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新世紀エヴァンゲリオン 世にも奇妙な我が人生

新たなる戦い編
第 1話 「ナデシコへようこそ!」
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「いやぁ、お待ちしていましたよぅ。ホウメイさん、碇さん、それにラピスさん。どうです、これがわが社が誇る最新鋭の技術を駆使して作り上げた機動戦艦”NERGAL ND−001”、通称ナデシコ」

 そう言って、僕達を迎えてくれたのはチョビひげのおじさん、確かプロスペクターと名乗っていた人だ。その人に釣られて彼の背後にそびえる白い大きな戦艦を僕達は見た。

「ほう、こいつはすごいねぇ」

 そう言ったのは僕が一人前の料理人になるべく師事を受けているリュウ・ホウメイ師匠。まあ、僕のイメージ的には肝っ玉母さんかな。

「変な形・・・」

 次に言ったのはラピス・ラズリ。いつもはラピスって言ってるけど、ある事情により戸籍上、僕の義理の妹と言う事になっている。髪は薄桃色で肌は陶器のように白く金色の瞳をもつ人形のような美しさをもつ少女。その独特の雰囲気は僕の初恋と言えるほどのものか分からない淡い想いを抱いていた少女を想起させる。

<あまり、合理的な形とは言えんな>

<だが、調べでは性能的には今の軍のどの艦よりも優れている。それに特殊なフィールドにより形にこだわる必要が無いのだろう>

<使えるならいい>

 そう言ったと言ってもそれは僕にしか聞こえていない会話。その会話をしていたのは僕の足元にいる三匹の猫達。というか正確には猫に良くにた生き物だろう。なんてたって体毛はそれぞれ、紫、青、赤とおそらく猫としてはありえない色だと思うし、顔つきも、猫というよりは豹に近く、額辺りには鬣が生えている。それにその鬣に隠れて見えにくいが角がある。紫が1本、青が2本、赤が3本だ。名前は紫がアルファ、青がベータ、赤がガンマだ。なんか記号みたいだし安直的だ思うのだが区別がつきさえすればいいとこだわりが無い。まあ、気にするほどでもないか。

<ラピスちゃんの言う通りの変ですね>

 最後に発現したのはある事情により僕と融合、一つになっちゃって意識のみになっているシキだ。性別は多分女でいい思う。

「・・確かに変だ。アニメに出てきそう」

 そして、僕も感想を言った。

<多分女って、酷いです。あんな事しておいて・・>

<わー、シ、シキ。勝手に人の心を読まないでよ>

<何を言っているんですか。マスターの思考がもれただけです。でも、私とマスターは出会ったときから一心同体。断ち切れない絆があるのです。大体マスターの考えは読めます。私達の間に隠し事なんてそうそうできません。そんな事言ったってごまかされませんよ>

<いや、そのね>

 とほほ、僕にはプライベートと言うものが無いのか。シキは隠し事はできないとか言っているけど僕にはシキの事がわからない。不公平だ。

<それはマスターが内に篭ろうとするからです。それさえ直せば私の事はもう隅から隅までわかりますよ?>

 それはそれで怖いと僕は思った。人というか自我を持つものの心は混沌としていてその在り様は言葉には表すことなどできない。心洗われるようなものもあればドロドロとした気持ちの悪いもの様々なものが複雑に絡み合っているから。

<それより先程のことです。答えてください!>

 思考が深くうずくまろうとしていたのをシキの声によって引き上げられた。うっ、どうしよう。

「さて、皆さんの職場へ案内しましょうか。着いて来てください」

 返答に困っていた所に丁度プロスペクターさんが声を掛けてきた。

「そうですね。お願いします」

 思わぬ助け舟に僕はへばりついた。

<もう、知らない!>

 シキは怒ってへそを曲げてしまった。後でご機嫌をとるのが大変だ。

「そうかい、じゃあ、案内してもらおうかねー。ところで、プロスペクターさん」

「いやいや、言いにくいようでしたらプロスで結構ですよ。で、なんでしょう?」

「いや、私等は準備さえできればもう今日からでも営業できるけど人手のほうはどうなってるんだい?」

「営業していただけるんでしたら助かります。なんせ、ここで食事を取るの所が近場にはありませんので。人手のほうは明日から乗船の予定ですな。まあ、食材とかは全部とは行きませんが今日搬入されていますな」

 何時のまにやらプロスペクターさん、いやプロスさんは取り出した携帯端末で確認しながらホウメイさんの質問に答える。

「そうかい、じゃあその辺はとりあえず状況を見てからにしようか。すまないが搬入された物のリストをおくれ」

「では、後でお渡しします。ささ、皆さん私についてどうぞこちらへ。」

 そういってプロスさんは僕達の先頭に立ち、白い戦艦”ナデシコ”へと向かった。僕も向かおうとしたがラピスが動こうとしていなかったので振り向き、

「じゃあ、行こうか、ラピス」

 そう言って、僕は笑顔でラピスに手を差し伸べた。ラピスはじっと僕の顔を見ると手を伸ばして握り締めた。僕はその様子に破願し、そのまま手をつないでホウメイさん達の後を追った。

<ふむ、やるなシンジ>

<やはり、天然かな?>

<ラピスの心音、急激に上昇・・>

<もう・・マスターったら>

 なんか、アルファ達がなんでそんな会話を始めたのか分からないが彼等が僕達に着いてこようとしていなかったので促すことにした。

「アルファ、ベータ、ガンマ行くよ」

<行くとしようか>

<やれやれ>

<うむ>

 そう言ってアルファ達もついて来だした。僕はどんどん近づいていくナデシコを見上げながら

「ここが、僕の新しい居場所か・・」

 僕は思わず呟いた。その言葉に反応したのかラピスがぎゅっと握り締めてきた。驚いた僕はラピスの方に振り向いた。ラピスが悲しそうな顔をしていた。

「そうだね。僕のじゃなく、僕達のだね・・」

 そう言うとラピスは笑顔を浮かべた。僕はその笑顔に魅了されしばし、呆然としてしまった。その笑顔は僕にとって大切な少女”綾波レイ”の笑顔を彷彿とさせた。僕は目を閉じ心を落ち着かせた。

