トピックス


♪トピックスの更新のタイミング♪
「6月1日・倶楽部創立記念日」と「イベント開催時」に更新させて頂きます。」

2017年 ハワイアンパーティ
in 宝塚ホテル

2017年10月4日、毎年恒例の宝塚ホテルでのハワイアンパーティが開催された。
今年も、豪華なシャンデリアがまばゆいシルバーの間で、90名を超える参加者の盛会となった。

今年は、来春から新社会人となる娘も観客として参加。
久し振りに再会したキャリアの長~~い倶楽部員さん達に、「大きくなったね~。」と目を細めておっしゃって頂いている姿に、心がほっこりとなった。

物心ついた頃から、我が家の子供達は、母親の書斎から漏れ聞こえてくる課題曲群を、ず~っとず~っと繰り返し繰り返し、耳にし続けてきた。
その、すっかり耳馴染みの曲が、たくさんの倶楽部員の演奏となって、次々と、ベース・ピアノサウンドと共に、
立派な完成形となって再現される様子に、涙がこぼれて仕方がなかったようである。
ここまでハーモニーとリズム巧みに弾きこなすまでには、どれだけの奮闘・努力があったか、自然とそこまで思いを馳せることができたらしい。

また、私としても、母親が長年、外で体をはって(?!!)やってきたことを、実際目にしてもらって良かったかなあと思っている。

今春、大学生になって、エンジョイしまくっている息子にも、
「気合・本気」というものを改めて思い起こさせるため?!!、家族ラインに母親の奮闘動画を娘に投稿させたのだが、母親の動画など、見てくれませんわ・・・(-"-)


倶楽部開設当初から、イベントがあれば、嫌な顏一つせず駆けつけてくれるベースのイチローさんとも、お互い、30・40代の頃に知り合って、今では、すっかりシニア世代の仲間入りとなり、同世代同志の、なんか、シンパシーのようなものを感じるようになった。

ピアニストとして参加して下さった先生は、楽譜作りから取り組んで下さり、どんなにお時間とお手間のかかる作業であったろう。
でも、先生が作られた各クラスの楽譜の表紙には、各クラス名の表す花の写真があしらわれ、また、Tシャツやバッグにもハワイアンテイストがあしらわれていることもあり、先生の前向きさが、私も楽しかったし嬉しかった。

ホテルのご厚意で、我々のなんとか手の届く予算でレンタルをお願いしたピアノが、なんと、高級パーティの必須アイテム、「グランドピアノ!」であると知った時は耳を疑った。

倶楽部員のフラダンスの先生でいらっしゃる、KI HAPAI NA PUAフラスタジオの古林先生による優雅なフラダンスは、会場にいた大勢のフラダンス・ファンをも喜ばせてくれたに違いない。

今年の役員さん担当は、女性ばかりのピカケクラスさんであったが、本当に感心する程、正確に丁寧に迅速に仕事をこなして下さった。
参加者名簿の変更にも嫌な顏一つせず取り組んでくれる姿に、こちらの方が教えられる事が多かった。
もし、このようなOLがいたら、さぞかし、上司にも愛されることであろうと感心することしきりであった。

ゲストの皆様も、温かい眼差しで我々の演奏を最後まで見守り続けて下さった。
本当にありがとうございました!

それでは、各クラスへのメッセージです♪

【ピカケクラス】

皆がますます仲良く、ほのぼのと、私も皆さんとの練習は、いつも楽しく癒される。
そんな皆さんが、自由曲では難易度の高そうなソロに挑戦され、斬新で驚かされた。よく頑張りましたね。
課題曲目も、優雅なピアノサウンドと、とってもよく合っていた。


【イリマクラス】
少人数ながら、しっかりした演奏・歌唱に、練習中から大変感心していた。
私の申し上げることを、丁寧に一つ一つ実践されているのが練習中からよく伝わってきて、本当に嬉しかった。
カメラマンとしても、最初から最後までずっと活躍して頂き、400枚にのぼる写真を撮って下さった。本当にありがとうございました。


【レフアクラス】
頼りにしているクラス。
なんとか私の力になってやろうという気持ちがビシバシ伝わってきて、練習でも、熱心・従順そのもの、それが実力に反映されている。
パーティ前日の練習を病欠した男性部員が、夜、電話を私にかけてきて、「明日は、どんなことがあっても、絶対に会場に行きます!先生の御期待のレベルまで達しないかもしれないけど、やります。」と言ってきてくれた言葉に、このクラスの姿勢が表れていた。


【ククイクラス】

今回、私との競演を快く了解してくれ、一生懸命取り組んでくれている姿が、本当に嬉しかった。
人数の多いクラスであるにもかかわらず、ウクレレのストラミングもばっちり揃い、コーラスも揃い、大変安心してパーティ当日を迎えることができたクラスである。
しっかり者の部員が多いクラスで、来年度のパーティ役員は、安心してお任せできる。
このクラスの女性の、第二部からの名司会者ぶりは、本当に堂々たるものだ


【モキハナクラス】

去年も衣装の統一で、チームワークの良さを見せつけてくれたが、今回も、鮮やかなお揃いのコスチュームで、それだけでも我々の気分までグッと引き上げてくれた。
見るからにリーダーらしい男性リーダーを中心に、演奏面も、キャリアの浅いクラスと思えないまとまりだった。
今年も、膨大な量の写真が出来上がってきたが、こちらのクラスは特に、元気な良い写真が多い♪


【ロケラニクラス】
一年先輩の「モキハナクラス」をだしに、彼らの奮闘ぶりを話しまくって彼女らの闘志に火をつけていた甲斐があって、5月に入部したばかりというのに、底抜けに明るく積極的なリーダーを中心に、あっという間に、無茶苦茶、仲の良い、熱い!!!クラスに仕上がった!!!
当日のロビーでの練習でも、イントロのメロディを模したリーダーの気合のあるお声が響いていた。素晴らしい!
こちらのクラスも、モキハナクラス同様、良い写真が多い。
あっぱれ。フレッシュマン達!


【プアメリクラス】
一番古いクラスと言えど、これだけ長く続けているのに、全くだらけず、驚く程、綿密に食らいついてきてくれるクラス。
嬉しい。こんなに長年の間、熱くいてくれて・・・。
本当に難易度の高い曲だったけれど、よく頑張ってくれた。
もはや、身内感覚のクラス。来年も、皆、健康で舞台に立てますように。
リーダー格のMさん。自分だけでは抱え込むことができない不安がある時、ついつい電話をかけてしまう私ですが、いつまでもいつまでも、元気でいて下さい!



最後に、倶楽部員の皆さん、I LOVE YOU!
こんな私についてきてくれて、ありがとうございます!

