第一話(S) 引越しの日

-数年前の秋も終わる頃の話-
「机早く運んじゃって〜」
「あ〜そこ邪魔!邪魔!」
今日はいつもに比べてはるかに忙しい。
それはこれから新しいところへ引っ越すからだ。
「皐月、そろそろ行くわよ!」
皐月、岸原皐月とは私のことだ。
十五歳で高校一年生、転勤族と呼ばれる引越しが多い家族だ。
前は百江高校にいたけれど、今度の高校にはどんな人がいるのだろうか気になる。
「は〜い」
ドタドタドタ。
転勤族だけあってアパート暮らしだった。
次の家もアパートか、一軒家に憧れるも夢のまた夢。
一軒家に住めたらなぁ。
そう思いながら階段を駆け下りる。
バタン。
ブロロロロロロロ……
今まで住んでいたところを名残惜しみながらも、私たちはその家を後にした。
「それにしてもさっきまでいたところにだって、三ヶ月前の九月に引っ越してきたばかりじゃない」
「パパが転勤が多いんだもの、しかたないでしょ」
「そんなこと言われてもなぁ。一軒家が恋しいよ」
「実はね、次に住むところは一軒家なの」
「え、買ったの?」
「そんなことはしないわよ、借りただけ」
「やっぱり……」
「やっぱりってしょうがないでしょ」
「そりゃそうだけどさぁ」
「あと、次行く事になる高校は富緒柚(としょゆ)高校ってところね」
「なんか変な名前……」
「そんなことお母さんに言わないでよ」
「学校まで結構近いの?」
「近いんだけど、ただ……」
「ただって何よ?」
「手前に急な坂があるのよ」
「ぇ……」
急な坂……一体どれぐらいの距離なんだろうか。
「そういえば、同い年ぐらいの人が隣に住んでいるらしいわよ」
「ふ〜ん……」
「引越しの挨拶の時によろしく言っておいたらどう?」
「え、私も一緒に?」
面倒だと思い、断ろうとしていた。
でもそういう私とは裏腹にお母さんはどんどん話を進めていく。
「決まってるじゃない、お隣さんなんだから」
「ん〜」
「明日にでも挨拶に行くわよ」
「あ……」
「お、もうすぐ次に住むところにつく頃だ」
「結構落ち着いたところね」
明日?と聞こうとしていたのだが、お父さんの一声で見事に流されてしまった。
「それにしても良かったじゃない一軒家で」
それは確かに、一軒家だけど……これでよかったのだろうか。
そうして私は明日、お母さんと一緒に引越しの挨拶へと出向く事となってしまったのだった。
そういえば、隣の人って男?女?

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