<マスター・・>

 シキが僕に心配そうに声を掛けてきた。

<大丈夫だよ。今は直に会えないけど感じることはできるからね>

「行こうか。ラピス」

 心を沈めて目を開け、僕は再び笑顔で言って、新たな居場所である機動戦艦ナデシコに向かいだした。僕は今まで自分の居場所と言うものを見出すことはできなかった。小さい頃住んでいた先生の所、ほんの少し前にいたNERV。
 先生の所では良い子にしていなくちゃと自分自身を偽り、NERVではサードチルドレンと呼ばれるある種の道具とも呼べる存在でしか居られなかった。本当の意味で自分というものを出せたのは、サードインパクトと呼ばれる事件があった後にある事情で世間から身を隠さなければならなかったほんの少しの間だけだった。だけどここに、この世界に着てからは僕が僕で居られる。
 そして、僕はこのナデシコがとても大切な場所になるんじゃないかという予感がした。




 プロスさんに案内されてナデシコの格納庫まできた。そこは弾が飛び交うわけじゃないけど戦場だった。そこには整備員の人達が工具を持って右往左往し、喧騒に包まれていた。その様子にとんでもないエネルギーの場を感じた。その中でも最も熱い人がメガホンもって怒鳴り込んでいた。

「おう、手前等、気合入れろ!もう、出航までに日がないんだからな。きばっていけ!」

「「「「オッス!!」」」」

 それに答える整備員の人たち。心なしか先程よりテンポがよくなったような気がする。

「活気があっていいねえ」

「そうですね、こんなの見せられるとおいしい食事でも作って労いたくなりますね」

 ホウメイさんの言葉に僕もうなずき返事を返した。

「そうと決まればこんな所で油を売っている暇は無いね。プロスさん、とっとと私等の職場へ案内してもらおうか」

「いいんですか、案内はこれからだったんですが」

「そんなものは時間ができた時でいいさ。いまはがんばっているこいつ等の為に食事を作るのが最優先さね、コックの私としちゃあね」

「分かりました。では、参りましょう」

 ホウメイさんの言葉に答え、プロスさんは僕達の職場、食堂へ案内し始めた。




 プロスさんに食堂に案内された僕達はこれからしばらくの間お世話になるこの職場を見渡した。

「思ったより広いんですね」

「まあ、やはり食は3大欲の一つでありますから」

「軍じゃこうはいかないねぇ。さて、シンジ、準備し始めるよ」

「はい、ホウメイ師匠」

 僕はこの世界に着てからすぐに出会って面倒見てもらうことになったホウメイさんの手伝いをすることになって料理の道が奥深いことをつくづく思い知った。元々、必要に迫られて始めた料理だけど嫌いというわけでもなかったし、これといって目標を持つわけでもなかったので料理人になるのも悪くないと弟子入りすることにした。それからはホウメイさんの事はホウメイ師匠と呼んでいる。

「シンジは食材を運び込んでおくれ。まだここには運び込まれてないようだからね」

「分かりました。ホウメイ師匠。すいませんプロスさん。食材の搬入リストいただけませんか?それと保管場所を教えてください」

「ああ、そうですね。分かりました碇さん」

「あの、年上の人にそう言われるのはなんかこそばゆいんでシンジでいいです。それにラピスもいますから」

「では、シンジさんにこの端末、コミュニケというのですがお渡しします。」

「はあ、で、これなんですか?」

「よくぞ聞いてくれました。これぞわが社の誇る最先端の携帯情報ツールです。」

 そう言って、プロスさんは僕達にどんなことができるのかどう使うのかを事細かに説明してくれた。でも、これって一応支給品ですよね?値段まで言って売り込まないでください。しかも、ラピスとペアで。

「じゃあ、これを使えば知りたい情報を引き出せるということですね。」

「そうです。それにこれさえあれば誰がどこにいるかもばっちりです。ああ、情報については一応制限がありますよ」

「その辺はわかります。仮にもここ戦艦ですから」

「いやいや、分かって頂けたなら話が早い」

「ところで、居場所も分かるとのことでしたらすいませんがこの子達の分も用意できませんか?勝手にうろついて迷われたら困りますから」

 そう言って僕はアルファ達をさして言った。

「そうですな。その方がよろしいですな。ただ、今のままではこの子達につけれませんからウリバタケさんに言って用意させましょう」

<理由はアレだが、ナイスだ>

<これで、オモイカネとやらに容易に接触できるな>

<楽しみだ>

 アルファ達もコミュニケを貰えると知り喜んでいる。この戦艦に搭載されているSVC2027”オモイカネ”と呼ばれるコンピュータにアクセスできるようになる事が理由のようだ。さすが、データ生命体とでもいえる元使徒たるイロウルだけの事はある。成長すれば自分と同等の処理能力を持てると言ってたから。

<でも、変な事しないでよ?後が大変になるから>

 一応、アルファ達に注意した。前に酷い目にあったから。

「じゃあ、お願いします」

<大丈夫だとも、シンジ。失敗はしないよ>

<でも、前に基地から脱出する時に大変なことになったじゃないですか>

 すかさず、シキが失敗例をあげ突っ込みを入れた。

<あれは、少々さじ加減を間違えただけだ。本来、奴等だけを巻き込むはずだった>

<でも、あれは結局、僕達も全員巻き込まれたんだよ。よく、無事だったよね>

<・・気をつける>

「明日には用意させましょう」

<頼むよ、面倒なのは嫌なんだ>

「ありがとうございます。では、ホウメイ師匠、行ってきます」

「シンジ・・」

 出て行こうとした僕をラピスが引き止めた。見ると何か寂しそうにしている。

「ラピス、僕はこれから仕事をしなくちゃいけない。だから、アルファ達とおとなしく待っていてね」

 そう言って、ラピスの頭をぽんぽんと手をやるとラピスはコクと頷いた。

「ああ、シンジさんなんでしたら、私がラピスさんを引き続きナデシコを案内しましょうか?」

 そんな様子を見かねたのかプロスさんが助け舟を出した。

「ああ、いいですね。ラピス、プロスさんにナデシコの中を案内してもらいな。それで、後で僕やホウメイ師匠に教えてよ」

「・・わかった」

「じゃあ、お願いするね。楽しみにしているよ。アルファ達も一緒にね?」

 アルファ達はその言葉にニャアニャアとあたかも返事したように鳴いた。でも実際は・・

<ちょっと面倒だがな>

<まあ、艦内把握をしておくにこしたことはないか>

<・・散歩・・>

 ・・だった。

「おやおや、この子達は結構頭がいいんですかねえ。ちゃんと返事するとは。」

(いいえ、プロスさん。実際には僕達、人類なんぞより良いと思います)