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ありがとう 16周年

2017年6月1日で、「すみれウクレレ倶楽部」は、16周年を迎えた。

「誠実」だけをモットーに、一瞬たりとも惰性に傾くことなく続けてこられた。

お蔭様で、この16年の濃厚な時間が経験となって、あらゆる場面場面で、神の声が降臨し?!自信を持って、より楽しく、自然体で倶楽部と関われるようになった。

更に、人生の大切なエッセンスをたくさん学ばせて頂ける、私自身にとっての「学び・経験の場」として、この倶楽部の意義を、強く感じ始めている。

今から、大人の世界へと羽ばたこうとしている我が子達へも、事あるごとに、自分が
「すみれ」で経験させた頂いたことを語れることも多くなってきた。



今日は、掛け替えの無い「宝」であり、「学びの師」である、愛する倶楽部員さん達で構成された各クラスの2017年5月を語っていきたい。



【ピカケクラス】
今年度の会長・会計さんが所属する、倶楽部唯一の女性だけのクラス。

昭和・平成と、ご主人を陰で支えて来た大和撫子の皆さんが、倶楽部の役員職を積極的に引き受けて下さるか不安もあったが、前向きに取り組んで下さっているお姿に、心から嬉しく感謝している。

日ごろの練習にも、ゆっくりながら、じっくり努力して取り組んでおられる姿勢からも、その責任感は納得できる。

これから、リーダーさん達へのご協力を、ピカケクラスの他のメンバーさん達にも、
切にお願いする。皆で協力し合って、元気に乗り切って頂きたい!

ちょうど、自分の母親世代の奥様が主なクラスで、いつも、会話にほっこり癒されている。

また、お一人お一人のお声に深みが出てきて、大変、嬉しく思っている。



【イリマクラス】

自称「おば」と「おい」とおっしゃっている、仲良しのリーダー格の男女お二人と、私と同世代のお二人の女性で構成された、アットホームな雰囲気の少人数クラス。

最近、特に、それぞれの方々が、本当に、素敵な個性を持った、玄人はだしの工夫した歌い方をされるようになり、いつも、大変、嬉しく思っている。

その素敵な歌唱を、聴衆の皆さんにも十分に味わって頂けるために、クラス全員の声量に豊かなボリュームをキープして頂ければ、本当に、嬉しい。



【レフアクラス】

私の言ったことを、素直に、真面目に、実に細部にわたるまで、丁寧に実践してくれるクラス。

「コーラス」にも積極的に取り組んでくれ、いつも、コーラス役選びに全く不自由しない。

かなりの難易度の高い要求にも、過去、ずっと、応え続けてきてくれた。

その従順な姿勢の賜物か、声量も更に増して深みも加わり、完成度の高いサウンドを安心して聞かせてくれるクラスである。



【ククイクラス】
今年度、クラス合併により、8名のクラスに生まれ変わった。

ウクレレの合奏において、ボリューム感を存分に感じさせてくれ、また、右手のストラミングもしっかり揃い、堂々たる迫力のある器楽サウンドを楽しめるクラスとなった。

この秋のパーティでは、シャンソンの名曲をジョイントさせて頂く予定。

しっかりした男性リーダーさん、元倶楽部会長の長老のもと、女性陣もしっかり者の淑女が揃い、これから、新・ククイクラスさんが、どんなに素敵にまとまりを見せながら円熟していくか、心から期待しているし、間違いなく達成してくれると信じている。 



【モキハナクラス】
去年の春に開講したばかりのクラスだが、体験レッスンの時から、とにかく、手間のかからないクラスで、確実に良いクラスになる予感があった。

初パーティでは、なんと全員、同じコーディネートのアロハをはじめ、皆で集まって作ったという手作りアクセサリ―に至るまでばっちり揃えて、パーティに、爽やかな華やぎを与えてくれた。

クラスメンバーとの自主練習に熱心な先輩方をお手本に、しっかりした男性リーダーを中心に、レッスン前に2時間!他会議室を借りて、自由曲発表に向けての練習に励んでいるようで、予想通りのまとまりを見せてくれている。

大人数のクラスでありながら、出席率が良いのも嬉しい。



【ロケラニクラス】

5月に開講したばかりのクラス。

年代・性別・個性の様々な9名の新メンバーを迎え、第一回目のレッスン前は、「ちゃんとまとめることができるだろうか。」と不安がよぎったのであるが、見事に、良い意味で不安は打ち砕かれ、第一回目から一つにばっちり、まとまりを見せてくれた。
嬉しかった!!これも、メンバーさん、お一人お一人の社会性・協調性の賜物である。

課題も、全員が、きちんと家で練習・復習してこられ、なかなか順調な滑り出しである。

これから皆さんの心も、更にしっくりと一つにまとまっていくことを、楽しみに見守っている。



【プアメリアクラス】

倶楽部開設当初からの倶楽部員さんを含む、最もキャリアの長いクラス。

毎年開催している「宝塚ホテル」でのパーティの基礎を築いてくれたメンバー達のクラス。

ここまでくると、私の性分・気性・考え方も十分!熟知され、「ぶっちゃけ話」を、思わずしたくなるクラス。

私の課す無理難題を、もがきながらも長年こなしてきただけあって、先日、ちょっとひねった技を教えた時でも飲み込みが速かった。

ハーモニーの余韻も合唱団のような響きが残り、ウクレレの楽器自体の音色も、乾いた良い音色に熟成され、心地よい。


これからも、皆さんが、ポジティブな気持ちで、
通い続けることができる倶楽部を目指して、
頑張ってまいります。

どうぞよろしくお願い致します!!!


2016年 ハワイアンパーティ
          in 宝塚ホテル

2016年10月5日、すみれウクレレ倶楽部・ハワイアン・パーティが、
宝塚ホテルのシルバーの間で開催された。総勢100名弱のパーティとなった。


パーティの何日か前から、非常に強い台風が、まさにパーティを直撃しそうな予報が出ていた。

でも、普段は心配性な私も、不思議と、うちのパーティの時間を避けて台風がやってくるような気がして、この点においては、大変、ポジティブであった。


その予感通り、幸いにも、帰りにちょっと強めの雨が降ったぐらいで、
嘘のようにほとんど影響を受けなかった。 本当に幸いだった。



今年度の会長は、俱楽部最高齢のTさんであった。
彼の誠実なお人柄は重々存じていたが、何分、大変なご高齢ということで、
案じていた。
ところが、驚く程、先に先に細かい事まで気が付いて、妥協を許さず、熱意をもって頑張って下さった。今までの会長さんと同様、本当に頼り甲斐があった。
さすがに、昭和の日本を支えてきた方々である。


更に温厚な人柄がにじみ出て良いお顏になられたベースのTさんも、
快く駆けつけて下さり、感謝の思いを改めて、何度も噛み締めていた。
本当に、長年、お付き合い頂き、ありがたいことだなあ。


