>
<ロボットか・・それだったら僕でも大丈夫かな>
<エステバリスの技術を応用すれば結構、人間大で器用な事が出来るものを作れると思うね。まあ、その辺は昔から挑まれている分野でもあるし調査すれば、資料も十分そろうだろう。元が大きいだけに小型化は至難だろうけど、代用できるものもあるから何とかなる>
彼らの会話からリリーちゃんと呼ばれるロボットを思い出す。確か前に自販機が変形したのをそう呼称していたような気がする。
それから私達は時間になるまで会話を楽しんだ。
*
「はい、日替わり3、お願いします」
「カツカレー大盛り1」「グリーンサラダ1」「A定2、B定3、C定1、お願いしまーす」
そこは戦場だった。巡るましく砲弾ならぬオーダーが飛び交う。
「へい、日替わり、お待ち!」
「はーい」
「ねえ、中華丼まだー?」
「もう直ぐっす!」
ナデシコ食堂は今日も大盛況。やっぱり昼時は、乗員達で溢れていた。でもこの光景はこの艦に乗ってからずっと見られる光景だ。自分もアキトさんも、他の皆もてんてこ舞いであった。
「シンジ、ぼやっとしてない! 作った、作った」
僕がボケッとしていたのをホウメイ師匠に叱咤された。
「いけない! ごめんなさい!」
僕は慌てて止まっていた手を動かし始めた。目が回るくらい忙しいけど、この雰囲気は好きだった。みんなが夢中になって僕達の作った料理を食べてくれるのを見ると心が暖かくなる。
後は夢中になって手を動かした。気が付くとピークは過ぎ去り、厨房にも余裕が出来た。
「シンジ!」
「はいっ!」
僕が気を抜いていた時に突然呼ばれたので思わず姿勢を正して返事した。
「ブリッジに出前だよ」
「分かりました」
僕は料理の入った岡持ちと注文伝票を持ってブリッジに向かった。
*
「ふむ、今や軍情報部は上や下へと大騒ぎ…か…」
俺は佐世保基地が壊滅したという情報に同僚達が騒いでいるのを横目にコーヒーをすすった。何と言ってもどうやって壊滅したのか情報がなかったから余計だ。木星蜥蜴の襲撃を受けたと通報があって以降、一切の情報や記録が入ってこなくなった。
調査が進むにつれ、それが何者かによる情報封鎖、いや情報妨害をしているようだとわかって何者がやったのかと大騒ぎになっている。
そりゃそうだ。それは何時だって軍の情報網を寸断できると言うことであり、木星蜥蜴がやった事であるならば我々連合軍は敗北必至という事になるからだ。そんな所へ妨害が消え一気に情報が流れてきた。なんとナデシコという民間が所有する最新鋭の戦艦が木星蜥蜴を撃退したというのだ。
お陰でここ情報部は色々と分析や調査やらの仕事が一気に増えててんてこ舞いとなった。
「おい、赤羽、お前も仕事しろよ」
同僚がコーヒーを飲んでいる俺に注意してきた。まあ、周りが進展が無いとはいえあくせく働いている中で、俺だけ寛いでいるんだから面白く思わないわけが無い。
「わかった、わかった」
俺の返事を聞いた同僚は何のかは知らん資料を抱えて立ち去っていった。まあ、返事はしたものの動く気はしなかった。
というのも何者がしたのか、何が起きたのかを知っていたからだ。最もその事を他の者にはいえない。
俺は先ほど目を通した手元の情報をもう一度見た。
――ワレ、シトニソウグウセリ――
その情報の冒頭の一文が俺を捕らえて話さない。
「はは…マジかよ…だよな」
俺はため息をついて、これからの方針をどうするか考え始めた。色々とサポートする事ができるようにとここに居るのだから。
それにしてもここでもこれかよと俺はもう一度ため息をついた。残りのコーヒーを一気に飲み干すと嫁さんの淹れたコーヒーが飲みたくなった。
*
プロスさんからこれから重要な知らせがあると通達があり、私は艦内にアナウンスをした。