 僕は心の中でプロスさんの言葉に突っ込んだ。

「じゃあ、プロスさん、お願いしますね」

「ええ、任せてください」

 僕は当初の目的を果たすべく食堂を出た。プロスさんに教わったとおりにコミュニケで食材のある場所を呼び出し、それを見ながら目的の場所を目指した。

「へえ、コミュニケって便利だな。でも、どうやって空中に画面を出してるんだろ。不思議だな」

<そうですね、マスター>

<機嫌直してくれた?シキ>

<いいえ、そのことについては今の状態が改善されましたら追求させてもらいます。傷つけられたプライドは10倍にして返しさないと>

 何気に怖いことをシキは僕に宣言した。

<アスカみたいなことを言わないでよ・・>

 アスカ・・・か、かつての僕の元同居人で一時的には最も身近な他人だった。今、僕がここにいる羽目になった原因を作った女の子でもある。怒らせたらすごく怖い。直ぐに手を出してくるし、それに我儘だし、よく同居なんてできたよな僕。

<でも、コミュニケにしろ、このナデシコにしろ、地球を襲ってくる木星蜥蜴・・の無人兵器にしろ、私達の世界の技術水準を考えますと大違いですね>

<そうだね、セカンドインパクトなんて無かったみたいだし。でも時代が違うよ。約200年弱違うんだから>

<でも、確かイロウルはセカンドインパクトが起きないとして技術水準の向上をシュミレートしてみたけど絶対このナデシコや木星蜥蜴の兵器は作れないって言ってましたよ?>

<そういえば、そういう事言ってたね。世間では木星蜥蜴っていうエイリアンというか正体不明の敵に襲われていることになっているけど無人兵器を調べてみたら、中枢制御ユニットは異質で全然解らない。だけどそれ以外の足回りなどはどうも人間が作っているようだと言っていたな>

<そうですよね。木製蜥蜴ていうエイリアンの敵の兵器がなんで人類と同じプログラム言語を使って制御システムが動いているのかと力説していましたから>

<ということは今起きている戦いは生き残るためのものではなく単なる人同士の戦争って事になるんだよね・・多分>

<事実は隠蔽されているということですね。これは私達の世界での使徒戦役と同じですね。知られては都合の悪いことだからと>

<世界が違っても権力を握っているお偉いさん達のやる事は一緒なのか・・・くだらないな>

<これは推測ですがこの戦い・・戦争が起きた原因にはありえない技術、ブラックテクノロジーが根幹にあるのではないでしょうか?>

<そうだね、それにこのナデシコで使われている技術は、木星蜥蜴の無人兵器に使用されている技術と同じものだって言うし。その辺はEVAと使徒の関係と一緒だね。それにあの戦いだって最後の敵は結局、人間だったんだ・・>

 使徒か・・謎の生命体、セカンドインパクトを起こし、人類の大半が死んだ。その生態活動は不明、唯一に特定の地域を目指し、その目的を果たすとその結果、サードインパクトが起きて人類が滅びるということで使徒を殲滅する以外に人類の生き延びれないと言われていた。
 そして、使徒には厄介な力を持っていた。ATフィールド(Absolute・Terror・Field)と呼ばれる物理的な攻撃に対する絶対防御。”N2兵器”・・この世界で言う所の”核”でさえダメージをほとんど与えることができなかった。だから、人類は”毒には毒をもって制する”という発想で使徒の細胞より人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオンを建造した。まあ、身近な人は皆、EVAって呼んでたけど。それを使って混乱を防ぐために秘密裏に使徒を撃退する組織Nervを創り対抗した。
 でも、それは表向きの理由で本当は全然違っていた。実際は権力者は自分達の都合の悪い事は隠蔽し、余計な邪魔が入らないようにして自分達の望む世界を作り上げるべく計画を立て実行した。その計画は使徒ではなく人類自身がサードインパクトが起こす事で成り立つもので、その結果、人類は絶滅したといっても良いだろう、結果的に。
 確かに僕達がいたサードインパクトが起きた後の世界にも人はいる。でも、最早それは以前の人類とは外見は変わってなくとも、その在り様は別物だから。誰だったかが僕に人類もまた18番目の使徒だと言った。ならば使徒という存在はインパクト起こす存在いや目指す存在だというのか。
 この世界の状況もどこか似たような感じがする。ならこの戦いは行き着くとこまで行ってしまうのだろうか?

