誰も居なくなり、ようやくゴミ溜から這いだした若者は、全身に付いたゴミを払い落とす。 「あのアマ、人が腹が減って動けない事をいいことに。」 立ち上がったが髪飾りのようにミカンの皮が銀髪の上に乗っている。 「さてと。」 伸び上がって路地の左右を見回す。 つい先程捕まえた猫の姿も無く、女性の姿はない。 「仕方ない、ギルドにでも行ってみるか。」 思い足取りで若者は通りを歩きはじめた。 町の東側、街道と一部交わる大通り。街の者と交易者がごったがえし、軒並みに並んだ さまざまな屋台。 そんな武器屋や土産物屋に並んで一軒の冒険者ギルドがある。 二階の庇から張り出した横木の先につり下げられた看板。長年、風雨に晒され、墨文字 が浮き出た看板には老舗特有の味がある。 きぃーっ。 軽い音を立てて、ギルドの扉が開く。 中は飾り気が無く、片づいているというより何か歯の抜けたような、酷く物足りない感 じの空間が目の前に広がっている。 おまけに人気もない。前にはカウンターが一つ。 床一面に薄く埃が積もった床を歩き、黴臭い臭いが立ち込めているカンウター越しに中 を覗く。 カンウターにもうっすらと埃が積もり、数えるほどの人の手形が残っている。 右の石壁には、おびただしい張り紙の痕。 若者はカウンターの片隅に置かれた、緑色の粉が吹いた青銅の呼び鈴を手に持ち、細か く揺さぶる。 ぢりぢりぢりと濁った音がした。 コトン。 小さく、カンウターの奥のほうで音がし、続いて覗き窓が開く。 その向こうには真っ白な髪の女が若者の方を見ている。 若者は愛想笑いを浮かべて言った。 「あの、仕事を貰いにきたんだけど。」 が、老婆は返事もせず、カションとそのまま覗き窓を閉じた。 ムッとした表情で覗き窓を蹴ろうと足を上げようとしたが、ダカダカと音がして戸が開 こうとしている。 しかし途中で何かに引っ掛かっている様で開かない。 一人が出入りできそうなだけの隙間が開くと、その隙間から無理強いして先程の老婆が 出てくる。 若者は片腕をカンウターに置き、身を乗り出す。 「ばあちゃん、ここの人かい。」 ひいき 「はい、ここんところ、仕事がなくてね、ご贔屓さんも離れてしまい、この様ですよ。」 右の壁を指差す。見てもどこのギルドでも貼っているような依頼書の類は全然無い。 「なんでもね、王様が大変出来たお方で、お城のお役人が護衛や、事件なんかを全部片 づけてくださるのでね、私達庶民にとってはいいことなんですけど、ギルドの様な仕事は ぜんぜんですよ、はい。 うちのお店も、お祖父さんが始めたんですがね、ここ数年、仕事がなくて困っているん ですよ。」 若者は袖裏に付いた埃を払っている。 「そうかこの分だと、人夫の仕事も無さそうだな。・・・邪魔したな。」 そう言うと、若者はギルドを後にした。 ギルドから外にでて後、急に行き場を失った若者は暫くその場で立ちすくんだ。 ぞくぞくとこの街にやってくる人や馬車。 反面、この街から出てゆく人はだれ一人も居ない。 それもその筈、この街から次の街まで少なくても半日は掛かる。今から出発した所で向 こうに着いても明け方近く。 それをわざわざ危険な野宿をしてまで行くような者はまず居ない。 若者もぞくぞくと押しかける人波に押され、同じ方に歩きはじめた。 腹を抑えながら町中を宛もなく歩く若者。 「腹へったなぁ。・・・・・でも道の雑草はもう懲りたしなぁ。 ・・・あの猫、太って美味そうだったのに・・・・。」 晩御飯の代わりにしようとした猫も、変な女に邪魔され、逃がす上に生きたまま塵溜の 中に埋葬された。 背中に背負った最小限の荷物でさえも異様に重く感じる。 通りを行き交う街の人は若者の事など眼中にはない。 市場でしぶとく品物を値切る男。 