ブリッジにはメイン・クルーが集まっていた。艦長であるユリカさんはキリッと真面目な顔をしていた。何時もこうならまだ艦長らしく見えるのに。その後ろにはプロスさん、ゴートさん、それにフクベ提督が控えていた。
プロスさんはいつものように営業スマイルを浮かべ、ゴートさんはムスッとしていた。フクベ提督は帽子を目深に被っており、私の位置からは表情が見えなかった。
ブリッジの下の方にはパイロットである山田さんがいて、これから何があるってんだ? ゲキガン観賞してたのによ、と不満をたれていた。
パイロットもブリッジにとの事でしたけど、時間的なこともあってコックと兼任しているアキトさんやジンジさんはこの場には来ていなかった。
<ふむ、どうやらターゲットが動き始めたな>
<そうみたいですね>
<ネルガル側も動き出している>
私はそれらの行動を監視しながら、全クルーの前にコミュニケを展開させ、ユリカさんに合図を送った。それを確認したユリカさんは小さく深呼吸して口を開いた。
「みんさん、この艦の艦長であるミスマル・ユリカです。只今より当艦の行動予定を発表します。プロスさん、お願いします」
最初の挨拶を短く終えたユリカさんはプロスさんに話を振った。
「オホン。今よりこのナデシコの目的地を発表します! 我々がギリギリ今まで目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺く必要があった為なのですっ!!」
咳払いしたプロスさんは今こそ自分の出番と熱く語り始めました。いわゆるアジテーションってやつでしょうか?
「これより我々は、スキャパレリプロジェクトの流れに従い軍とは別行動をとります!」
格納庫で作業していた整備部の一部からおおっ!と声があがっていた。私やラピスにはこのオペレーター席に居る限り、このナデシコで起こっている事を把握することは容易かった。もちろん、それはオモイカネの助けがあって初めて出来ることではあるけど。
「我々の目的地は火星だ!」
フクベ提督がプロスさんの言葉を継いで目的地を宣言した。その声には何かの決意が込められているように感じた。
その目的地を聞いて、艦内の全クルーは騒然となった。まあ、一部の人はそうじゃないんですけど。
「毎度っ! ナデシコ食堂です! ご注文の品、お届けに参りました!」
その一部の人が着ました。でも、シンジさん、タイミング悪すぎ…
その声にブリッジメンバーの目が一斉にシンジさんに集まり、シンジさんはたじろいだ。
「あ、あのー、何ですか?」
皆さんの注目にシンジさんは恐る恐る問い掛けてきました。その様子じゃ、コミュニケでの話をあまり聞いていなかったのかもしれません。
「ああーーっ! シンジくん。待ってたよ! もう私お腹ペコペコなんだ」
うれしそうにそう言ったのはユリカさんでした。雰囲気ぶち壊しです。アキトの手料理が食べれるなんてユリカうれしいとか聞こえてきます。ついでにユリカ〜というアオイ副長の情けない声も。
「ちょ、ちょっと待ってください、艦長。まだ、話には続きがあるんですよっ!」
プロスさんはうれしそうにシンジさんを呼ぶユリカさんの態度にお冠です。まあ、気持ちはわかりますけど。
「え〜、お腹すいたんだもん。ほら、腹が減っては戦はできぬって言葉もあるし。第一アキトが私の為に作ってくれたんだよ。だったら、冷めないうちに食べなくちゃ!」
拳を握り締めて力説してますけどユリカさん…時と場所を考えましょう。
「そういう訳には…」
プロスさんは言葉を続けようとしましたが途中で口を止めました。推測ですがこれからの事については自分が説明していくので、艦長としてユリカさんの態度には問題がありますが、必ずしも艦長が必要というわけではない事に気づいたのでしょう。
「オホン!」
場を仕切りなおすために咳払いしたプロスさんは演説を続けだしました。