 色々、物思いに耽りつつ目的の場所へ移動していた。

<マスター、危ない!>

 シキの注意も空しく僕は何かにぶつかってしまった。

「きゃっ」

「うわっ、ご、ごめん、大丈夫?」

 僕は慌ててぶつかった相手に謝った。そして、相手を見た。

 ・・・しばし、呆然と見つめてしまった。そこには、青みがかった淡い色の髪をツインテールにし、ラピスと同じ金色に光る目、白い肌、そして何よりも無機質な雰囲気が”彼女”を想起させた。

「あ、綾波」

「え?」

 僕は一瞬、目の前の少女に”綾波”を被らせてしまったが、彼女はこんな反応はしない。そう思った瞬間、目に綾波の幻は消えた。そこにはラピスと同じかちょっと上ぐらいのかわいい少女が尻餅をついていた。

「えっ、あっ、いや、ごめん。立てるかい?」

 僕は目の前の少女を引き起こすべく手を差し出した。

「すいません」

 少女は手を差し出したのでそれを握って引き起こした。

「本当に、ごめんね」

「いえ、これから注意していただければ結構です」

 何かすごく大人びた事をいう子だなと僕は思った。ちょっと、無表情な所がまた”綾波”を連想させる。

「あの、どうかしましたか?」

 ちょっと、苛立ちを込めて少女は問いかけてきた。

「あ、ごめん。知り合いと同じような綺麗な髪をしていたから。じっと見つめちゃったみたいだね、ごめん」

 僕の返事に態度を軟化させたのか少女から先程の苛立った雰囲気は無くなった。

「さっきから、謝ってばかりですね」

「そうだね、ごめん」

「ほら、また」

「はは、確かに謝ってばかりだね」

 僕は頭をかいて誤魔化す事にした。そんな様子に少女はクスクスと笑い出した。とっても、魅力的な笑顔だ。こんな笑顔もできるのかと先程の無表情だという印象がぬぐえた。そういえば、綾波も笑えばすごく魅力的だった。

「どうかしましたか?」

 また、僕は固まっていたみたいで急いで返事した。

「いや、とっても綺麗に笑うから見とれてた・・」

 そう言ったら、少女は頬を軽く染めて

「な、何をいうんですか」

 そういって俯いてしまった。僕もとんでもない事を言ったと気がついてカッと顔が熱くなり、僕も俯いた。でも、この子、反応が綾波みたいだ。しばらく、2人とも俯きあっていたみたいだけど何時までもそうしている訳にはいかなかったので顔を上げた。少女もタイミングよくそろって上げたので何かおかしくなって笑ってしまった。少女もつられて笑っていた。

「あははは、いや、僕は碇シンジ、食堂で働くことになっているんだ。君は?」

「私は星野ルリ、ナデシコのメインコンピュータ”オモイカネ”のオペレーターです」

「ええ、オペレーター!?誰かの扶養家族じゃ無くって?」

 驚いた。どう見たって小学生ぐらいの子がこの艦のオペレーター・・にわかには信じられない。でも僕は信じた。今までに自慢じゃないがそんな常識が通用するような世界では過ごしてきてはいない。大体、僕だって無理やりとはいえ14歳で戦わされたのだ命をかけて。それにラピスの事もあったし。

「そうです」

「すごいんだね。僕の妹とほとんど同じぐらいの年なのに」

「妹?」

「あ、うん、君と同じぐらいの妹がいるんだ。ラピス・ラズリっていう名前だけど。この艦に一緒に乗っている。できれば、友達になってあげてくれるかな?ここって同年代の子がいないと思っていたからね。ちょっと、無愛想だけど」

「考えておきます」

 少し考えるような様子を見せて星野ルリって子は返事した。

「ああっ!いけない。食材取りに行かなくっちゃ。今日から食堂開くから食べに来てね」

 そう言って、彼女の返事を待たずに目的地に向け僕は走り出した。

<マスターやりますね>

<え?何?シキ>

 先程の会話に一言も口を挟んでこなかったシキが突然言い出した。

<出会い頭の衝突ですか・・・ラブコメの基本ですね>

<な、なに言ってるんだよ。そんなんじゃないよ。大体、あの子は僕から見てそういう対象にはならないよ>

<本当ですか?でも、確か前に・・>

 僕はシキのからかいを無視して懸命に走り目的地にたどり着いた。が、

「こんなのどうやって、持ってけっていうんだ?」

 目の前にはコンテナ一杯に詰め込まれた様々な食材に愕然とした。

<・・マスターなら可能だと思いますけど?>

<いや、できるからってやっちゃうのは問題だと思うよ?普通、人としての常識考えたら、このまま持っていくことできないって>

 シキは基が人類とは違う存在だったので発想がずれる事がある。特に能力的には人の範疇を超えているので時として人間としての常識を超えた事をやってまずい事を引き起こしたりするのだ。前の所ではそれでえらい目にあった。自分が当たり前にできるからって他人もそうだとは限らないんだから。それに僕はシキほど神経が太くはないんだ。前のように排斥されるようなことになるのはゴメンだ。

<何か失礼なこと考えていません?>

<いいや、少し昔のことが思い出しただけだよ>

 僕はシキの鋭い突っ込みを交わそうとした。知られるとうるさいし。

<本当ですか?>

「本当だよ。とりあえず今日使う分だけ持っていくか。それでも、結構な量になるよな」

 コミュニケでどれくらいの人数分を用意する必要があるかを調べた。結果、必要な材料を考えると結構多くなる。はっきり言って手で持っていくのは無理だ。

<近くに格納庫があるみたいですから、そこに行けば台車みたいなのあるんじゃないですか?>

<そうだね。いい考えだよ>

 シキの提案が現実的に思えたので格納庫に行くことにした。




 格納庫は相変わらず熱気に包まれていた。その中でもメガホンで指示しているおじさんに声をかけた。

「あのー、おじさん、すいません」

「なにー!おれはまだおじさんじゃねー!!まだまだ、若い!」

 声を掛けられたおじさんはメガホン持ったまま僕の方に振り返り怒鳴ってきた。お願いだからメガホンなしで返事してよ。咄嗟に耳をふさいだけどまだ耳が痛い。

「って、なんだ、坊主」

 やっと、メガホンから口を離して問いかけてきた。

「あの、僕、食堂で働くことになる碇シンジっていいます。食材を食堂に運ぼうと思うんですが台車ないですか?」

 少し、クラクラしていたが何とか挨拶と用件を述べる事ができた。

「何?食堂?今日からやるのか?」

「ええ、そうです。それで、台車を・・」

「くーー。と言うことはなにか。もうコンビニ弁当やカップ麺から開放されまとものメシが食えるのか!」

 おじさんは握りこぶしを作って感動していた。でも僕の用件が耳に入っていなさそうだった。最も料理を作る側から見ればこれだけ喜んでもらえるなら悪い気はしない。だからと言ってこのままという訳にはいかない。