今年は、キーボード奏者が新たに加わり、楽譜作りから取り組んで下さり、
彼女のご苦労はいかばかりであったかと思う。
私と二人だけの打合せ、練習初参加から合同リハーサルへと、段々、完成に近づき、本番には、エレガントなバランスのとれたジョイントが完成し、本当に幸いであった。
個人的にも、色々と深く楽しく語り合える女性で、幸せな出会いであった。


今年は、俱楽部員が学ぶKI HAPAI NA PUA フラスタジオ主宰の古林先生とお弟子さんによるフラダンスも、先生の晴れやかで美しい笑顔と共に、堪能させて頂いた。


毎年恒例の、開会前の、宴会場前ロビーの至る所で繰り広げられる、クラス毎の練習合戦にも新人クラスが堂々と加わり、熱い伝統は、また引き継がれた。
4月に入部したばかりなのに、しっかりお揃いのコーディネートで揃えていた。なんと、アクセサリーも、クラスメンバーの一人の家に集まって、手作りしたらしい。
きっと、更に熱いクラスに育ち、来年は、元気に自由曲の部に登場するだろう。
彼らの脳裏にも、そんな野望が湧いているに違いない。


また、練習時からの印象であるが、今回は急に、ソロでも声量・情緒豊かに歌い上げれる人材が多数出現してきて、大変嬉しい限りである。

全体的にも、声量がアップしたようである。


自由曲の部では、それぞれのクラスが趣向を凝らし、型にはまらず、演奏を聞かせてくれた。 お蔭様で、私も視野が広がる。

先生が監修の元、与えられたものだけを発表する発表会が世の主流であるが、このような独創的な、自主性を重んじるコーナーを設けることは、画期的なことであると思う。また、クラスへの愛着・結束にもつながっているのを、強く実感している。

本当に、このコーナーでは、学生が文化祭の余興で、先生の目を気にしながらも、
羽目を外してパフォーマンスするように、伸び伸びとやりたいようにやって下さいね。

あっと驚く奇想天外な演出、扮装、踊り付き、大歓迎ですよ!!



俱楽部員テーブルでは、クラスの枠を超えて話に華が咲いていた。
年齢・性別を超えて、この俱楽部入部をきっかけにした、本当に良い出会いだなあ。


真面目に、ひたむきに、純粋に、「ウクレレと歌」に取り組む、本当に、子供のようにピュアなハートを持った団体だなあ、とつくづく感じる。 まさに、学生さんのクラブ活動のような爽やかさだ。

普通、中高年以上の男女の集まりといえば、お酒を飲んで、愚痴と陰口、バカ騒ぎが付き物なのに。


変な話だが、皆さんの姿を拝見しながら、
他の趣味で、こんな俱楽部があったら、私も入りたいわ!って、
マジでいつも感じている今日この頃である。


うちの俱楽部特有の
アットホームな温かい和やかムードが、
本当に際立つパーティとなった。


台風の接近する不安の中、最後まで温かく見守り続けて下さったお客様方、
俱楽部内外でお世話になった皆様方、
そして、厳しい練習に、素直に真面目についてきてくれた倶楽部員の皆様、

本当に、ありがとうございました!!



パーティが終わってからの初練習日に、なんとなんと!あるクラスで、リーダーさんが来年の( ゚Д゚)!自由曲の楽譜
を2曲、クラスメイト達に、早速、ホッチキスで留めて配っているの見て、笑った。

いや、他のクラスでも、初レッスン後に会議室を借りて、来年の自由曲目選定会議とやらに取り掛かっているようである。


どこのクラスも、やる気・意気込みが凄い!熱い!

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ありがとう 15周年

2016年6月1日、すみれウクレレ倶楽部は、大変光栄にも、【15周年】の大きな節目を迎えた。



すみれウクレレ倶楽部を主宰していると、本当にたくさんの方々との関わりがあり、
ウクレレ・歌の研究の他にも、色々な事柄を思い巡らし、行動していくことも必要となる。



ある精神理論の本によると、私のように神経質気味な人間は、もし、このような義務・役割・責任や目的を持たず、暇を持て余している身分であればある程、
次のような状態になりがちらしい。

つまり、注意が外界の事物に流れず、自己自身の心身の現象に固着して、
自己中心的なネガティブな心境に陥るように作られているらしい。

それを外に転じる最善の方法が、「仕事」をすることだそうだ。
それも、「人のために尽くす」「人が少しでも便利に、幸せになるようする」行動こそが、有効らしい。



私自身、「家事」においては、掃除や健康的な食材選びなど、かなりのオタク的こだわりを持っており、それらを徹底的にこなしていくことが、結構、好きである。

「すみれウクレレ倶楽部」においても、俱楽部員さんとの関わりが、
ある種の社会貢献につながっていると信じ、大きな生きがいとなっている。

結局、これらを主な自分の責務として、納得いくまで果たすことが、精神衛生上にも
恩恵となっている。



別の、ある脳科学者の本にも、同様なことが書かれてあった。

組織のリーダーとなると、肩に重荷を背負ったような気分にもなる一方、
そのリーダーが、心からメンバーの成長を願い、日々祈り、悩み、行動していくならば、そのリーダーの脳内には、その都度、「幸せ物質」が満ち、深い次元での幸福感につながっていくのだそうだ。

ある意味、この部分を、大変、納得しながら読んだ。


俱楽部に通ってきて頂いている以上、俱楽部員さんにお伝えしたいことは、
全て悔いなく、1時間の練習時間内に、すっきり出し切るように心掛けている。
それが、俱楽部員さんの、ほんの少しでも技術の向上につながると願って。

しかし、厳しいだけでは、皆さんが苦痛になるのも目に見えている。
そこは、得意な(?!)お笑いで何とか緩和したりして・・・(^_^;)

そして、俱楽部員さんの健康を、そして、御家族の健康を、心から願っている。


自分が満足・納得いく1時間の奮闘を終え、笑顔いっぱいの倶楽部員さん達を、
「お疲れ様でした!」と見送る時の爽快感は、いつも格別である。


私は、俱楽部によって、この脳科学書的表現で言えば、
「利他の行動から生まれる幸福感」の一端を経験させて頂いているのだ。


残念ながら、家では、元・一人っ子育ちのわがまま娘(?!)が出てしまい、決して、
良い妻・良い母・良い嫁でないところが、大変、大変、心苦しいところであるが・・・。
こちらの方は、まだまだ、「改善の余地・有り」である。



そんな中、俱楽部員さん一人一人に目をやってみる。


自分もそうであるが、1年365日、俱楽部員さん達も、毎回毎回、元気いっぱいの
ハッピーな状態で俱楽部に通い続けるということは、まず、不可能である。

自分や家族の健康状況などなど、様々な苦悩も生じてくるのが世の常であって、
俱楽部員さんにも、時には、練習に出て来るだけでも辛い日もあるだろう。

例えそんな時でも、気丈に練習場にやって来てくれる方々を見ていると、
感謝の気持ちと同時に、自分の方をも勇気づけられる。

そして、これからも俱楽部員さんに、なんらかの「喜び」を見出して頂けるよう
頑張っていかなければと、心を奮い立たせる。



この春は、新入部員もたくさんお迎えした。

生活に何か新たなことを取り入れる時のワクワク感は、本当に何事にも増して、
気分を明るく高揚させるものだ。

フレッシュマンである彼らのことに思いを馳せるだけで、自分も活気づけられ、
同時に、希望に溢れた新鮮な感情を、決して、これからも絶やしてはならないという使命感でみなぎる。


