育種とは



 育種(breeding)というのは、品種改良ともいいますが、「生物を、人間にとって都合が良いように遺伝的に改変すること」と定義されている農業技術の一つです。遺伝的な改変ときくと、作物への除草剤耐性遺伝子などの導入が頭に浮かぶかもしれません。しかし、改良法の一つとしての遺伝子導入はここ10年の新しい技術で、それよりずっと以前から人類は交配や選抜という生物の遺伝的改変を行ってきました。

 従来法による育種は、私たちが無意識の内に[知っている]遺伝現象に根ざした技術です。例えば私たちは、犬から犬が生まれること、更にチワワという犬種からはチワワが生まれることを当たり前のように期待します。チワワから生まれた子の容姿が犬種の特徴と大きく異なっていれば、その子犬は別の犬種との雑種だったのだ、と判断するでしょう。よい成績を残した競争馬は次世代用の親馬として高額で取引されるそうです。速く走る馬の子は速く走るという遺伝現象を、私たちは当たり前のように[知っている]から付加価値が生まれるのです。また、人間の場合でも、親子や血縁関係者の容姿や性質は似るはずだと思っていますから、「他人の空似」とか「鳶(とび)が鷹(たか)を産む」という言い回しが成り立つのです。遺伝や進化ということが研究されるようになるずっと以前から、私たち人類はこの親から子への性質(形質)の継承を[知って]いました。そして実際に、野生の生物種の中から自分たちに都合がよいものを選び、保護し、近交交配(または自殖交配)を進めることで栽培植物や家畜への品種改良、つまり原始的な育種を行ってきました。遺伝学の研究が始まるずっと前から、育種は、安定な食料供給を可能にするための知恵として、人類の繁栄と文明の発展に大いに寄与してきました。

 現代では、生物の持つ遺伝の仕組みをより意識的に利用した遺伝的改変が行われています。そのための基礎学問が育種学です。

 遺伝によって子孫に伝わる情報は遺伝子という単位で考えることができます。そしてその実体はDNA(デオキシリボ核酸)という生体高分子であることが分かっています。遺伝子の情報は生物の形質を決める設計図そのものなのだという認識が得られたことで、子は親に似るという現象にも科学的に明解な説明を与えられるようになりました。例えば、目が黒くなるという形質は目を黒くする遺伝子によってもたらされ、目が黒い親から目を黒くする遺伝子が伝わることによって子の目も黒くなる、という説明です。遺伝子の総体をゲノムという言葉で表しますが、ここ最近のゲノム研究は飛躍的な発展をしました。ゲノム研究から得られた様々な情報や科学技術を援用することで、交配や選抜という従来法による育種は、より効率的で計画的な手法として再利用することができるようになりました。

もどる