今までにJRや北陸自動車道で丸岡を通るときに、小高い丘にこぢんまりとした城を車窓から眺めて、一度行ってみたいと、かねがね思っていました。
この丸岡城は栞によると、現存する天守閣では最も古いそうですが、犬山城が最古の天守閣てあるという話を聞いたことがあります。まぁ、どちらも古いんでしょうが、この城と犬山城は外観に共通した部分があるようにおもいます。天守に高欄をめぐらせた望楼式というか、その構造など同時代の築城なんでしょう。この城の屋根は「笏谷石」というこの地方特産の石で、越前石ともいわれる石瓦で葺かれた珍しい造りです。
この城も犬山城と同様に国宝に指定されていたが、惜しくも1948年の福井大地震で倒壊し、1955年の再建後に重要文化財に指定替えされたとはいえ、近世初頭の築城様式を今に伝えている歴史的な遺産ですね。城はどこも、その街のシンボルであり、観光資源でもあります。この丸岡城は2層3階の小さな城ですが、遠くから眺めると小高い丘に立つ天守は、丸岡町のシンボルに相応しい姿です。
丸岡城は1575年、今から470年前に柴田勝豊の築城といわれています。江戸期には本多3代、有馬8代と続き維新となりますが、本多家は3代目のときにお家騒動で除封されています。また有馬家は本来、外様でありながら寺社奉行、若年寄など幕政の要職にかかわり、8代有馬道純は幕末に老中に補せられるなど、異例の扱いが目をひくが内憂外患、多事多難の幕末には譜代、外様を問わず、優れた人材の登用が必要だったんでしょうね。
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