もちろん、長年通ってくれている俱楽部員さん達には、ハワイアン・ウクレレの演奏と歌への興味が色褪せることなく、変わらず皆の興味を引き出し続けられるように、
こちらの創意工夫・配慮の必要性を、心底、肝に銘じる。


感謝と決意を強く抱いての、15周年の創立記念日である。


これからも頑張ります。  
何卒、どうぞよろしくお願い致します。

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2015年 ハワイアンパーティ
          in 宝塚ホテル

9月25日、昨年同様、盛大に、すみれウクレレ倶楽部 ハワイアン・パーティが、
宝塚ホテルのシルバーの間で開催された。

毎回の練習時では、「全身・触覚」状態で神経を集中させて皆さんの音に耳を傾けているのだが、本番となると、それこそ周囲360度に気を回さなければならないことが多くて、また自分自身の緊張感が大きすぎて、皆さんのサウンドをチェックする余裕が無い。

だからこそ、大まかに自分の脳にダイレクトに印象に残った感覚というものは、
より正直な気もする。



そこで、ずばり感じたこと!!!

それは、各クラス皆、確実にレベル・アップしてきたことだ。

確実に感じた。     強く感じた。

これは、自由曲のコーナーにおいてもである。


今のところ、まだ多くの方と感想を話し合っていないのだが、既に今の時点でも、
そのようなお声が、
「本当に楽しかった~!」という感想と共に入ってきている。

少し話はそれるが、私自身、以前は、与えられたマイクさえあれば、それだけで何も疑うことなく満足し、つまり、音響に関しては全く無頓着であった。

しかし、自分で「マイ・マイク」を持つようになってから、段々と意識が高まり、
今回は居ても立っても居られず、宝塚ホテルの音響担当者にしつこく電話をしては、
マイクの型番までチェックし、スピーカーのチェックなどをしに当日のパーティ会場となる「シルバーの間」まで足を運び、担当者と話し合うこともあった。

私としては、音響面が一番心配の種であり、神経を使っていた。

こんな、うるさ型の私の特性を察知し、当日音響さんは、例えば、フラダンスの方の足元にコードがひっかかりそうなのを危惧する私の不安を即、察知し、延長コードを持ってきて下さったり、本当に、頼もしくも、ありがたかった。


さて、皆様方のボーカルである。
魅力的に歌う方などに対して、マイクの力を借りてでも、彼らの魅力を聴衆に伝えなければ、なんとももったいないという思いは、練習時からずっとあった。

だからこそ、マイクへの接し方を、ず~っと練習中に、くどく説き続けてきたわけだが、
それらも功を奏して、本当に、声が轟くように、よく響いていた。

コーラスなど、そこらのコーラス団体と見まがうばかりの出来。

マイクを通した自らの魅力的な声に、改めて、気づかされた方もいらっしゃったに違いない。

おそらく、皆さんの心の中に、「うわあ。うちのクラスも、ぼちぼちしておれないなあ(汗)。」と、新たな奮起のきっかけとなった方も、きっときっと、たくさんいらっしゃったことだろう。

そういう点から見ても、発表会というものは、不安・緊張など苦しみはつきものであるが、そこから得られるものも計り知れないだろう。

本当に、何事でもそうであるが、やはり、華々しい達成感を得るためには、様々な心の葛藤がつきものである。

真面目に真剣に取り組めば取り組むほど、その葛藤は大きくなる。

こんな葛藤が無ければ、どんなに気楽に人生が生きられるだろう、としばしば思いながらも、それから逃げてばかりいたのでは、キラキラ輝くような達成感とは、無縁の人生となってしまう。


大きなイベントが終わり、心地よく深~~~い疲れの中に、来年はこれ以上のものをなす気力が、もう出ないような錯覚にも囚われる。

しかし、おそらく来年も再来年も、必死に悪戦苦闘し、もがきながらも、晴れの舞台に立ち向かっていく自分達の姿があることだろう。





今年も、役員の方々の尊いお働きのお蔭で、大変立派なパーティとなった。

今まで長年、本当に志あるリーダーシップある方々が、自ら皆を引っ張っていくお立場となり、俱楽部への深い愛情を持って、誠心誠意、お尽くし下さってきた。


しかし、さすがに御年齢をどんどん重ねられ、体力・気力に限界が見えてくるのは、
誰が考えても当然なことである。

私も、自分の足をその方々の方に向けて寝られないほど、申し訳なくもあり、ありがたくもあり、心を痛めていた点であった。


でも、さすがに、彼らだけに頼っている場合ではない時が来た。


苦肉の策で、町内自治会のように、イベント運営の重要な役職を、各クラス順番の持ち回り制にすることにしたのである。


でも、皆さん、考えて頂きたい。

リーダー・副リーダーさんだけに、全てお任せでいいのだろうか。
もちろん、リーダーさん・副リーダーさんは、さすがに、バイタリティのある、デキる方が顏を揃えている。


しかし、改めて、ここでお願いしたい。


どうか、どうか、リーダーさんが大きく負担を感じることなく、クラスメイト、皆で!全員で!
彼らを思いやり、クラス一眼となったサポート体制でバックアップし、守っていって欲しいのである。
リーダーさんが、明るく前向きな気持ちで過ごせるようにして頂きたいのである。


私自身も、俱楽部内での父として心底信頼してきた新旧会長から、しっかり学べることは学んで、全体を見渡せる目を養っていく覚悟で、腹をくくった。

つまり、指揮においては、私も大いに力を振るうことができるよう頑張りたい。
ただ、その指揮のもとでの
実務的作業には、皆さんのご協力が、絶対・必要不可欠なのである。

クラス全体が、イベント運営を自分事として捉えられる
ように上手に仕事を振り分けられるように、私も経験を積んでいくつもりである。

そんな時、
肯定的に、積極的に、前向きに、
しっかり受け留めて頂きたいのである。





最後の最後まで、大変つたない演奏に、笑顔でお付き合い下さったお客様方。

ギター・ベース・パーカッションで、私達の演奏を、豪華に飾り付けて下さったサポート・メンバーの皆様。

誠実なお付き合いに感謝している、熱田先生率いる「宝塚フラローイヒクラブ」の皆様方。

そして、最後の最後まで厳しい練習について来て下さった倶楽部員さん達。


本当に本当に、
ありがとうございました!


