アポロ15号月着陸船
(ファルコン)
打ち上げ時期 1991年7月26日
軌道上の重量 16434.00kg

 1971年7月30日、月着陸船はアペニン山脈の麓に広がる「インブリウムの海」の北緯26度12分、東経3度68分に着陸した。ファルコンには、デービッド R.スコット船長とパイロットのジェームズ B.アーウインが搭乗していた。


着陸したファルコン

ハドレー・クレーターをLRVで走行する宇宙飛行士

 船外活動は3回、活動時間は18時間35分、走行距離は27.9kmと前回に比べると大幅に増えた。 サンプルの収集量も76.8kgに達した。このミッションでは、初の月面移動車(LRV)が登場した。LRVは着陸地点の周囲5km以内を順調に走行した。着陸から2時間後に着陸船の与圧が下げられ、スコット船長が上段のハッチから33分間、スタンダッパー(報道番組に登場するニュースキャスター)よろしく、周囲の月面の景色を実況中継した。

 最初の船外活動は、7月31日午後1時13分から7時45分(UTC)まで行われた。 この段階で、LRVが月面に降ろされて展開された。そして観測ステーションの設置で船外活動は終わった。2回目の船外活動は、8月1日の午前11時48分から午後7時1分(UTC)まで続けられた。二人の宇宙飛行士はLRVで月面のあちらこちらを移動し、サンプルの採集した。また、月面の地下3m下から地中のサンプルを採集した。3回目の船外活動は、8月2日午前8時52分から午後1時42分(UTC)まで行われ、ハドレー・クレーターを初め周辺のクレーターを調べた。


 船外活動の終わりに、スコット船長が鉄のハンマーと羽毛を同時に放り上げて、真空中で物体が落下する様子をテレビで披露した。8月3日午後5時11分(UTC)、ファルコンは月面を離れてアルフレッド M.ウオードンが待機する指令・機械船エンデバーとドッキングした。この2時間後、ファルコンは月面に投棄され、北緯26度36分、西経2度5分の地点に落下した。観測ステーションと観測機器(ALSEP)は、1977年9月30日まで作動した。



アポロ15号のCSM

 今回のミッションでは、米・ソ両国の宇宙計画で亡くなった14人の関係者の名前と顔が刻まれた記念銘板が月面に置かれた。アポロ15号の指令・機械船エンデバーの重量は30,371kgであった。




アポロ計画