木の枝を持って走り回る子供。 あふれる程の食べ物をカゴにいれ、売り歩く女性。 道端で昔話を強引に聞かせている老人。 わざと焼き魚の焼ける匂いをこちらに漂わせる料理屋の窓。 その匂いを鼻もとを通り過ぎるだけで若者の腹の虫が痛いほど鳴く。 試しにいくつか店先で仕事が無いか聞いてみても、その答えは全て一緒だった。 元々単身での仕事の依頼は少なく、それに追い打ちをかけるがのように殆どの仕事は若 者の窶れた体格と乞食の様な容姿を指摘する。 「このままじゃ行き倒れだよ・・・」 通りの端の方、市が途切れる城壁近くに放置された壊れた桶に腰を下ろし、恨めしそう に、罪も関係もない街行く人々を睨む。 城壁に降り注ぐ光が赤みをおび、建物の影が濃く、長く延びる。 若者が野宿する場所を探すため、腰を上げた時にその視線がとある人物に止まった。 城の正門近くに設置された掲示板。そこに一人の青い縦長帽子を被った中肉中背の役人 が何かを張り出している。 何人かの人が張り出された紙に書かれた内容で雑談を始める。 若者が人込みを押し退け、遠目に張り出した内容を見ると、『求む、冒険者』と大きく 見出しが書かれてある。 縋る思いで掲示板に向かう。 「お、おおっ。これは」 役人はそのまま次の掲示板に向かって行った。 若者はさらに近づいて見ると、その紙の見出しの下にはこう記されていた。 本日より受付を行います。詳しいことは受付まで。 場所:城内左側、特設会場 若者は空かさずその依頼書を破り取り、折り畳むのももどかしげに知りもしない城へと 走ってゆく。 遅れてやって来た街の人達は、依頼書を掴んで走ってゆく若者の姿を見て、口々に噂する。 「ほー、やっぱり大掛かりになるのか・・・・・」 「あの塔は昔から変な連中が住み着いていたからなぁ」 「また一人、冒険者がアミに掛かったようですな」 「あの王様も、コレさえ無ければよいのだが」 そんな噂も若者の耳には到底届かなかった。 若者は磯の上に掛けられたはね上げ橋を渡り、そのまま城の中に走ってゆく。 城門をくぐると先ずうず高く積み上げられた干し草が目に入った。 あちらこちらに水溜まりがある地面には馬糞もあちらこちらに落ちている。 こじんまりとした庭にはさらに狭くなるほどの薪や荷物も置かれてある。 通常、城の庭と言えば色とりどりの花が咲き乱れれ、一定の高さに剪定された 庭木が迷路の様に続いているのが想像されるが、実際の田舎城はこのような所である。 若者はその場で左右を見渡し、受付らしき物を探した。 馬餌を世話する者。 持ち込んだ荷物を整理する者。 それらを監視する者。 そんな馬糞を集める集積場の近くに、役人風情の人間が小さなテーブルと木の箱の脇に 並んで立っている。 走り寄る若者を見つける。 「ん、お前だけか?」 ぐるりと城の中を見回す役人。 人夫以外の人間と言えば衛兵ぐらいしかいない。 若者と入ってきた入口の方に目をやる。 「そうみたいだな」 「まあいい、とにかく始めよう」 役人はテーブルの上に用紙や朱肉を並べ、準備が整うと改めて若者の方を向く。 「それでは名前と職業、それにクラスも」 ペンを片手に持ち、言う。しかし若者の視線は横を向いたまま。 その視線は真横の馬糞を置いておく糞溜を見ている。 「確かに狭くて場所が無いのは分かる。が、せめて。せめて馬糞置場の横だけは止めて くれ」 「すぐに終わる。我慢しろ」 「分かったよ。じゃ、ルイル=フェンゲル。職業は剣士、クラスは無」 「仲間は居るのか?」 「今のところは俺一人だ」 「歳は?それと既婚か未婚?。」 「19で未婚・・・だけど、どうしてンな事を聞くんだ?。魔物の駆除だろ?」 「つべこべ言わず質問にだけ答えろっ。仲間は何人?」 