P.S.  長年、ギタリストとして競演して下さってきたM様。
素晴らしいサウンドの数々、本当に、本当に、ありがとうございました!!!

関西とは比べものにならないカルチャーの中心圏・花の東京で、
溢れる才能を存分に活かし、ますますご活躍下さいませ!!!


        
全ては、
  この一瞬の笑顔のために

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ありがとう 14周年


お蔭さまで、すみれウクレレ倶楽部も、2015年6月1日で14周年を迎えた。
長年、俱楽部を愛し関わり続けて下さっている皆様方に心から感謝してやまない。



そんな中、「宝塚ホテル 建物老朽化のため大劇場横に移転・新築。」というニュースが飛び込んできた。



阪急東宝グループの創業者小林一三が、阪神間モダニズムの創生の一翼を担い、その聖地として宝塚に白羽の矢を立てて後、阪急宝塚南口駅前に建てられたこのモダンな洋館は、90年近くもの間、宝塚の文化と社交の中心としての役割を果たしてきた。


大劇場を出て、季節の花々に彩られた花の道をそぞろ歩き、宝塚大橋を渡りながら武庫川の川音に目をやると、大劇場、阪急電車、そして更に進むと、大正浪漫の薫り漂う宝塚ホテルのクラシカルな意匠が見えてくる。

この一帯が、宝塚の中でも、阪神間モダニズム文化の一端を育んできた、最もシンボリックな場所だ。


そんな風景の一部を臨める場所に俱楽部の拠点を置き、ホテルの宴会場でパーティを毎年開催できることは、自分には全く想像すらできない、夢のように光栄な出来事である。


自分の住んでいる街に、長い歴史を通してランドマークとして、しっとりと存在してきたこのホテルが本当に誇らしく、非日常のちょっと華やかな世界・気取った空間が、目と鼻の先にあることが、本当に幸せである。

いつしか、このホテルでの娘の披露宴へ、親族として向かう日も夢見ていたのに。


寂しさは口では言い表せない。

せめて、アール・デコ様式が魅力的な旧館だけでも保存して、その優雅さを活かした再活用でもしてくれぬものかと、ただただ非力なヅカ市民の一人として、無念の思いを噛み締める。


おそらく、私と同様、万感の思いを抱いている方も多いだろう。


宝塚ファミリーランドがなくなる時も、胸迫る寂寥感におそわれた。

しかし、あの時の感傷をも、今ではすっかり忘れたかのように、日々淡々と暮らしている。



夜一人でウォーキングをしている時、宝来橋のたもとにひっそりとたたずむ、与謝野晶子・来宝の際詠まれた歌の歌碑の前で足を止めることがある。

「武庫川の板の橋をば濡らすなり  河鹿(かじかとは蛙のこと)の声も月の光も」

そんな時、月明かりにキラキラ照らされて揺れる武庫川の川面を眺めながら、セピア色の写真で見たことのある、遥か昔の温泉街の風景をオーバーラップさせようと試みることがある。



そこまで遡らずとも、宝塚という街は、誰の心にも、幼い頃からの楽しく晴れやかな思い出が多過ぎて、街の風景の大きな変化に、時には戸惑いを覚え、更に強くノスタルジックな気持ちを抱かせる街である。



救いなのは、新生「宝塚ホテル」が、また大劇場横に再建されることである。

今以上に、花の道周辺に、この街のエッセンスが集約される。

願わくば、そのバージョンアップしたパワーが宝塚の街全体に広がり、先人が培ってきた香り高き感性が、引き継がれていくことを切に祈る。


そのためには、この街に住む人・集ってくる人々が、ただただ無機質に現実生活だけに終始するのではなく、
心の中に、「夢」と「ロマン」を抱く豊かさ、瀟洒なもの・美しいものに憧憬を抱くゆとりが必要ではないだろうか。



「すみれウクレレ俱楽部」を通じ、極々ささやかながら、文化振興の一端を担っていることの意義を今一度噛み締め、俱楽部に集う皆様方とのカルチャーライフを充実させていきたいと、心から願う。


そして、この街にふさわしい、素敵な
「ヅカマダムさん」になりたいと、心の底で密かに憧れる今日この頃である。


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高齢者向け住宅でプチ・コンサート♪

2015年3月6日、池田にあるサービス付高齢者向け住宅「シュールメゾンポプラ鉢塚」の寛ぎタイムに、プチ・コンサート出演をさせて頂いた。

以前、ウクレレ倶楽部で、他楽器奏者としてご活躍頂いていた女性が職員として働いておられ、彼女からの出演依頼であった。


練習にかける時間も余りなく、昨年秋、ピッコロシアターに大変な意気込みで練習を重ね参加したメンバーに声をかけることが最も効率的!と即断し、フラダンスも倶楽部員の中から3人に引き受けてもらい、ギターの松尾さんを含め、10名で参加した。



私自身、高齢者向け住宅には、イベント出演で以前2度程お邪魔したこともあったが、本当に久々であった。


立派な自動ドアが開くと、目の前に、可愛い木目込みの雛人形。
そして、職員の彼女の優しい笑顔のお出迎えに誘われるように中に入ると、今度は、段飾りの立派な雛人形。     すっかり春色だった。

もう何年もの間、雛人形の箱すら開けたことのない季節感のない我が家とは大違いで、春の訪れをしっかり感じさせてくれた。


まだうすら寒い外界が嘘のように十分に暖められた室内、そして賑やかな声・生活音、お食事の美味しそうな匂い、穏やかな日差しの差し込む食堂。

久々の高齢者住宅訪問で緊張気味だった私を、「なんや、明るくて楽しそうな、いい雰囲気やん♪」と、ほっとさせてくれた瞬間だった。


館内には

宝塚で最も有名な(?!)ウクレレ倶楽部によるハワイアンショー
と書かれた、カラフルなハワイアン風イラスト入り手書きポスターが。

軽いプレッシャーと、こんな私達のために(T_T)と申し訳ないような恐れ多い気持ち・感謝の念でいっぱいになった。



本日の観客層は、デイサービスでお越しの方が大半らしく、そのような方々は、比較的元気で活動的な方が多いそうで、サロンの明るい雰囲気に一役買っていた


「そういえば、我が家のお向かいの元気なおばあちゃんが、優しそうなスタッフに抱えられ、マイクロバスに嬉しそうに仲間と乗って行くよな~。あれか~。」と思い浮かべた。



皆様方の表情は千差万別・・・。

フラダンサーと共に今にも踊り出しそうな陽気で茶目っ気たっぷりのおばあちゃま、静かな慈愛に満ちた表情にこちらの方が感激させられたおじいちゃま、とにかく可愛らし過ぎる90代のおじいちゃま・おばあちゃま、倶楽部の役員さんとして働いてもらおうかと思うほど、まだかくしゃくとされた紳士風おじいちゃま、・・・表情をお変えにならない方もちらほら。