「そ、そうです。あのーですから、台車を」

 僕は妙な気迫で僕の両肩を掴んだおじさんに気押されながら目的を言った。

「ああ、そうだったな。ちょっと待て、おい、そこの。・・池田か、ちょっと台車を持ってきてくれ。」

 そういって、おじさんは整備員の一人に台車を持ってくるように言ってくれた。

「もう少しすれば、台車がくる。俺は整備班の班長を務めるウリバタケ・セイヤだ。まあ、よろしくな」

「はあ、よろしくお願いします。ところであそこにで作業されている人達が扱っているの手みたいに見えますけど何ですか?」

「おう、あれか?あれはなエステバリスっていうなロボットだ」

「ロボット?」

「そう、ネルガル重工がそのもてる最新鋭の技術を駆使して作った全長約6mの人型兵器。マルチフレーム方式により基本フレームに様々なオプションをつけることで運用場所を選ばず対応できるっていう、すっばらしいものだ」

 おじさん・・ウリンバタケさんはロボットについて力説し始めた。

「はあ、すごいですね」

<へえ、ディストーションフィールド・・ATフィールドみたいなものまで持っているんですか>

 シキがおじさんに説明されたエステバリスの性能に興味を示した。もちろん僕も。

<でも、ATフィールドほど強力じゃないし、防御のみだろ?>

<そうですね、ATフィールドほど可変性や利便性はありません。でも、データによるとディストーション・フィールドを使っての体当たり攻撃なんかは有効そうですよ>

 僕の身に着けているコミュニケ経由でデータを引き出したのかシキは言った。

「おい、お前も男ならこういうのにあこがれるだろ」

 そう言って、おじさん・・ウリバタケさんは僕の肩に腕を回してニヤリと笑った。

「完成された状態を見ればそういう感慨も沸くかもしれませんが今の状態じゃあまり」

 EVAに乗っていた僕にとってロボットと言われるものにはあまりいい印象がない。

<EVAはロボットじゃなかったですよ。人造人間です>

 シキの突込みがあった。まあ、EVAはロボットのように思われるが実際は人造人間・・使徒と同じ一応、生きた生命体だ。

<シキ、本当に僕の心読んでないよね?>

<前にも言ったようにマスターは分かりやすいですから>

<・・信用しておく>

<ありがとうございます。でも私たちの世界でロボットといえばあのジェット・アローンじゃないですか?>

<ジェット・アローン?・・ああ、あのミサトさんが中に入って原子炉を止めた奴だね>

 あの不恰好な姿を思い出した。それに比べればウリバタケさんのいうエステバリスは本当にアニメに出てきそうなロボットだった。

「この2、3日中には形になるからそうなったら見に来い。その時は特別にコクピットに乗せてやる。まあ、IFSは付けて無いみたいだから操縦は無理だけどな」

「IFSですか?」

「まあ、地球じゃ一般的じゃないからな知らんか。IFSってのはなイメージ・フィードバック・システムの頭文字をとっている。簡単に言うとナノマシンを体内にいれて機械に操縦者の動かしたいイメージを送り込んで操縦するっていうシステムだ。これにより、容易に操縦者の意のままに動かすことができるようになる。火星あたりじゃ当たり前のものだったらしいが・・」

 火星と言う言葉でウリバタケさんも言いよどんだ。火星か、木製蜥蜴に最初に攻撃を受けて今じゃ生存者はいないとまで言われている。最も僕たちの世界では宇宙に出ることさえままならなかったからあまりピンとは来ない。でも、この世界では宇宙って言うのは以外に身近なものになっている。月当たりなら一般の人でも普通に旅行に出かけることができるくらいに。最も今は無理だけど。

「へえ、凄いんですね」

<EVAのシンクロシステムと同じようなものですね>

<そうだね。シンクロ率とかないみたいだから、こちらの方が優秀かな?>

<でも、フィードバックレベルと言うものがあるみたいですよ?イメージの伝達率を表しているみたいです。でも、EVAのように神経接続って訳ではないですから、使用者への感覚のフィードバックは起き難そうですね>

<そうなんだ>

 そういった、会話をしていたら先程の整備員さんが台車を持ってきてくれた。

「班長、持って来ました」

「おう、ご苦労。作業の続きをしてくれや。」

「分かりました」

「というわけで台車だ」

「ありがとうございます」

「おう、じゃ、メシ期待してるぞ」

 僕はウリバタケさんにお礼を言って格納庫をでた。

「もう直ぐしたら食堂でうまいもん食わしてくれるらしいから張り切っていけ」

 背後からウリバタケさんが整備員に発破をかけているのが聞こえた。それに答える整備員の人達の声も。整備員の人達って基本的に体育会系なのかな。

<単純に睡眠不足でハイテンションなだけじゃないですか?>

<・・・そうかも>

身も蓋も無い意見をシキは言った。



 それからは料理の仕込みに、仕上げに、給仕に、と忙しくあっという間だった。途中、ルリと言う少女も来てくれていたが僕は忙しく相手できなかった。その代わりと言ってはなんだけどラピスやアルファ達と一緒に食事をしていた。その様子を見ると仲良くやっていってくれそうで一安心だ。

「よし、これで明日の準備も終わりだよ。シンジ、ご苦労だったね。明日からは人手が増えるって話だから今日よりは楽になるよ」

「そうですか、どんな人たちが来るんでしょう?」

「さあ、その辺はプロスさんに任せたからね。でも、それなりに使える奴等だろうよ」

「でも、みんな喜んで食べてくれましたね」

「ああ、そうだね。シンジの作ったハンバーグ定食もかなり好評だったようじゃないか」

 そうなんだよな。実はホウメイ師匠には一品だけまかされている。それがハンバーグだった。これはアスカに散々文句をいわれ苦労して作り方やら味やらを追及したんだけど。それが実を結んでいたんだよね。初めてホウメイ師匠に食べてもらった時は凄く驚かれた。なんせ、他の料理に比べてこのハンバーグだけは出来がずば抜けて良かったから。これだけはメニューとして出してもいいとお墨付きを貰ったぐらいだ。その点に関してはアスカのわがままに感謝だね。