言うと、次の答えがなかなか帰ってこない。 二人でボソボソと相談を始めた。 『どうする、上からの指令ではとにかく似た年齢の奴を集めろとは言っていたが・・・』 『しかたあるまい、薬にはならんが毒にもならんだろう』 黙って何かモゴモゴと相談を続ける。 そんな二人のの役人を心配そうに見つめるルイル。 こういったギルドを通さない直属の仕事は報酬も高く結構人気のある仕事だ。 普通ならば、大人数での取り合いになるのだが、今回はそれはない。 役人は手元の木箱から札を取り出しルイルの目の前に突き出す。 「取り合えず雇おう、これを持って左に行け」 この木板で出来た札は仕事依頼の証で、表にはこの国の紋章が随分乱暴に彫り込まれて いる。 その下には意味不明の紋章以外には何も記されていないが、この紋章が偽造防止の役目 をしている。 ルイルは木札を眺めながら、 「あの、食事なんかははでるのか?」 「出ない。それから仕事の説明がこの奥の中庭であるから、そっちで待つように」 きっぱり言い切る役人。 ルイルは木板を受け取ると仕方なく中庭のほうに向かった。 城の中庭は、海に面しており、花壇や剪定された植木はないが、海から引き込んだ水路 があり、人工の浜辺もある。 中庭の向こうには固く閉ざされた門があり、その城壁の上には灯台を兼ねた塔が聳えて いる。右手には海に向けてテラスが設けられ、そこから何のためかロープが一本塔のほう へと張られている。 そんな所に一人、また一人と人か集まり、やがてそれらが数人単位のグルーブを作り雑 談を始める。 中には喧嘩を始める者、浜で潮干狩をしている者まで居る。 中庭を見渡せるテラスの中、柱の影から一人の男が中庭の様子を見下ろしている。 下に居る者達に気づかれぬよう、細心の注意を払いながら様子が伺う。 一人、また一人と増える様子を見るたびに、不敵な笑みを浮かべる。 「むっふっふっ。きよるわきよる。この後、どうなるとも知らずにな」 ある程度、人数が集まってくると、その人影は片手を上げて合図をする。 テスラの奥の闇、ようやく判る人の輪郭が頭を縦に振ると、再び闇に消えた。 人影は夕日の照りつける所に進み出る。年老いた恰幅の良い体型。しかし腹よりも肩幅 が広く、太い腕は丸太のよう。 中庭の城門がゆっくりと閉じられる。それを見届けると息を大きく吸い込み、中庭に向 けドスの効いた大声で叫んだ。 「さて、ここに集まってもらったのは他でもなーい」 中庭ではそき声を探そうと、右往左往している。そんな中、誰かが「あそこだっ。」と 叫んだ。 視線が一斉にその男に注がれる。 男は中庭に向けて大きく手を振った後、足元に準備された滑車を掴みロープに掛けた。 誰かが叫ぶ。 「飛んだっ。」 ロープ伝いにテラスに向けて飛ぶ。 テラスではロープの行き着く先で数人がマットを準備し、待ち構える。 かなりの速度で冒険者達の頭上を通過しばっふん。と、マットにブチ当たった。 中庭のでは冒険者達は突然の出来事に静まり返っている。 テラスの上では男の回りにわらわらと集まる召使達。 男に派手な厚手のマントを着せたり、王冠を被せたりと、見る間に一人の王に仕立て上 げられた。 王は乱暴に被せられた王冠を親指でクイッと押し上げると、テラスに進み出る。 「余がラサツーバズ国の国王、カート=デ=ルジャーゴぢゃ」 顔付きは威厳があり、夕日に照らされると赤毛の髭と太い眉がより印象的に光る。 鋭い目で一睨みすれば熊でも震え上がる程だろうが、テラスに身を乗り出し、片足を手 すりに乗せ、沈み行く太陽に向けて大袈裟なポーズを取る様はただの喜劇役者。 それを合図に、今まで待ち構えたように両サイドからファンファーレーが鳴り響く。 