目的の村に近づいてくると次第に森が多くなってきた。
 ビーストガーズは森の保護もしているが、中心部では人が通るためや村を作るために木を切ったりする。だが国境付近となるとほとんど開発は進んでいないようだ。道は細く、所々が途切れている。
 空からではその細い道のみが唯一の目印であるため、フィソラも随分と低い位置を飛び、見失わないよう注意していた。
 しかし、そろそろ日が傾き始める時間だ。このままでは道に迷ってしまう。
 「アイリス。村ってあれじゃないか?」
 背びれにもたれて地図を見ていたギルバートが、一点を指差してアイリスに話しかける。
 指差す先には確かに小屋の屋根らしき物が見えていた。遠くで細かい事は分からない。他の家屋は木々より低く見えにくいのかもしれない。
 「どう?」
 アイリスのその声に合わせ、フィソラがほんの少し高度を上げた。目を細めて、小屋を見つめる。
 『いや、違う。小屋と柵はあるが、それだけだ。
 ただの山小屋だろう』
 アイリスがそれをそのまま伝えると、ギルバートはまた道と地図を見比べ始めた。
 許可された猟師が森の中で泊まるためにこういった施設が作られるのはよくある事だ。だが今は猟が禁止されている時期なので、使われてはいないだろう。道を聞くこともできない。
 「やばいな……。そろそろ見つけないと夜になっちまう」
 「そうよね……。ナデシコ! ちょっと来て!」
 アイリスが大声でナデシコを呼ぶ。
 フィソラの翼が風を切る音で声が聞き取りづらいのだが、何とか聞こえたらしい。ナデシコがフィソラの首元まで近くによってきた。
 「何?」
 「村が見当たらないの。あなたでも見えない?」
 ナデシコの鷲由来のその目は、フィソラにも負けていない。
 ナデシコが随分と高い高度まで飛び上がり、ゆっくりと周りを見渡した。だが帰ってきたのは「あかん」の一言だった。
 「道以外で何か目印になるような物って無いのか?」
 「どんな?」
 距離が離れたため、ほとんど叫びながら何とか会話をこなす。
 「そうだな……池とか盆地とかだ!」
 「やったら3時の方向にちょい大き目の池があるで!」
 「サンキュー!」
 地図のどこかにあったはずだ。それを目印にすればと思い、村を捜す。ギルバートの顔が強張り、青くなっていく。
 「……悪い。別の村に行きかけてた。さっきの池のほとりが目指す村だ。」
 「え! 嘘!?」
 「あっホンマや! 確かに村があるみたいやで」
 「もうっ! どうして急いでる時に限って! 急いでフィソラ」
 『ああ、分かった!』
 フィソラが旋回し真っ直ぐ湖に向かい始めた。同時にナデシコも高度を下げて合流する。
 「それにしても、村を間違えるなんて珍しいわね。どうかしたの?」
 「あ、いや。その………」
 「どうかしたのね!?」
 フィソラの飛行が安定した後、ギルバートはまず任務の紙を全て読んだ。
 その中の一言についてずっと考えていたために次に地図を見たとき目的地を間違えるという致命的なミスを犯したのだ。
 それを言おうにも、考えた内容をアイリスに話してはいけない。なんとなく止めて置いたほうがいい気がするのだ。
 紙に記されたたった一言の言葉。以前の戦いで老人から得た情報の一つ。おそらくそれはアイリスを指す。
 四属の巫女。その下には調査中の3文字。
 「悩みがあるなら私が相談に乗るから……」
 ギルバートが言うべきかどうか考えていると、いつの間にかすぐ近くで、アイリスが心配そうに見つめていた。
 心配してくれる事自体はギルバートにとって嬉しい物であったが、言うわけにもいかない。
 ただの直感なのだから話してしまってもいいのではとも思うのだが……何かが頭に引っかかる。そのたびに言うべきでは無いと言う結論に引き戻されるのだ。
 「ねえ……言えないの?」
 「別にそういうわけじゃ……」
 「ギル様って、ほんま優しいなぁ」
 突然ナデシコがフィソラの背中に乗り移る。
 「いっぺん忘れてしもた時、ウチがこの村やって間違えて教えたのに……。責められるんちゃうか思て隠しといてくれるやなんて!」
 「なんだ……そうだったの?」
 「そ、そうそう。ばらしてよかったのかナデシコ?」
 「ウチは別にええで。大変な事になる前にちゃんとギル様がカバーしてくれたんやから」
 「良かったー……」
 そんな会話をしながら、ギルバートは頭をミキサーのようにフル回転させていた。そんな事あったか?
 可能性はある。四属の巫女という言葉に頭がいっぱいで地図を見た最初の記憶が無いからだ。
 もしかしたらナデシコに聞いたのかもしれない。……だがそこで、なぜ賢いアイリスに聞かず方向音痴のナデシコに聞いたのか。
 本当にそんなことをしたのか? だが、頭がいっぱいでボーっとしていれば……。そんな堂々巡りを自らに投げかけても答えは決して見えなかった。
 とはいえアイリスは笑顔を取り戻し、フィソラの首元で前を向き落ち着いている。村に下りるわけにはいかないので村の外に下りるか、それとも湖の岸に降りるのか、それを相談しているようだ。
 そんな光景を見ているとこの事実が本当かどうかなんて些細な事のような気がして、ギルバートは考えるのをやめた。残ったのは秘密がばれなかった事に対する安堵だ。
 それでいいじゃないかと落ち着いたギルバートに、ナデシコが近づいた。
 「アイリスには言いたくなくても、ウチやったら言えるやんな?」
 そう言ってギルバートにウインクし、フィソラから飛び立って行った。ばれているなら隠すこともできない。
 だが、ナデシコだ。
 「どうせ忘れてるだろ」
 ギルバートが暢気につぶやいた。

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