「フィソラ!」
 ビーストガーズの正門から出てアイリスがそう一言発すると、三人の目の前に大きな光の玉が出現した。光がゆっくりと消えてゆくと中から一体の真っ白なドラゴンが現れる。
 体長は約4メートル。高さは約3メートル。大きな体を4本の足でどっしりと支えていた。
 背骨に沿っていくつも背ビレが生え、その両側にはやや小ぶりな翼が一対生えている。
 体中が光沢のある真っ白な鱗で覆われ、じっとしていると雪像のようだ。 幼体特有のクリッとした空色の瞳は可愛いと同時に極めて美しい。だが、額に輝く5つの水晶には敵わないだろう。
 真珠のような円形の水晶、それを囲むように赤、黄、青、緑の水晶が埋め込まれている。
 ドラゴンの中で極めてレアかつ高位の存在、エンシェントドラゴンである証だ。
 「フィソラ。さっきの話だけど……」
 アイリスが申し訳なさそうに話しかけた。
 『分かっている。乗れ。急がねばならないのだろう?』
 フィソラが前足を上げ、アイリスはそこに足をかけて背中によじ登る。
 ギルバートとナデシコは突然のフィソラの召喚とアイリスの慌てた様子を、ただ見ていた。
 「二人とも早く!
 あ、ごめんナデシコ。あなたの方が速いからできるだけ自分で飛んで! 長距離を飛ぶからフィソラの負担を減らしたいの」
 「それは別にええけど……」
 途惑いながらも、反射的にナデシコが返事をした。
 「ありがとう。何やってるのよギルバート! 早く!」
 「悪い……何を慌ててるんだ?」
 一瞬空気が止まる。アイリスが「え?」と言葉を漏らし、フィソラが二人を見つめる。
 見つめられたギルバートとナデシコは責められている事が分かるものの、なぜそうなっているのかはまったく分かっていなかった。
 「ワイスンさんが言ってたじゃない! 急げばまだ宿に居るかもしれないって!」
 「けどお前って、フィソラをこういうことで召喚するの嫌だろ?だいたいフィソラに乗ってもせいぜい半日早くなるだけだ。たったそれだけの差のためにフィソラを疲れさせるのか?
 そのまま、もし出会ってすぐ戦闘になったとしたらどちらが不利かなんて言うまでも無いだろ?」
 ナデシコが隣でウンウンと2、3度頷き、「さすがギル様。日数の計算までしてなかった」と言って三人から注目を集めた。
 「凄いやろ? ……凄いんやんな?」
 アイリスが大きなため息をつき、フィソラの背に乗ったまま二人を見つめる。
 「ギルバートの言った事にも一理あるけど、時間が掛かる場合のデメリットが大きすぎるの」
 「……どういうことだ?」
 少し考えたがギルバートとナデシコには分からなかった。
 「まずここでフィソラに乗って急いだ場合。
 デメリットはフィソラが疲れること。だからもしすぐに戦いになったら私たちだけで戦う事になるわ。確かに不利ね」
 「だろ?」
 「でも、歩いて移動に時間がかかった場合を考えて。
 まず最低なのが老人は逃げた後だったって事。そんなの話にならないでしょ?」
 「けどそうとは限らないんじゃないか?」
 「うん。でも確率は圧倒的に高くなるわ。
 ワイスンさんの元に情報が入ったのは昨日。仮に毎日情報が入るとしても届くまでにたぶん一日はかかるから、老人が目撃されて今日が3日目なの」
 「なるほどな……」
 「今ので分かったん!?」
 頷くギルバートをナデシコが見つめる。
 「分からないの!? あのマジックアイテムの強制催眠を感じたあなたなら、あれの最低効果範囲はなんとなく想定できるでしょ!?」
 「……あっ! こういう事やな!
 あん時の任務は二日間の森でのパトロール。
 前から老人があの森におったとしてもマジックアイテムを森中に使うのに3日あれば十分。今から行く森も規模は同じくらいやからそれくらいで密猟は終わって、当然老人は引き上げてまう。
 って! えっ! つまり今から一日かけるとタイムリミットやん!」
 ナデシコが事態を把握し翼を出した。ギルバートもフィソラの上によじ登ろうとしている。
 「そういうこと。他にもフィソラだけ疲れる場合より私たち3人共が疲れるほうが戦力のダウンは大きいとか、時間をかければ魔獣だけを集めた部隊を作ることもできるとか。
 とにかくたくさん、上げたら切りが無いの」
 「ん? ……魔獣だけを集めてくれれば数が少なくて楽なんじゃないか?」
 ようやくよじ登って一息ついたギルバートが首をかしげる。
 「何言ってるのよ!前回と違って強い種族をより精密に操れるようになるはずなのよ!?
 前みたいに弱い動物の陰に隠れる事もできないし、突破してしまえば追いかけては来ないっていう弱点が無くなったら勝てる?」
 「それはやばいな……。急ごう!」
 『もちろんだ! というよりも、待たせていたのはお前たちだろうに……』
 フィソラがため息をつき、翼を羽ばたかせて飛び上がる。ほぼ同時にナデシコも飛び上がった。
 高度が上がり安定した背中の上で、ギルバートが地図を取り出す。目指す村を見つけて二人に声をかけると、すぐにビーストガーズは見えなくなった。

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