「アッ、キッ、トォの手作りチャーハン! ん〜〜おいしい!」
ユリカさんは、満面の笑みを浮かべて、出前のチャーハンをほおばり始めました。
「はい、ルリちゃん。今日はハンバーグ定食だったよね」
シンジさんが岡持ちから私の注文したメニューを差し出しました。
「はい、ありがとうございます。って、これは頼んでません」
受け取りながらその中に私が頼んでいない杏仁豆腐が含まれていました。
「それはサービス。実は最近、職場の方に女性が増えたでしょ? それで食堂のデザート・メニューを充実させようって話になって、その一環で試しに作っていってるんだ」
そういってシンジさんは隣のラピスにも渡していた。
「ふーん、食堂ってブリッジとかにも出前してくれるんだ」
「えっ!?」
背中越しから私のメニューを覗き込みながら声を掛けられて驚いたのかシンジさんはがばっとオーバーアクションで振り返った。
ボフッ
「あん! 大胆」
間近にミナトさんが立っていたことに気づかずオーバーアクションを起こしたのがいけなかったのでしょう。シンジさんはミナトさんの胸に顔を埋めてしまいました。
ムカッ!
何だか腹が立ったのは何故でしょうか?
「わっ! ご、ごめんなさい」
数瞬、固まっていたシンジさんは顔を真っ赤にさせて勢いよく離れた。危うく私のご飯にぶつかりそうだったので退避させました。
「は〜ぁい。君がシンジ君?」
でも、シンジさんが胸に顔を埋めた事など気にしていないようで、そのままミナトさんは笑顔で挨拶しました。
…あんな事で動じないなんて、やっぱり、ミナトさんて大人な人です。
「そ、そうですけど…」
ミナトさんのフレンドリーな態度にシンジさんは戸惑っているようでモジモジしています。そんな態度に前の方でふ〜ん、シンジっていうんだかわいい〜とかメグミさんも笑っています。
「私、ハルカ・ミナト。このナデシコの操舵士なの。よろしくね」
そう言ってシンジさんにウィンクをしました。その効果はてき面でシンジさんの顔は真っ赤です。
「はい、碇シンジです。ラピス達ともども宜しくお願いします」
シンジさんは真っ赤になりながらもぺこりと挨拶した。
「くす。よく出来たお兄さんね」
ミナトさんは顎に手を当ててコロコロと笑った。
ちなみバックではプロスさんがナデシコの任務について話していますが額に血管が浮き上がっています。そのうち血管がぶちきれるかもしれません。
「…というわけです。木星蜥蜴と戦うわけではありません」
「でも、なんで今更火星なの? 火星は木星蜥蜴に占領されてるんじゃないの?」
プロスさんの言葉にミナトさんが質問しました。こっちにちょっかい出していましたけど、ちゃんと話は聞いていたんですね。侮れません。
「それは連合宇宙軍の広報によるものです。火星がどういう状態になっているのかを確認したものはいません」
<それはそうだろうな。守らねばならないはずの市民を見捨ててしまったのだ。非難をかわす為にも情報を隠蔽するだろう>
アルファさんの言う事ももっともです。臭いものには蓋をしろという事ですね。ここ近年の連合政策に合致してます。
「木星蜥蜴の侵攻前は地球人は月、コロニー、そして火星へと移住していました」
<地球人ねえ…>
? ベータさんは何か引っかかるのでしょうか? 少し気になります。
「しかし、木星蜥蜴の不意の襲撃により連合宇宙軍は大打撃を受け、建て直し持ちこたえる為に地球周辺に防衛線を引かざるおえませんでした。その為に前線にあった火星の人々を見捨てざるおえませんでした。その見捨てられた火星の人々、資源はどうなったのでしょうか?」
<本音が少し見えたな>
<そうですね>
<どういうこと?>
シンジさんってこういう所、ボケボケ〜っとしてるんですね。
