こもれび:うめ

人は自分にはないものを求めて人を好きになるという。お互いに欠いた部分を補完するように。もっとも、それだけが理由じゃないと思うけれど。
ただそうすると羨ましさと、憧れと、恋焦がれる気持ちは、どこがどう違うんだろうって。ないものねだりと恋心は、何が違うんだろう。

シキザクラでは、朝ご飯は各自で摂ることになっているらしい。お昼ご飯もまたそうだ。夕ご飯だけみんなで揃って食べる。
それと、共有スペースの隣のこの寮に唯一あるキッチンは夕ご飯の前を除いて自由に使ってもいいとのことだ(ただし食材は自前で用意する必要がある)。
と、いうことが入寮前に貰ったパンフレットに書いてあった。
もっとも、今の持ち合わせに朝ごはんを作るような食材はなく、こんな時間からわざわざ作ってまで朝食を摂る気にはなれなかった。
何か軽いものでも近くで買って来よう。そう思って財布を取りに部屋へと戻る。
二階へ行くと宮地さんの部屋の前がごたごたとしていた。ちょうど宮地さんが部屋から出てきたところだったので朝食を買いに行く旨を告げておく。近くのスーパーに行くくらいなので大して時間がかかるわけでもないけども。

財布を手に取り寮を出る。寮の前には幾らか車の駐車スペースと駐輪場がある。
昨日ここへお母さんと来た時に持ってきた自転車を駐輪場から出す。スーパーの場所自体は来るときにそばを通ったので分かっていた。
軽くとばして数分。品揃えは悪くない。恐らく真さんもここで買い物しているのだろう。

朝食用に軽食程度と昼食用の買い物をして寮へと戻る。外に引っ越し業者の車はなく既に荷物は運び終えたようだった。
荷物を運び終えたら私の部屋に来るという話だったから、もう部屋にいるんだろうか。そう思いながら二階へと上がる。
宮地さんの部屋は明かりもなく閉まっていた。一方私の部屋には明かりがある。来ると言っていたのは承知しているのだけど。
開け放たれたドアから見える部屋は相変わらず殺風景、いくらかの段ボールと本棚と丸い机が見えるくらい。とはいっても本棚の中は空っぽだけど。
部屋に入ると丸い机のそばのクッションに一人座ってケータイを触っている宮地さんがいた。
「宮地さん、先に来てたんだ」
呼ばれ、顔を上げて、
「あっ、お帰り。終わっても帰って来なかったから、先に入らせてもらってるよ」
「あ、うん……」
屈託なく言う彼女にやや押される。別に見られて困るものもないからいいんだけど。
「あっ、あと私のことは望って呼んでくれていいからね!」
相変わらず元気がいいみたい。一方私は起きて自転車で駆けはしても基本朝は弱いのでまだ眠い。
宮地、いや望ちゃんの向かいに座って買ってきたおにぎりを取り出す。シャケとツナマヨ。
ツナマヨはおにぎりを買いに行くと大抵買う私のお気に入りだった。
「あっ、ツナマヨ! 私もツナマヨ好きなんだよね!」
望ちゃんは向かいでニコニコしながら言う。
「そうなんだ。私も好きだよ」
私も好きだよ。
その台詞がリフレインする。好きだった。あの時までは。今になってまた何度も思い出すなんて。最近どうしたんだろうか。
「美波ちゃん? どうかした?」
小首を傾げて私をのぞき込んでくる。それがまるで小動物のようで可愛いかった。
「なんでもないよ。それより、ツナマヨだったら何処のコンビニのが美味しいと思う?」
「うん? そうだなぁ……」
そんな他愛ない話をして。ふと思い出したことなんていつの間にか消えてしまう。
きっとそんなもんだよ。あの時の想い出なんて。そんな風に自分に言い聞かせる。
新しく始まった生活に軸をおいて。あの時のことなんてそっと忘れてしまえばいいって。
そう思うのは忘れていないからだろうなんてことには目を伏せる。
今があればそれでいいから。
でも、そういえば、あの人もツナマヨが好きだったなぁ、なんて。そんなどうでもいいことばかり思い出す。

高校二年生の、梅が咲く春先。
彼が私に告白してきたのは、まだ桜の咲きよらぬそんな時期だった。誰かと付き合ってみるのも悪くはないかな、なんて。相手のことはある程度好感を持っていたこともあって、私はそんな軽い気持ちで彼の恋心に応えた。
それが彼にとって本望だったのかどうかは分からない。ただ付き合って幾度かデートを繰り返し、彼と何度も話すうちに、私も彼に惹かれていった。
まだみんな自分のやりたいことも見定まらない中で、彼はグループを組んで音楽のプロデビューを目指していた。それが果たして現実的なことなのか──彼の音楽がこれから先通用するものなのか、それは私にはよく分からなかった。ただ、彼が目標を持ってそれに一心に取り組んでいる姿は、将来というものにあやふやなものを抱えていた私にとってひどく眩しく見えていたのだ。
ただ、今だって将来どうしたいのかなんてよく分かっていないけれど、それでも何となく朧気な感覚だけはある。今なら彼の目指すことが夢のあることだとしても将来性のあることだとは思えない。でも、あの時それはとても輝いていたし、今でも彼が私の初めてだということを後悔してはいなかった。
ただ、あの時の想い出はひどく私を縛り付けていて。ふとしたときに思い出してしまう。
私がツナマヨを好きになったのは……、彼が好きだったから。忘れていたつもりになっていても、どうでもいいことだと思っていても、まだ自然と、ツナマヨを選んでいる自分がここにいて。

もみじ : うめ : ?

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