「ええ、みんな、おいしいと言って食べてくれたのが凄くうれしいです。それを見れば料理やっててよかったと思えますから」

 僕は笑顔で言った。そうなんだ、前の時はそういった素直な感想をあんまり聞けなかったんだよね。一所懸命に作ってなのに。

「そうかい。それは良かったね」

 ホウメイ師匠も笑顔で答えた。ホウメイ師匠には僕が歳の割りに料理が上手かったのか理由を話したことがある。それを踏まえての言葉だった。

「ホウメイ師匠、終わりましたんで上がります」

「ごくろうさん。明日は8時からでいいよ」

「わかりました」

 明日の仕込みを終えて、僕はホウメイ師匠に挨拶をして食堂を出た。

「あれ?僕ってどこに住むことになるんだ?」

 今更ながらに気付いた。

<マスター、お部屋でしたらコミュニケ使えば良いんじゃないですか?>

「そ、そうだよ。こんな時こそコミュニケだ」




 なんだかんだと僕の部屋にたどり着いた。一応、僕の部屋は相部屋で兄妹と言うことでラピスも一緒だ。もちろんアルファ達もだ。一応、部屋のネームプレートを確認する。確かに僕の名前だ。

「今日からここが僕の住む場所か・・」

 僕は感慨深くつぶやいた。それから、部屋に入るべくドアを開いた。

「ただいま」

<ただいま>

<<<おかえり>>>

 僕は返事を返してもらえるとは思っても見なかったのでしばし、呆然とした。前に住んでたミサトさん宅でもそういった返事はそうなかったから。たまにペンペンていうミサトさんが飼っていたペットが返事してくれたけど。

<どうした?シンジ?>

<そんな所に突っ立っていないで入ったほうが良いぞ?>

<・・お前の荷物はラピスがもう運んである>

「ああ、そうだよね」

<入りましょう。マスター>

 僕は、部屋に入った。そこで目に入ったのは布団にラピスとルリちゃんが一緒に寝ていた。その2人のかわいいあどけない寝顔に自然と僕は笑顔を浮かべていた。正に天使の寝顔ってやつだ。

<マスター、女の子の寝顔を見つめるのはあまりよくありませんよ>

「えーと、そうだね。でもどうしてルリちゃんがここで寝ているの?」

<ああ、ラピスとルリは今日あったばかりだが、互いに思う所があったようでな、気が合ったのか出会ってからはずうっと一緒に行動していたのだ>

「そういえば、食事も一緒にしていたね」

<そうだ、カニ玉が美味かった>

<別に私は食事を取る必要など無いが、食事と言う行為は結構気に入っている>

「そ、そう」

<まあ、それでこの部屋に遊びに来ることになってな、その後は2人とも疲れていたのでそのまま寝ることになったのさ>

「そうなんだ。でも、2人がどういうことして遊んでいたのか想像つかないな」

<主にコンピュータについてだったな。2人ともオペレーティングを最適に行えるよう調整されていたわけだし、聞いているだけだったがなかなか楽しかったぞ>

「調整・・あまり好きじゃないな、その表現。なんだか部品みたいだから」

<そうかね?まあ、シンジもNERVでは部品みたいなもんだったからな。だが、この艦においては事実、部品と言ってもいいぐらいだ。このナデシコをフルスペックで運用しようと思うならな。切り離すことはできない。>

<ナデシコを運用するに当たりその制御をオモイカネが行っているわけだがそのオモイカネが扱う情報量はとんでもなく多い。いかに情報制御用のIFSを付けようともそのデータ量を滞りなく処理できるのは彼女達だけだ。彼女を使わずに行う場合は10人は用意しなけりゃならないんじゃないかな、今の仕様ならね。最もそれでも完全な制御は難しいと思うがね>