長々とまるまる一曲分にも及ぶファンファーレーが鳴り続け、その間、カート王は同じ ボーズを決めたまま、自分に酔いしれている。 下では冒険者達はだらけた様子でその様を見上げるが気にしてはいない。 音楽が終わりると再びテラスの上からドスの聞いた声が響いた。 「神が遣わした精鋭たちよ。余の願いを聞き届けよ」 今度はテラスの手すりに上り、方膝を付く。片手を天に翳して叫ぶ。 海に沈む夕日に照らしだされ赤々と輝くカート王。 それはまるで浮き上がるかのように石作りの城壁に映える。 大袈裟な身振りでオペラに似た熱唱は続く。 感じとしては何かの事件のあらましを語っている様だ。 そして申し合わせたかのように両サイドで口調や動きに併せて変曲する楽団。 実に訓練が行き届いている。 音楽が終わり、再び大袈裟なポーズを決める。 拍手が沸き上がり、カート王はそれを両手で制する。 冒険者はだれたようにつられてパチリパチリとまばらな拍手を送る。 乱れた衣服を整え、テラスの中央に戻る。 「さて、本題に入るが、実は余の愛娘の一人、アネットが先日より行方不明をになって しまったのだ。無事見つけ出し、連れ戻したる勇者にはそれに似合う報酬を渡そう。」 中庭の城門が開かれる。 「行け!冒険者よ。荒野でその手で夢をつかみとるのだ。」 ゾロゾロとだらけた様子で中庭の門を出る冒険者達。 カート王は二階の軒下の大きな椅子に浅く腰かける。 側のテーブルに置かれた水を飲み干すと、一息ついた。 「今回の連中は覇気がないな」 テラスの奥の闇に人影が浮かび上がる。 「申し訳ありません。」 「良い、お前の責任ではあるまい」 暫く、カート王は潮騒の合間に中庭での騒音を聞いていたが、冒険者が発ったのを確認 するとゆっくりと立ち上がった。 分厚いマントを近くの侍女に渡すと、そのままテラスの前まで進み出る。 目の前地広がる浜辺から中庭を見下ろした。 今まで賑わっていた中庭はいまは数人の衛兵しかいない。 先程までの騒がしさを残された足跡と掘り返された波打ち際だけが記憶している。 カート王は振り返り、テラスの奥の闇を見る。 「ブラスよ。下の者どもの名簿は出来たのか?」 人影の輪郭が浮き上がり、夕日の差し込む場所に現れる。 先程、アネット姫を追いかけていた黒服の男だ。 そして手にした書類をカート王に渡す。 「これに」 カート王は渡された書面を目で追う。 「ふむ、確かに頭数だけば揃えたようだな。で、どうだ。 実際使えそうなヤツはどのぐらいだ」 ブラスはこめかみを人指し指でかきなから、渋い顔をした。 「はい。それが・・・その・・・担当者の報告では『並の下』とか。実力の程はこれか らですが」 カート王は何の反応も示さない。羊革紙に書かれた文字を目で追うだけ。 「そうだろうな。それでは後の吉報を待つとしよう」 一息ついた後、視線を中庭の向こうに見える海に視線をうつした。 見渡すかぎりに広がる青い海。 細い軌跡の白い波。 海風に泳ぐ海鳥達。 テラスに夕日を導く水鏡。 「海賊としての血だろうか。無性に海が恋しく思うのは」 キラキラと輝く海に目を細め、海を暫く眺めていった。 「先々代までは定住しない海賊でしたからでしょう」 ブラスも同じく、目を細めて海を眺める。 突然、カート王は振り返る。 「・・・・・どうかね、きまっておったか」 「そりゃもう頭のてっぺんから足の爪先まで痺れるほどに」 その言葉に素直に喜ぶカート王。 「そうかね、そうかね」 ブラスは周りの者に、あちらに行けと手で合図を送ると、カート王に声をかける。 「よっ、いぶし銀」 カート王はテラスの手すりの上にヒラリと飛び乗り、顎を人指し指と親指ではさみ、ポ ーズを決める。 「よっ、女殺し」 今は誰もいない中庭に向けて人指し指と中指二本で合図を送る。 