<ネルガルは慈善団体ではないということだ>
<ああ! 人よりも資源とかの方が気になるって事か>
「ふ〜ん、ネルガルの資産が心配ってことか」
顎に人差し指をあてて言いにくい事をズバリとハルカさんが言いました。
「いや、まあ…その…」
ハルカさんの言葉に流石のプロスさんも答えに窮しているようです。まあ、今は全艦内放送中ですから下手な言動はまずいという事もあるのでしょう
「ん〜〜おいしい。いいんじゃないかな? 本音は企業利益でも建前上は人命救助なんだし。戦争やるよりは遥かにマシだよ」
パクパクとご飯を食べていたユリカさんがプロスさんに助け舟を出した。意外です。
「まあ、確かに」
「人助けかあ。戦争に協力するっていうよりは確かにいい事ですよね」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。現在の地球の状態を見過ごすっていうんですか!?」
その場の雰囲気でこのナデシコの火星行きが是となる雰囲気になりそうな時、声を荒げてアオイ副長がプロスさんに食って掛かりました。
まあ、確かに表向きというかナデシコの性能は現在の人類の保有する兵器の中でも群を抜いています。
私としても火星の人たちが生きているか? と聞かれれば可能性は低いと答えると思う。それよりも、生きている人がいる地球でこのナデシコを活かす方が良いと考えただろう。アキトさんやシンジさん達に出会わなければ。
今は地球には連合宇宙軍がいて防衛していてる。火星には守ってもらえる存在はないのだ。どちらに必要なのかは一目瞭然。
何より、ネルガルが色んな障害があり、かつ人が生存の可能性が絶望視されているというのに行かねばならない、いえ、行こうとしているのはネルガルにとって利益となるから。アルファさん達はネルガルの火星でのねらいこそがこの戦争の鍵となると考えているようだった。私もその考えに賛成です。
「困りましたな、アオイさん。契約上、あなたの意向でナデシコが目的を変えることはないのですよ。不服があるのでしたら仕方ありませんな、残念ですがこの艦を降りていただく事になります」
「くっ!」
アオイ副長は握りこぶしがふるふると震え何か耐えているようです。私にはアオイ副長の中でどういう葛藤がなされているのか分かりませんけど。
「アオイさんとして悩みどころよね…」
そんなアオイ副長の様子にミナトさんは意味ありげに呟きました。何か知っているんでしょうか?
「では、皆さんの理解も得られた所で…」
そんな時です、ムネタケ副提督と武装した兵士達4人ががブリッジに流れ込んできました。
「そうは、いかないわ。アオイ副長の言うとうりよ! この艦は連合宇宙軍が有効に活用させていただくわ!」
ムネタケは顔に笑み(何か妙にいやらしい)を浮かべて宣言した。
「血迷ったか!? ムネタケ!」
この所業にフクベ提督は声を荒げ抗議しましたが、何の効果もありません。こちらに抵抗手段がないものですから、ムネタケ副提督の態度もでかいです。
「フクベ提督、いえ、もう元提督でしたわね。私にはあなたと違って未来がありますの。この艦は私の未来の為に役立ってもらいますわ」
ムネタケ副提督はフクベ提督に目を向け、見下すかのように見て口を開いた。
「っ! ………」
痛い所をつかれたのかわかりませんが、ムネタケ副提督の言葉にフクベ提督は目を伏せ沈黙してしまいました。
「困りましたなあ。ナデシコについては軍と協議して我々ネルガルが私的運用する事で話がついていたはずですぞ」
「そんなことわたしは聞いてないわよ。さっきも言ったけどこれ程の強力な艦を火星なんかに回せないわ。冗談じゃない」
「その人数で何ができる?」
いつもの仏頂面のゴートさんが静かに問い掛けた。まあ、もともとこういう行動に出るという情報は、以前から掴んでいたわけですので、手も打っているでしょうし冷静でいられるのでしょう。