<現場を考えるならルリやラピスが行うのが効率が良い、コストが安い。なにより一人で行うから意図のずれが無い>

 皮肉屋のイロウル・αに理屈屋のイロウル・β、頑固屋のイロウル・γがそれぞれ述べた。

<ああ、そのルリとラピスの会話で面白いことがわかったぞ>

「え、何がわかったの?」

<何と、この世界にも”MAGI”が存在する>

「う、うそー」

<へえー>

 僕はこの世界にもあのコンピュータ”MAGI”がある事に驚いた。

「じゃ、じゃあ、この世界にもNERVがあるの?」

<いや、それは無いな。でも、その前身であったゲヒルンが存在している。ラピスはそこで生まれ”MAGI”の専属オペレータとして教育を受けていたらしい>

「そうなんだ。まって、ゲヒルンが存在するって言ったよね。じゃあ、その上位組織のゼーレも存在するんじゃ」

 僕は思いついた事を口にした。

<シンジ、正解だ。この世界にもゼーレは存在する。ただし、私達の世界ほど力を持っていないようだがね>

「じゃあ、この世界に使徒もいるの?」

<それはわからない。少なくとも私が調べた限りでは”アダム”や”リリス”は確認できなかった。”EVA”が建造された様子も無い>

「そうなんだ」

<今更、使徒がいたとしてもナデシコがある以上、一部を除けばそれ程脅威とはいえないしな>

「それって」

<そう、ナデシコのグラビティブラストがあれば対抗できるのさ。それにナデシコなら海だろうが宇宙だろうが戦場を選ばないしな。運用を間違えなければ問題ないレベルだ>

「ATフィールドも確かに無敵じゃないものね」

<最も、グラビティブラストといえどもEVAや第14から17使徒、それに階梯を上った我々には通用しないがね>

「それってどういうこと?」

<ATフィールドは心の壁。より明確な意思を表現できる存在が操るATフィールドは意志なき力では貫けない。それができるのは同じ意思を込められたATフィールドのみ>

<そういう意味ではこの世界で我等に物理的に傷を負わせることができるものなどはいない。最も今の所分かっている情報からという注釈がつくがね>

<そういえば、話は変わるがあのプロスペクターという男、私達の所にスカウトに来てからネルガルに私達について調査指示を出していたみたいだ。>

「そうなの?」

 とりあえず、会話しながら僕は作業着から部屋着に変えてなぜか部屋においてあるちゃぶ台の前に座った。どうも、話が長くなりそうで。

<いい加減。声出すの止めたらどうだ?端から見ていると独り言にしては異常と認識されるぞ>

「別に良いじゃないか、今は二人共寝てるんだし。それに一応、人の居るところではやっているよ。まだ、慣れていないんだ」

<まあ、いいか。で、その調査結果がでたみたいでな>

<茶だ>

 イロウル・γが猫モドキ姿なのにどうやって入れたのか熱いお茶が入った湯飲みを僕の前に器用に両前足で置いた。ご丁寧にお茶請けまで。

「あっ、ありがとう。ガンマ。」

<別にいい>

「へぇ、でも僕達の事は元々情報なんてないから分からないんじゃないの?」

<基本的なデータ・・戸籍とかは用意してあるが所詮データだ。念入りに調べられれば、私達には穴がありすぎるからな。履歴等を用意していても実際に現地で調べられたりすれば、物的な痕跡がなく怪しまれてしまう>

「じゃあ、危ないの?」

<今の所は様子見だろう。それに、乗せるほうがデメリットよりメリットがあると考えたようだ>

「僕達を乗せて何かメリットがあるの?」

<ある。一番大きな理由はラピスだ。我輩らと違ってラピスだけは過去より存在するからな。全てとは言えないがある程度の情報を得ることができたようだ。それで、ラピスはルリと同じ能力を持っている貴重な人材と判断されたようだな。ルリ一人に頼りきるには負担が大きい、これ幸いと言った所のようだ。第2にナデシコに乗せておけばこちらの行動の制約もできるし監視もし易いといった所か。我輩なんかはあくまで遺伝子操作による研究上の産物で基本的には猫のようなものと考えているようだ>

「まあ、イロウルがどういう存在か分かったらそれはそれで凄い事になるとは思うけど」

<で、一番警戒されているのがシンジだな。>

 なぜか、うれしそうに話すイロウル・α。

「えっ?僕?」

 意外だった。

<そうだ、プロスペクターがスカウトに来た時に、ジーンバンクへアクセスする為にデータ取られただろ?>

「ああ、あれちょっと痛かったよな。」

 あの時の事を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。プロスさん、舌を出してっていって何気に出したらイタイって感覚を感じて涙目になった。何かされたのかとプロスさんを見たらいつの間にか取り出していた端末で採取した遺伝子から情報を得ようとしていた。よくよく考えると凄いな、あの動作でナイフなんかを振るわれていたら何が起きたか分からないうちに殺されていた。プロスさんて何者だろう?

<その結果と、シンジが”碇”いう性を名乗ったのが引っかかったようだ>

「どういうこと?」

<どうも、”碇”という性はこの世界では特別な意味があるようだ。それに遺伝子からも判別できる因子があるようだ。プロスペクターはジーンバンクに該当しなかったもののお前が本当に”碇”だと確認して驚愕していたからな>

「そんな様子には見えなかったよ」

<表ではそう見えても、体内ではそうじゃなかったのさ>

<そばにいるならば我に対し人間は嘘などを隠し通すことはできん>

「遺伝子からって言うと”碇の血”が関係するの?」

 出されたお茶を啜りつつ思ったことを言った。

<多分そうだろう。気になっったので色々調査したが、中々面白いことが分った。”碇”の家系については既に絶えているようだ。直系も傍系もな。丁度、100年ぐらい前の月の独立運動の時当たりにだな。例外はあるがね>

「月の独立運動?そんなのあったの?」

 そういえば、この世界って火星まで進出してるんだよな。下手したら木星までだけど。だから当然、月にも幾つかの都市がある。よくSF小説なんかの題材にもなったけどさ。たしか古い小説で”月は無慈悲な女王”っていうのがあったような。

<あったのさ。シンジ、どうでもいいが今後の為にも少しこの世界について学ぶべきだぞ>

<知識は活かしてこそだ。シンジのように眠らせておくだけでは無駄なだけだ>

<”碇”は天才を多く輩出する家系だからな。それも多方面で>

「でも、必ずしも天才ってわけじゃない」

 そう、僕にはアスカのように誇れるようなものは何も持っていない。

<暗に自分は違うと言っているのか?少なくともEVAに関することでは君は天賦の才を持っていたと思うが?>

「それは違うEVAについては母さんがいたからだ」

<それだけではあの戦いの中、生き残ることはできない。それほどあれは過酷だったのだ。まあ、私が言う事ではないか>

<そうですよ、マスター。私との相性は最高です。マスターでなければ私は持てる力を全て発揮することはできなかったでしょう>

<我輩が思うにシンジは自分のことを過小評価しすぎるきらいがあるな。もう少し、自分を知るべきだな>

<特に今のシンジはだ。>

<確かに今の君は不本意だったとしても普通ではありえないからね。いつまでも目を逸らしてばかりはいられない>

<じっくり、自分というものを見つめ直したほうがいいぞ。何が今の自分にできるかを>

「・・わかったよ」

<だめですよ、マスター。イロウルはマスターの事を心配して言ってくれているんですから。私だってそうです。それとも信じていただけませんか私達が人間ではないから・・>

「ごめん。そんなわけないよ。あ、ありがとう。シキ、イロウル・・」

 そう、今の僕にはNERVにいた時と違ってとても頼りがいのあるヒトがいるんだった。

<おっと、横道にそれたな>

 湿った空気になりそうな場の雰囲気を振り払うべくイロウルが言った。

<とにかく、”碇”にはそういう天才肌のものが多かった。それで学者たちは遺伝子に特別な因子があるのではないかとね>

「ジーンバンクで分かると言うことは特定できたんだね、その因子を」

<そのとおり。だから、判別できる。だからプロスは警戒した。絶えたはずの”碇”の性を名乗るものを>

「なんで、それだけで警戒するのか訳がわからない。」

<そうですね>

<月独立運動が起きた時、”碇”が月の開発事業に一番力を注いでたからさ。で、それを面白く想わない連中がいた。どうも、その中にネルガルもいたみたいだね。で、独立運動を利用して叩き潰したのさ”碇”をね>