演奏の合間に、会話していて一番気づいたこと。

「今の一番の楽しみは?」
という私の問いに、皆さんの答えは一様に、「施設で良い仲間とレクリエーションを楽しむこと」に尽きるようだった。

施設で手足を動かすことの喜びを教えてもらっているからか、じっとしているより、踊ったり、歌ったり、手をつないだり、そういう時の方が表情がぱっと明るくなった。

お年寄りは、動いたり体験させられたりすることを億劫がるのではないかという私の先入観・懸念は、見事に打ち砕かれた。
これも、日頃のスタッフの御尽力の賜物だろう。

おじいちゃん・おばあちゃんをこのようにしたのは、愛情持って繰り返されるレクリエーション効果の賜物だと思った。

もちろん施設の奥では、より重度な介護に励まれる、計り知れないお働きもあることだろう。

今までほとんど接することも考えることもなかった、意義深く大切な世界に触れさせて頂いた気がした。



本当に長い長い間、人生の山を越え谷を超え荒波を超えてきた、目の前で観覧して下さっている観客の皆様の体の中には、一体どれだけの人生訓が刻み込まれていることだろう。

ほんの一部の方としかお話することができなかったけど、本当に、お一人お一人全てから、宝のような人生訓を教えて頂きたかった。

演奏出演させて頂いている立場でありながら、大先輩を目の前に、たとえ言葉でうまく表現できない方からも、にじみ出る何かをつかませて頂きたい、そんな貪欲な気持ちにかられて仕方なかった。


出番が終わり、倶楽部員とのお茶で一服タイムに聞こえてきたのは、ご自分達のこれからの老後の話・・・。


考えてみたら、今日ご一緒した皆さんは、私の親世代。
皆さん、大変な介護経験もお持ちで、ほぼ配偶者の両親も含め全ての御両親を見送ってきた方ばかりであった。


子育て真っ只中の私から見て、日頃から、複数の趣味を楽しんでは気楽そうに暮らしておられるように見える皆さんがとても優雅に見えて羨ましくもあったのだが、そんな大変な経験も乗り越えてこられたのね。



ちなみに、私も夫も一人っ子同士ではあるものの、親は4人とも健在。
ありがたくも、それぞれ、豊中と高槻の地で、夫婦二人で元気にやってくれている。

自分の家庭のことだけで精一杯の私は、それらをいいことに、倶楽部員さんや友達から、「今日は親を病院に連れて行く。」などという話をしょっちゅう聞きながらも、全くと言っていいほど、「介護」というものにに無関心できた。

今日初めて、それが心底恥ずかしかった。
他の皆さんとの経験値・意識・知識に雲泥の差を感じた。



高齢者社会において、それを支える介護業界の方々の意義深いお仕事に敬意を表するとともに、高齢者にとっても、介護する家族にとっても、暮らしやすい幸せな社会になることを祈るばかりである。


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祝 2015年  
   新年 あけましておめでとうございます


恒例のハワイアンパーティも、昨年は、過去最高人数のお客様をお迎えし、無事、盛会に終わった。

自分だけでは、到底、こんな夢のようなことは成し遂げられなかった。

先代役員の方々が、ご自身の人生・社会経験を存分に活かし、役員組織の基盤を確立して下さってきたお蔭であるし、そんな先代の意思をきちんと受け継ぎ、俱楽部を心から愛して御尽力下さっている現役員の方々のお蔭である。


また、俱楽部全体の各個人に至るまで、「努力・情熱無くしては語れない俱楽部への熱い姿勢」の浸透も、特筆すべきことである。



長い年月の紆余曲折を経て、数年前に、「俱楽部規定」なるものも作った。

何度か改訂を重ねてきたが、皆様方のご理解・ご協力を得て、俱楽部を非常にまとめやすくなったのも確かである。


本当に、ありがとうございます。



お蔭さまで、練習場で皆様方とご一緒する時間、俱楽部のことを考えている時間が、正直、最高に楽しく、生き生きできる、また誇らしく思える、今日この頃である。




ハワイアン・ウクレレを始めたきっかけを人から聞かれることも多く、思い返してみると、様々なきっかけの連鎖が思い起こされ、それらを残しておくことを思いつき、こちらのサイトに、「備忘録」として、新コーナーを作らせて頂いた。

とても楽しい作業だった。





2015年、ついに、40代に別れを告げる。


様々な事柄にぶち当たる度に、あれこれ考え悩みながら、時には自己啓発本を読み、時には人に相談しながら、生き方を模索してきた。


ようやく、ここ数年、「これが真実かな。」と実感し、納得できる信条に出会えたような気がする。




それは、「できること」「できないこと」を知ることである。

「できないこと」とは、
・自分の感情をコントロールすること。
・現実を思い通りにすること。
・他の人の気持ちを思い通りにすること。


「できること」とは、
・どうあがいても「できないこと」を認識すること。=良い意味で諦め(あきらめ)
・不快な感情・現実も、仕方なしに受け入れること。
・なすべきことをなすこと。



もし、
不快な感情・思い通りにならない現実があったとしても、仕方なくそのままにして、そういうネガティブな側面と共存しながらも、目の前のなすべきことは疎かにせず、きちんと丁寧に懸命にこなしていく姿勢である。


どんな状況の時でも、「行動」に責任を持つ生き方である。



時々、「できること」「できないこと」の境界線の線引きが難しいことがあるが(>_<)。



今年も、いつも、自分の描くより良い人生映像に向かって、できる範囲での最善を求めながら、その場その場で精一杯、心を込めて、なすべきことに取り組
んでいきたい。

まじで、頑張りまっす!!!
今年もどうぞよろしくお願い致します。


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2014年 ハワイアンパーティ
          in 宝塚ホテル

2014年10月24日、宝塚ホテルのシルバーの間で、恒例のすみれウクレレ倶楽部・ハワイアンパーティが催された。

先月の外部コンサート出演に続き、連続2つ目のビッグイベントだった。


プレッシャーに病的に!!!弱い自分にとって、この秋は、『覚悟の、試練の秋』と、腹をくくっていた。  
遊びのお誘いも、とにかく、このイベントが終わってから、と日程を遅らせてもらうほど・・・。



私ごとで恐縮であるが、月二回英語のフリートークのサークルに参加しているが、英会話力・教養・話題の無さから、他のメンバー達と比べて、とりわけ自分の発言力の無さに、毎回、本当に情けない気持ちでいっぱいである。
自分の全く違った一面も、一度だけでもご覧頂ければと、勇気を振り絞って、英会話メンバーも、ゲストにお誘いした。

また、何年も前から、イベント前の尋常でない自分の緊張話を聞いてもらっていた友人もお誘いした。

私自身、自分からあえてプレッシャーとなる要因を増やす勇気も無く、今迄、親以外の方を、恐れ多くもゲストとしてお招きするなど、到底できなかったのであるが。



その上、今年は、過去最高のパーティ参加人数となり、軽く100人を超えた(汗;)。


数日前には、ナーバスさに磨きがかかり?!、熱もないのに、なんとな~く熱があるよう~な気分がして、体温を何度も測ったり、ちょっとのどが痛いと、悪化するかも(汗;)と、民間療法の「はちみつ大根」を作ったり・・・。
三日前には、気力が出ず英会話サークルも休んでしまった(;´Д`)



パーティ冒頭のスピーチでも申し上げた通り、私は、ずばり、この年に一度のパーティで、ゲストにお見せする倶楽部員の演奏が、ほんの少しでもより良いものになるように、より良いものになるように、それだけをいつも念頭に置いて練習場に通っている。



ウクレレと言えば、イメージとして、ハンモックなどに寝そべりながら、ちょっと怠け者風のキャラクターが、ポロロンとウクレレを爪弾いて、「まあ、気楽に、適当にいこうやー。」っていうイメージなのであるが・・・・・・、はっきり言う。  私の性格は真逆!!!