それにゴートさんの疑念ももっともです。幾ら武器を所持しているとはいっても、ムネタケ副提督が率いている兵士の人数だけでは、制圧は難しいと思います。
自分が優位なのを確信しているからか、余裕を出してムネタケ副提督は懐から扇子を取り出して口元を隠し笑った。
「ほほほほほ……私がこの程度の人数だけでこんな事するとでも? 私は堅実に生きる主義なのよ? ご心配なく、今頃は民間人に化けて潜入している部下達がこのナデシコの要所を抑えているわよ。それに当然、増援はあるわよ。ほら、来たわ」
ムネタケ副提督は顎でしゃくり、ナデシコ正面をさすと、タイミングよくその正面の海中から一隻の戦艦が現れた。
「あれは!? ト、トビウメ!?」
その艦の姿にアオイ副長は驚きの声をあげました。私も驚きです。それもそのはず、現れた戦艦”トビウメ”といえば連合宇宙軍の極東方面第三艦隊の旗艦です。
<ふむ、戦艦まで持ち出してくるか>
イロウルさん達は状況の割に随分落ち着いてますね。
「護衛としてクロッカス、パンジーが随伴」
ラピスが淡々と告げた。その言葉にゴートさんは少し眉根をあげ、プロスさんは汗を拭いた。それに比べてユリカさんはニコニコと笑顔を浮かべていました。状況を考えて意図的にそうしているならば大したものですが、あのユリカさんですからおき楽な性格からだと思います。
ムネタケ副提督の言っていた軍人さん達についてはプロスさん達の指示でネルガルの保安員が取り押さえています。この場にいる者達にしても何らかの手段で無力化できるのでしょう。ですが、流石に戦艦相手には下手な行動ができません。
下手な行動の結果反乱者扱いになっては目も当てられませんから。この状況をどう切り抜けるつもりなんでしょうか?
<大丈夫なの?>
心配そうにシンジさんが会話に加わった。軍人さんに銃を突きつけられているので落ち着かないのかちらちらと様子を見ています。
<まあ、武装面からいって真正面からでもナデシコの方が勝つね>
オモイカネは自身満々に言いますが確かにそれはその通りでしょう。元々の性能でもかなりの物でしたが、今やイロウルさんの能力まで加わってますから。
<まあ、その辺は何とかなるさ>
実際の所、ナデシコのセンサーに戦艦の存在が引っかからなかったはずがありません。そうでありながら、行動しなかったという事は何かあっても対処できるということでしょう。実際、今の所、ブリッジのみが占拠された形になっていますが、これだって直ぐに打開できそうですし。
<それって予想外の事が起きたって事ですか?>
一応念のため、言葉で引っかかった部分を聞いてみました。
<人の心というのは複雑なものだな。ハッ、ハッ、ハッ。軍の干渉はあると踏んでいたが、こういう流れで来るとは思わなかった>
乾いた笑いと返事に少しびっくりしました。一応、戦艦の出現は予測外だったのでしょうか。
「艦長! 目の前の戦艦から通信が入っています。繋ぎますか?」
メグミさんが不安げにユリカさんを見詰めました。ただでさえ銃を突きつけられ緊迫した状態が通信が来た事で更に悪化しマシた。
「繋いで、メグちゃん」
ユリカさんはきっぱりと言いました。その様子に不安は全然、感じられません。
「はい」
そんなユリカさんの態度を少しだけでも頼もしく思ったのかメグミさんはぎこちない笑顔を浮かべて通信を繋ぎました。
通信を開くとブリッジ正面に大きなスクリーンが現れ、髭…それも俗に言うカイゼル髭と呼ばれるものでしょうかそれを生やし、威厳を漂わせたオジサンが映りました。制服にある肩章は中将、結構なお偉いさんです。
それにしても今時、カイゼル髭なんて珍しい…って、あれ? どっかで見たような気がします。誰でしょう?