「よっ、お銚子者っ」 テラスから海に向けて馬鹿笑いを上げる王。 振り向き様に、カート王の姿がテラスの虚空に消える。 「王家流極秘奥義、鳳旋鍛っっ」 ブラスの前に現れるやいなや、彼に向けて怒濤の拳を浴びせる。 しかも後ろに飛びのけないよう、足を踏みつけて。 まさしく鳳仙花の種が弾けるようにいくつもの拳がブラスを襲う。 ブラスもこれを心得ているようで、左手首を右腕の間接に挟みこみ、ガートした手が離 れないように抑えている。 カート王が踏んでいた足を離すと彼の体がゆっくりと空中に上がってゆく。 「滅っ。」 カート王のアッパーが胸元を捕らえ、そのまま空中にたたき上げる。 ブラスのガードが開き、ゆるやかな弧をえいて床に落ちる。 「乗せないと怒る癖に・・・・」 それだけいうとブラスの意識は途切れた。 中庭の門を潜ると、馬糞が積まれた中庭。其処には先程の役人が待っていた。 身振りでこちらに来るように指示をするが、白けた喜劇紛いを見せられ、呆れて出てゆ く者も多い。 結局、残ったのは総勢30名程。その殆どが単身か、もしくは少数のグループ。 役人が一様に全員の顔を見回し、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、それを読み上げはじ めた。 「諸君達には城の北側にある『盗賊の洞窟』と呼ばれる洞穴に住み着いた魔物を駆除し てもらいたい。魔物の種類すら確認されていないので、高位な魔物がいるやもしれん。ど んな危険が待ち構えているが分からない。 報酬額は1匹当たり50md+α。α分はお前たちの働きしだいだ。 ただし、魔物の証拠と引換えなので、物証を忘れるな。 また、アネット姫の捜索及び救出にはこの中で働きの良い者を特別に一日当たり250 mdの報酬でで雇うであろう」 鎧もつけず、一番軽装備の冒険者が手を上げた。 「質問っ。高位魔物が出た場合はどうなるのれすかっ。」 「その場合はそれ相応の褒賞金を出すだろう。ただしこれも倒したという証拠となる物 を持ってきた場合のみと心得よ」 役人は一人一人の顔を睨むように見渡した。 「質問は?」 ザワザワと騒がしいものの、それ以降質問をする者は居なかった。 「最後に、先程中庭で回収した木札をもう一度渡す。魔物の物証を渡すときに一緒に提 示せよ、以上だ。それでは幸運を祈る」 役人は右手の親指で胸を横一文字に切ると掌を立てた。 城を出るころには、すっかりと日が落ち、東の空似は一つ目の月が浮かんでいた。 全員、ダラダラと城の撥ね上げ橋を渡る。 「今日はもう無理だな」 皆が皆、口々に同じようなこと言いながらそれぞれ、自分達の宿へと戻っていった。 ルイルも何とか腹が膨れ、後は夜露を凌げる場所を探して歩く。 建物と城壁との間の路地。 ヒョロヒョロとした雑草が茂り、足元には排水溝に下水が流れている。 コロコロと便所コオロギの鳴き声がどこからか聞こえてくる。 この辺の便所コオロギは何を悟ったのか、とにかく鳴く。 「さて、俺も今夜のねぐらを見つけないとな」 ポケットの中を探って硬貨を探すものの、手は虚しく空を掴んだだけだった。 ルイルは誰かに聞こえるように,大きな声で独り言を言う。 「うーん、今夜もベッドで眠るのは無理みたいだな」 交差する真っ暗な路地で後ろから若い男の声が聞こえてきた。 「それじゃ、土の中で眠るかい?。今から案内してやるぜ」 そこには前衛的な髪形の男を先頭に、背の低い少し鈍そうな男と背がひょろ高く、気の 弱そうな男。 ルイルは振り返らず立っている。 城でもらった紋章の入った板切れを肩ごしにチラリと見せる。 「欲しいのはコレか?」 背の高い、リーダー格の前衛的な髪形をした男が手を前に差し出し、上下に動かして言 った。 