うちのウクレレ倶楽部に入部する方も、きっと前者のイメージで入ってくることだろう。

ところが・・・、入部するや否や、
熱血・体育会系倶楽部であることに気づく。

しかし、入ってしまえば、その
「熱血」こそが「常識」となる。



パーティ前の最終練習で、宴会場への入場許可時間を言うや否や、倶楽部員皆が即メモし、必ずやそれ以前にホテルに到着してやろう!と血気盛んにクラスの集合時間を決めている。



当日は、パーティ会場のあるフロアーは全て貸し切り状態になるのであるが、その階のエレベーターの扉が開くと、フロアーの廊下の至る所々にクラス毎の群れができており、朝の挨拶なんかそっちのけで、とにかく、ひたすら、練習している。
ホテルに着くなり、着替える前に、まず練習。
あらまあ。受付をしながらも(汗;)
「1秒が惜しい」精神!!!
綺麗に着飾って、最後の最後の瞬間まで練習・・・。
私は、その熱い雰囲気を見ながら、にやっと、ほくそ笑む。
「これがうちの倶楽部なんだよ。」と。

そんな先輩方の姿を見て、入部したての新入部員達にも、この熱さが当たり前の一般常識となって、
「熱い」すみれの伝統は引き継がれていく。



今年は、口が酸っぱくなるほど、マイクの重要性を説き続けてきたし、ホテル側が用意して下さるマイクも、我々の要望がしっかり聞き入れられ、格段に改善されていた。

それも功を奏して、舞台リハーサルをしている音が外に漏れてくるのであるが、「なんや。うまいやん♪」って、普段の練習以上のものに聞こえ、驚きの喜びを感じた。

私だけでない。
本番が始まり、先輩格の倶楽部員の多くからも、口ぐちに、皆の演奏のレベルアップをたたえる声を聞き、「努力は裏切らない。」、そんな満足感を抱いたのである。


フィナーレでの、「ハワイ・アロハ」の大合唱。
倶楽部員・お客様方の隅々に至るまで、誰もが、晴れ晴れした明るい笑顔でいっぱいだった。\(^o^)/


会長・役員の方々、そして、色々なところで働いて下さった倶楽部員さん達、厳しい練習に耐えに耐えて頑張ってくれた倶楽部員さん達、他楽器の演奏やフラで我々の演奏をレベルアップして下さった方々、
そして、長時間、温かく見守り続けてくれたお客様方。

本当に、ありがとうございました!!!





【後記】
パーティ後の心地良い疲れが、やっと癒えてきた今日この頃、倶楽部員カメラマンが精力的に撮りまくってくれた膨大な写真群を、ホームページにアップするために、整理している。

新入部員の初々しい輝き、先輩部員の貫録、躍動感溢れるフラダンス、宝塚かぶれの(?!)主宰者による歌唱、
そして、なんといっても、客席の笑顔・笑顔・笑顔が、このパーティの大成功を、しっかりと物語っている。

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外部コンサートイベント、出演しました♪

2014年9月27日、塚口のピッコロシアターで、『ウクレレ ボロン ポロン』という、阪神間のウクレレBAND5組による競奏会が催された。


一年も前から、主催者から連絡が入っていた。


皆さんにも公言している通り、私自身、「人様に教えることは何人の前でも平気」人間でありながら、「舞台で演奏する緊張感が大の苦手」人間である。


迷いながらも、倶楽部の上級クラス2クラスに打診してみた。

『絶対、無理強いはしないけど、このイベントに積極的に参加する意志があって、練習がどれだけ厳しくなっても、絶対に耐えることができる!!!強い覚悟がある人』、手を挙げて!


レフアクラスの4人、プアメリアクラスの中から2人、積極的なヤル気満々の返事を頂き、いつもお世話になっているギタリストの松尾さん、ベーシストの高木さん、そして、宝塚フラローイヒクラブから熱田先生とそのお弟子さん、また、元倶楽部員であり現在はパーカッション奏者に転向した御婦人と、総勢12人で出演することとなった。


1年かけて、それはそれは丁寧に練習した。

さすがに、本番前日は安眠とまではいかず、出演前、舞台裏で待機している時に、緊張がピークに達した。

こういう時、いつも頭に浮かべるのが、フィギュアスケートのオリンピック選手。
あのレベルのプレッシャーに満ちた立場にだけは、何万回生まれ変われたとしても絶対になりたくない・・・。   などと、舞台前は、色々なことを考える。




ハワイアンバントと言えば、ウクレレ・ベース・ギターなど、せいぜい、3・4人のユニットで、さらっと歌うのが主流の中において、うちの倶楽部は、とにかくウクレレ人数が多い。

しかも、コーラスにも大変力を入れているため、さらっと、個人個人が好きなように歌うだけでは、到底まとまりがつかない。


そういう意味で、とにかく、「喉を拡げ、お腹から深い声を出すこと」を目標に、歌にもかなり力を入れている。


コーラスも付けて、合唱形式に、深い呼吸で歌いながら演奏するというのは、上達者であればある程、大変な肉体労働であることに気づく。


現に、今回のコンサート前の最終合同練習で、数曲歌った後、体の奥底からくる疲労感を皆が感じたようである。
決してそれは不快のものではなく、「今夜はゆっくり良い眠りに落ちることができそう」な、大変健康的な疲れである。