少しばかり疑問が生じたとき画面の男が口を開きました。
『こちらは地球連合宇宙軍提督、ミスマルである!』
ミスマル…? あっ! 思い出しました。艦長であるユリカさんの父親でミスマル・コウイチロウという方であったはずです。
「お父さまっ!!」
ユリカさんも父親の登場に驚いたようです。
『おおっ! ユリカ』
ミスマル提督はユリカさんを見ると先程までの威厳が霧散し、表情が緩んだ。
<まさか、娘に会いたいが為に戦艦を持ち出してくるとはな>
<ここまでの親ばかとは思いませんでした>
<やはり、データだけでの人物分析は限界があるな>
<生の情報はやはり必要不可欠ということですわね>
<勉強になるよ>
なるほど、予想を覆したのは親ばか故ですか。流石、ユリカさんの父という事でしょうか。
「お父さま、どういうことですか?」
『しばらく会わないうちに、大きくなったね、ユリカ』
「やだ、お父さまったら。一昨日夜、お会いしたばかりですわ」
『おおっ! そうだったかな?』
「って、話を逸らさないでください、お父さまっ!」
…何ともいえぬ会話内容です。
「ご無沙汰しています。提督」
むすっとしていたゴートさんがミスマル提督に軽く会釈し挨拶しました。そういえばゴートさんは軍出身ということでしたね。
その事でミスマル提督も他人の目がある事を思い出したのか咳払いをして居住まいを正しました。その途端、スクリーンに映っていた当初の威厳ある雰囲気の顔に戻りました。
『あー、機動戦艦ナデシコ、地球連合宇宙軍提督として命令する。直ちに停船せよ!』
「どうしてです。お父さまっ!」
「残念だが今の連合宇宙軍には強力な戦艦をみすみす手放す程の余裕はないのだよ
ユリカさんの声にミスマル提督は答え、わしだってつらいんだよといった顔にでていました。
でも、理由についてはかなり手前かってな事です。ようは他人のものを自分のものにしたいからよこせってことで、それは盗賊かガキ大将のような言い分というわけです。
「はは、さすがミスマル提督。分かりやすくて結構ですな。ですが我々も…」
これは私の領分ですなとプロスさんは張り切って口を挟みだしました。
「ちょ、ちょっと! あんた今の状況を分かっているわけ? この艦はわたし達に占拠されているのよ。あんた達にできる事は大人しくこの艦を引き渡す事だけよ!!」
『その通りだ。応じなければ実力行使をせざるおえなくなる』
確かに、ここまでやっておいて交渉に応じるはずがありません。
「しかし、提督。ナデシコはネルガル重工が運用する事で折り合いがついたはずですが」
その折り合いで幾らのお金が飛んだのやら…
「状況は刻々と変わってきておるのですよ。議論は必要ない。結論はYESかNOだけで返答願いたい」
私たちの命運を決める2択という事ですね。
「では、交渉ですな」
でも、プロスさんは3択目を選択しました。
『何? 交渉だと?』
その言葉にミスマル提督が驚きの声をあげた時、
ガッ、ドコッ、ドサッ
何か鈍い音が後方から聞こえそれと共に倒れる音がしました。
「な、何ごとっ!? ぐっ!」
何があったのかと私が振り向いた時には銃を構えていた軍人さん達4人があっという間もなく倒れ、ムネタケ副提督がゴートさんに取り押さえられていました。倒れ伏した軍人さんのそばには確か整備班の村井コトリさんという方が立っている事から、おそらく軍人さんを倒したのはこの人なのでしょう。でもどうして?