「つまり、僕が復讐の為に現れたと?」

<まあ、時が経っているからな、どこまで警戒しているかは疑問だが。といっても、やった側よりもやられた側は良く覚えているものさ。歴史を紐解けばそれが原因で戦争が幾度も起きているしな。その事をプロスペクターは心得ている。それで何が目的なのかを見極めるためにも手元に置いたほうがいいということだろう。他にも理由がありそうだが>

「なるほど」

<そうそう”碇”にあった天才を生み出す因子。それを使って人工的に生み出せないかと最近まで研究されていたようだ。>

「へえ、そうなんだ」

 飲み終えた湯飲みを見つめながら僕は言った。

<まあ、それも法律で禁止されてからは中止になったがな。表向きは>

「じゃあ、今でも続けられているの?」

<そうだろうな>

「今まで成功してないんだろ?よくやるよな」

<成果はあまり上がらなかったようだが、一応、成功例があるぞ。>

「えっ?」

<そこに寝ている二人、星野ルリとラピス・ラズリだ。他にも幾人かいるようだがそう数はいないな>

「うそ!それ、本当なの?」

<嘘を言ってどうする?本当だ。因子をもつと言うことは”碇”でもある。となればお前にとっては身内ということだ。良かったな、妹が増えて>

<へえ、ラピスちゃんが知ったら喜びますね。天涯孤独だと思っているでしょうから>

「いや、突然そんなこといわれても」

 僕は思わぬ事実についていけず困惑した。

<何、難しく考える必要はないさ。気楽にいけ>

「でも、それって本当?」

<本当だとも。因子は彼女たちの中で安定しているよ>

「そうか、なんだか嬉しいよ」

<多分、明日当たりにプロスペクターはシンジにラピスのオペレーターの件を言ってくるはずだ。どうする?>

「その辺はラピスの意思に任せるよ。でも、よからぬ事を考えているなら全力で護るよ。例え世界を敵に回そうとも」

<シンジ・・>

<マスター・・>

「もう、嫌だからね、大切なもの失くすのは。それが分かった代償は大きすぎたよ。だから、自分の持てるものすべてを使って護るよ。それが僕のいた世界で学んだことだから・・」

 そう、僕は自分を思ってくれたかけがいのない人達を僕の不甲斐なさゆえに失ってしまったから。

<じゃあ、そう思うなら先程の言葉、実行してくれよ>

<私も力及ばずながらお貸しいたします>

「ありがとう」

 僕は素直にお礼を言うことができた。僕は一人じゃないことを実感していた。

「もう遅いから寝よう」

<ああ、お休みシンジ>

<お休みなさい、マスター>

 寝る準備をして布団にもぐりこんだ。

・・・ミサトさん、僕はあなたからの言葉・・遺言でもある「確り生きてそれから死になさい」のとおり、生きています。いや、生きて行こうとしています。僕はあの時の壊れたまま、何か抜け落ちているままですけど。世界の終わりともいえるような体験をして何の因果か別世界へ来てもあなたの言葉が支えになっている。それに、今の僕には守りたいと思えるものができましたから。だから感謝します。

 少しづつ、眠気が大きくなり意識が薄れていく中、

−−それでいいのよ、しんちゃん。−−

 そう、ささやくミサトさんの声が聞こえた気がした。



(つづく)

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おまけというか補足?

 シンジが眠りに入った後のこと。

<ねえ、イロウル>

<なにかね?シキ>

<マスターに話していないこと未だあるでしょ?>

<おや、よく分かったね>

<何を隠しているの?>

<隠すという程ではないのだが話していいか判断に迷うものがあってね。私がいくら人間とコミュニケーションができるからといって依然として感情など全てを理解しているわけではないからね>

<どういうもの?>

<実はね、ジーンバンクを調べていた時なんだが、シンジの両親の遺伝子情報を見つけた>

<マスターの両親っていうと碇ユイに碇ゲンドウ?>

<まあ、父親のほうは六分儀ゲンドウだがね>

<それで?マスターの両親の情報があるってことはマスターの情報も?でもそれは変よね。情報は無いとか言ってたし>

<まあ、シンジについてはわかっている範囲での過去から現在までこの世界には存在しない。だがね、両親については違う。碇ユイについては所謂、史実どおりの生まれなんだが、六分儀ゲンドウの方はね、今現在において存在しているんだよ>

<え?>

<つまりだな、我々が居た世界の時代とこの世界でのその時の時代でNervにいた主要人物達はその時に存在していたとデータで確認できたんだよ、日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤ、赤木リツコ、冬月コウゾウとかね。でも六分儀ゲンドウだけはその時の時代に存在せず今この時に存在しているんだよ、なぜか>

<どういうこと?>

<どういうことなんだろうね?今の所、分からないね。この世界が我々が居た世界とはセカンドインパクトを起点とした分岐世界らしいことは過去の歴史等から見てほぼ間違いないんだがこの六分儀ゲンドウの存在がイレギュラーなんだよ>

<謎というわけですか?>

<とりあえず今の所はね。それにこの世界の六分儀ゲンドウとシンジは関わりが無いわけだし別に話さなくていいだろうとね?大体、シンジは父親とはギクシャクしてたしね>

<そういうことですか>

<そういうこと。話はこれで終わり>

<わかりました。ではお休みなさい>

<お休み・・>

(まあ、他にもあるけど知らないほうが幸せということもあるからな。例えば使徒は過去には存在していてゼーレがセカンドインパクトを起こそうとしたが失敗したとか、この世界での碇ユイがどうなったかとかは。係わってこない限りは今はこれで・・)

イロウルも眠りという行為を楽しむことにして、欠伸をして目を閉じた。

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注)新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。
  機動戦艦ナデシコは(c)XEBECの作品です。






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