そんな良質の疲れを感じ取ってくれる程、真剣に歌と向き合うようになってくれたメンバーの成長に喜びを感じた。



さて、この度の私達の演奏は・・・・。

リズミカルな曲は、「ウクレレと歌は、打楽器だ!!!」という私の掛け声のもと、とにかく、パンチ・パンチ・パンチ。

コミカルソングは、とことんはじけて、コミカルに。

ロマンティックなラブソングは、無声音を活かした囁きのような声質・演奏法から、クライマックスでは情熱的な歌唱・演奏法へ。


つまり、ハワイの原曲以上に、情感のこもったドラマティックなものを、私は理想としている。


創立13周年の倶楽部であるが、同じ曲であっても発見はずっと続き、演奏も確実に進化している。



イベントでは、5組のチームが演奏したが、それぞれに個性があり、演奏形態も様々であった。

うちの倶楽部にとっても、まさに、特性を発揮する場となった。



そんな「すみれウクレレ倶楽部」の特性を「良し。」として、長く前向きに通い続けてくれている今回の参加者はもちろん、観客席から熱い応援を送って下さったたくさんの倶楽部員の方々、また、大変永きにわたる年月、ギター・ベース・フラダンス、また、今回はパーカッションで、私達の演奏を、確実にランクアップさせて下さるサポートメンバーの方々、本当に、本当に、ありがとうございました。



【後記】
今、こうやって、エッセイを書いている我が身にも、心地よい疲れが数日たってもまだ消えない。

主人が撮影してくれたビデオを見ながら、今迄見たことの無いレベルの気概が、立ち姿からだけでも表れている方もおり、この一年の練習に臨む真剣な態度・数々の議論などが思い出される。


内輪主体のパーティではなく、久々の対外イベント。
『すみれの看板を背負って、阪神間のハワイアン愛好者の前で、舞台に立つ』という重み・プレッシャーを、私だけが背負っていたのではない。
皆が、同じ気持ちで背負ってくれていたんだという思いが、後になって、しみじみ感慨深く湧き上がる。


息子が校内でも最も熱心な部類のバスケットボール部に所属しているが、私達は、年齢こそ中高年以上(高齢者?!)になったが、青春真っ盛りの学生達の情熱となんらかわりない。いや、それ以上かもしれない。

まさに、「倶楽部」としての十分な輝きを放っているのではないかと、本当に、我ながら、意義深い人生の課外活動の一端を担っていることに、大変大きな満足感を抱いている。

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ありがとう 13周年

 お蔭さまで、2014年6月1日で、「すみれウクレレ倶楽部」は13周年を迎えた。

最近、様々な人達との交わりの場に出ていくことがとても多いのだが、そんな時、「すみれ

ウクレレ倶楽部」を築いてきたことが、自分の大きな自信となっていることを発見し、本当

に嬉しく思っている。


い頃は、勤勉でもなく努力家でもなかった自分が、呆れるほどの情熱で倶楽部は続けてく

ることができた。




一体、いつになったら我が子が「本気モード」になってくれるのか、とやきもきすることも

多い今日この頃、
我が身を振り返ってみると、「本気モード」になったのは、学生時代など

とうの昔に過ぎ去り、結婚で退職し、家庭と両立できそうということで、子供向けの英語教

室の講師をしてからだなあと感じる。



そこでは、親ウケもとても大切な要素で、準備にも手を抜かなかった。

習い事の世界は、ちょっとした負の要因が、即、生徒数の減少に反映される。

逆にいうと、生徒数=人気のバロメーター(自分の仕事における絶対的評価)であり、

厳しいけれど、私にはそのスリリングさがたまらない魅力で、断然モチベーションを上げて

くれた。

満面笑顔の子供達を見ながら、教えることに自分の適性も感じた。


子供相手に、ある意味上品な(?)笑いを提供していた頃と違い、ウクレレ倶楽部では大人

相手、これぞ関西のおばちゃんとして、また一人の母として、妻として、遠慮無しに下世話

なギャグもお構いなしに提供できる今のポジションは、よりしっくりくる。

教材にも教授法にもしっかりしたマニュアルがあって、研修でみっちり叩き込まれた英語教

室時代と違って、ウクレレ倶楽部は、とにかく真っ白も真っ白、全くのゼロの状態からカリ

キュラムを研究・開発し、確固たる責任を持ってアウトプットしていく。


本当に13年間、良いことも悪いことも、一瞬たりとも妥協したことがない!と自信を持っ

て言い切れるのが嬉しい!!!


倶楽部員さん達の中から素晴らしい協力者も現れ、それが役員組織となり、今も多大なご協

力を頂いている。


改めて、こちらで、深く感謝申し上げます。ありがとうございます!!!!!

初期に会長を務めて下さった男性倶楽部員さんが、この春、天に召された。

倶楽部開設当初、まだごく少人数だった倶楽部員さん達と宝塚駅の街角コンサートに出演し

た時、新聞広告で見て、観客として駆けつけてくれたのが彼との初めての出会いだった。

その時の鮮やかな水色のアロハを紳士的に着こなされた姿が、目に焼き付いている。

お元気な頃は、厳しくも優しいアドバイスをたくさん頂き、イベントでも精力的に引っ張っ

て下さる頼もしいお姿を拝見してきた。

晩年は入退院を繰り返しながらも、奥様の車での送り迎えの助けを得て、最後の最後まで「

すみれウクレレ倶楽部員」としてあり続けて下さった。


いよいよ、体力の限界を感じられ、去年の年末に退部の意思を伝えられ、クラスの皆で花束

を持って最後の練習にお越しになるのをお待ちしていたのに、直前に最後の入院をされ

、帰らぬ人となった。


葬儀場に入って、美しい花々に囲まれた絵画のような遺影に、品の良い彼の笑顔を見て涙が

出たが、
会場に流れる、柔らかくも優美なハワイアンの音色に、更に涙が溢れた。

ハワイアンにも色々なジャンルがあるが、まさに彼好みの、昔、裕福なアメリカ人が、豪華

大型客船でたくさんハワイを訪れるようになった頃好まれた、彼のイメージにぴったりのハ

ワイアンであった。


絵画にも造詣の深かった彼の、宝塚ホテルの庭園を描いた絵画作品などのそばには、ウクレ

レケースに立てかけられた彼のウクレレも展示されていた。


レッスン中に一人一人の席を回った時の、彼のウクレレを弾く横顔・指先が目に浮かび、胸

が熱くなった。ご家族などのご挨拶からも、彼の中でのウクレレやハワイアン、そして倶楽

部の占める比重の大きさを感じさせられる葬儀であった。


最後のお別れの時流れた曲、”HE MANAO ALOHA”

優雅さ・華麗さや愛に満ちた歌詞を有するこのハワイアンの超難曲は、彼が所属していたク

ラスのメンバーにとっても、大変思い入れの深い曲。



「ありがとう!!」   参列した倶楽部員が彼に心から送ったに違いない。


もちろん私も、文化全般に造詣の深かった彼のお眼鏡にかなったものの一つに携われていた

ことに、光栄な気持ちでいっぱいであった。


出棺の時、クラスのメンバー達が、場内に流れるこの曲に合わせて口ずさみ、彼を送り出し

た。


人生の長き期間の大切な生きがいとして、喜びとして、一人の人間の中にウクレレ倶楽部が

確かに大きく存在した事実を、更に感慨深く噛みしめながら、これからも真摯な気持ちで関

わっていこうと心に誓った。

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