疑問に思い調べようと端末に手を伸ばしました。
<村井コトリは整備班に属しているが実際はネルガル本社から保安要員として派遣されてきた人物よ>
そんな私にメル・マギーさんが教えてくれました。一を聞いて十を知るのごとく、知りたい事のごく一部を入力した瞬間に推測し答えを返してきました。もっと詳しく知りたいならば資料をみるべしとコミュニケに得られる情報をドキュメント一覧で表示しています。普通のAIならこうはいきません。
便利すぎて何とはなしに、ここに居る自分の存在意義は? という思いがわいちゃったりします。
<まあ、本来は派遣される事はなかったんだが、シンジが乗り込むことになって急遽、追加された人物だ>
<そうなんですか?>
知りませんでした。でもシンジさんって警戒されるような人物なんでしょうか?
<どうして?>
ラピスが私と同じ疑問を感じたようで話しに入ってきた。
<まあ、彼が”碇”という姓を名乗ったからね>
<”碇”? ”碇”に何か意味があるんですか?>
<まあね。その件は後でゆっくりと話してあげよう>
<わかりました><わかった>
後で説明してくれるとの事ですからここは大人しく引きました。
「不審者は全て取り押さえました」
「うむ、ご苦労」
コトリさんはゴートさんに簡潔に報告しました。
「軍とて民間相手に法を無視しての強硬手段は公になれば、まずいものがあるでしょう。とりあえず不当占拠はやめていただきます。…さて、これでお互い対等に落ち着いて交渉できるというものです。よろしいですかな?」
そう言い放つプロスさんのメガネがキラリと光ったような気がしました。確かに今の軍は民間企業がかなりの部分を支えていますから、こういった手段を取る事は反発を招く恐れがあるのは確かです。
『…よかろう』
ミスマル提督もそれが分かっているからなのでしょうか、プロスさんの提案に素直に応じました。
「では、さっそく!」
ミスマル提督の言葉にプロスさんは妙にうきうきとしだしました。本当に好きなんですね、交渉が。
『その前に交渉はこちら側で3名まで。それからそちらのマスターキーを抜いてもらおう』
何でマスターキーの事を知っているんでしょう? ナデシコの情報が漏れているんでしょうか?
「交渉役は艦長たる私、プロスペクターさん、ゴートさんで行いますが、マスターキーの件は承諾できません」
『何だと? ユリカ!?』
「今現在でもこの付近にチューリップが存在しますし、未発見のものも存在するかもしれません。戦時中である事から何が起きるか分かりません。そんな中で艦を無防備にする事は艦を預かるものとして、クルーの命を預かるものとしてできません」
『ユリカ…』
ミスマル提督はユリカさんの言葉にジーンときたのか目から溢れんばかりの涙を流して感動しています。
「交渉の場と人数についてそちら側に譲歩しました。それ以上は引けません。こちらの主機関を止めろというからにはそちらも止めていただかなければ応じる事はできません」
こちらの相転移機関と違って現在の軍の主機関の火を消すという事は再始動するのにかなり時間がかかります。瞬間湯沸かし器とかまどぐらいの性能差です。向こうは飲めないでしょう。
『…わかった。マスターキーの件はいい』
「じゃあ、そちらに行きます」
ユリカさんは敬礼して通信を閉めた。
「なかなかお見事でした」
「いえ、本番はこれからです。プロスさんよろしくお願いします」
「ええ、承りました」
そういってプロスさんはニコニコと笑って一礼しました。
「ゴートさんは護衛という事でもしもの時はお願いします」
ユリカさんの指示にゴートさんは静かに頷いた。
「そういう訳でジュン君、後をお願いね!」
「えっ!? う、うん」
何時も行動を一緒にしていたからか一緒に行けないことにアオイ副長は戸惑っているようでした。
「困った事があったら、フクベ提督に相談してね? じゃあ、行ってきまーす!」
そして数分後にナデシコからユリカ、プロス、ゴートがトビウメへと向かいました。
なぜかそれにベータさんがついていったのが気になりますけど。
(つづく)
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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
機動戦艦ナデシコは(c)XEBECの作品です。