「日本名水百選」でも知られている越前大野は、町のあちこちに御清水(おしょうず)とよばれる湧き水がありますが、それだけ環境がいいのでしょうね。水道が普及した今も町の人々の生活に利用されている、現役の湧き水ずです。これは、そこに住む人が自然の湧き水を大切に使い、先人から受け継いできたからでしょう。
そんな越前大野の市街から西方に、こんもりと小高い亀山に聳え立つのが越前大野城(別名:亀山城)で、戦国の武将、金森長近が築城し、城下町を整備したのにはじまる。江戸時代には度々火災により焼失・再建を繰り返してきたが、維新後の廃城令で城郭は取り壊され、土塁・石垣のみとなりましたが、1968年(昭和43)に再建された復興城であります。鉄筋コンクリート造りとは思えぬほど、古色蒼然とした趣のある外観をしております。
この大野藩は関ヶ原の戦以後、1600年代前半は越前松平の系譜が在封したが、1682年以降は土井利勝の三男、利房を祖とする土井4万石の城下町として維新までつづいた。
全国に小京都とよばれる町はたくさんありますが、長近が整備した町割りは、碁盤のように整然と区画され、寺が並ぶ「寺町」、「六間通、七間通、八間通」などとよばれる通りがあって、京都にも「寺町」があり、「四条通、五条通・・・・・」と順番をつけた呼び名など京都と共通するところがありますが、長近は意識して京都を模した町づくりをしたのでしょうか。こんなところも越前大野は「北陸の小京都」に相応しい町のようです。
越前大野の「おろし蕎麦」は、美味しいと評判ですので、前々から賞味したいと思っていたが、雨は土砂降り
になり、ちょうど食事の時間でもなかったので食べ損なってしまった。後で知ったが「おろし蕎麦」は、この地方のあちこちにあるらしいので、いずれ食べる機会はあるとおもいます。 |
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