「へへ、話が分かるじゃないか。はやくよこしな」 「言っとくが、無料じゃないぞ。1000・・・・と、言いたいところだが、今日は開 店10周年特別出血大サービス、700でどうだ」 「な、700だと、70ならまだしれず、馬鹿を言うのももいい加減にしろっ。」 ルイルに向けて怒鳴る。 その横で同じようにナイフを持ち、威嚇していた背の低い男は小首を傾げた。 「アニキ、回転十周記念って何だ。」 怒りの矛先が、背の低い男に変わる。 「オメェは黙ってろ」 その声に驚き、静まり返る便所コオロギ。 ルイルは悔しそうに指をパチンと鳴らした。 「おしいなぁ、いまなら3割引きだったのに。じゃ、商談決裂だな」 ルイルは板切れを懐にしまう。 背の低い男は、おろおろとした態度で男の裾を引っ張る。 「アニキ、三割引きなら買わないと損・・・」 前衛的な髪形の男は再び怒鳴る。 「黙ってろと言ったろ」 運悪く仕事から外れた者の妬みから起こる仕事の奪い合い。 こういう事は日常茶飯事の事でルイルもその事は重々承知の上である。 また、依頼を遂行してくれさえすれば誰でもよいという風潮がこのような争いをさらに 油を注いでいる。 その手段も殆どが奪い合いで、商談は無いに等しい。 これを代理人を立てて仕事を請け負い、スムーズに仕事を振り分けるのが冒険者ギルド と呼ばれる組合あのである。 今回の様な直接仕事を下す場合は必ずと言っていいほど、このような以来の取り合いが 起きる。 そこで狙われやすいのがルイルの様に一人で仕事をしている者。 先程冒険者達が纏まって出て来ていたのはその為でもある。 ルイルはベルトのバックル裏に隠してある仕込みナイフに手をかけた。 「ま、他の連中を当たりな」 ルイルはそう言うと三人組の顔すら確認せずスタスタと早足で立ち去る。 「待て、まだ話はついてはいないぞ」 シャリリン。 剣が鞘の口で擦れる音がした。 ルイルは振り向く同時、肩付近でわずかな光にナイフがきらめいた。 男は首を軽く動かし、ルイルの投げたナイフを交わす。 ガラン、ガララ。 ナイフは的を外れ石畳の地面を跳ねる。男の抜いた刀も地面に同時に転げた。 「うげっ」 相手がナイフに気を取られた時、ルイルの肘はリーダー格の男の腹部に斜め下から深く 食い込んでいる。 仲間がいるのに、剣を抜いて切りかかってくる背の低い男。 「この野郎っ」 振り向き様にルイルが刀を抜く。 ギィン。 一瞬の出来事だった。 剣と刀がぶつかり、薄闇に火花が飛び、ルイルの顔が一瞬闇に浮かぶ。 ドサリと男がうつ伏せに倒れる。 ルイルは刀を一降りして、その切っ先をヒョロ高い男に向けた。そして倒れた小男に向 かい、月並みの台詞を吐いく。 「俺は気が立ってるのに詰まらん事で運動をさせるなっ。 で、残りの方は如何いたします・・・・おろっ、薄情なやつだな」 もう一人、背のひょろ高い三人目が後ろに居たが、その姿は忽然と消えている。 とっとと逃げだした様でその気配すら残っていない。 ルイルは軽く刀を一振りすると、鞘にしまう。 「お前らもうすこし友達を選んだ方がいいぞ。」 うつ伏せに倒れているリーダー格の男を足で引っ繰り返し、懐を探る。 財布を見つけると、しつこいほど玉結びにしたサイフの紐を緩める。 「ちっ、しけてやがる。」 ルイルは財布の中の銅貨の約半分を自分のポケットに移すと元道理、袋の紐をカンカン に縛り、相手の懐に戻した。 その懐をポンと軽く叩いた。 「悪く思うなよ。人生の授業料だ」 ルイルが立ち上がると今まで静かだった便所コオロギが再び合唱をはじめる。 「えっと、もう一人居たよな。」 二人分の銅貨のお蔭で、その日は何とかまともな食事と温かいベッドにありつけた。![]()