終章


 空は晴れ渡り、小鳥はさえずり、予知魔法の結果は降水確率ゼロパーセント。絶好の帰還日和だった。
 魔獣の石化を解き、治療を済ませ、いろいろやって、あれから2日ほど過ぎている。
 その間にギルバートはアイリスに聞かなければならないことがあった。
 フィソラの力についてだ。
 あれはフィソラの持つ本来の力であり、召喚者の実力が上がると使えるようになる。
 それをアイリスは故郷の村で長老から聞いていたのだが、その時ギルバートは怪我を負って眠っていた。
 だがその説明を聞いても、ギルバートには腑に落ちない点があった。
 あれはどう考えても、アイリスの気持ちに反応していた。力がどうのではないのではないか。という具合だ。
 「結局力って……思いから来るものなのか?」
 帰り道で、歩きながら呟く。  そういう面は大きい。思いが弱くなれば、アイリスの死に様を話されたギルバートのように動けなくなる。
 逆に思いが強ければ、さまざまなことができる。ギルバートが人より傷つきながらも戦えるのは、そうした思いによるものだ。
 「いや、でもなぁ……。思いだけじゃ、なんともならないんだよな……これが……」
 思いだけでは、結局なんともならないのではないか。アイリス、ナデシコ、フィソラが負けた事はまさにその例だと思えてならない。
 「………う〜ん」
 「何悩んでるの?」
 隣を歩くアイリスがギルバートに話しかける。
 「いや……今回のミッションっていろいろあっただろ? でな……」
 ギルバートが口をわなわなと意味なく動かす。「あー」や「えー」など意味のない言葉が漏れていた。
 言えるはずが無い。思いって一体なんなんだろうな?
 らしくないにもほどがある。アイリスは絶対に笑いはしない。ただ、ギルバートの頭を診察するのだ。
 「……あ、いや……その……。なんだ……」
 「どないかしたん?」
 アイリスとギルバートの隙間から、ぴょこんとナデシコが顔を出す。
 「いや、その……」
 「どうかしたの?」
 アイリスが心配そうに尋ねる。
 「別にたいしたことじゃないって……」
 「どうかしたんでしょ!? 悩みがあるなら私が相談に乗るから!」
 アイリスは真剣だった。ただこっ恥ずかしいだけで心配させるのは悪い気がして、ギルバートは言ってしまおうかと思う。
 だが、あることがそれを辞めさせていた。
 「ウチかて相談やったらのるで! むしろアイリスよりのるからいつでも言ってや!」
 ナデシコがいるのだ。ここで言えばおそらくリーリアにも伝わる。
 リーリアの情報網は超一流。この程度の噂など一日で広まる。
 そう、ギルバートが「思いってなんだろ?」と詩的な、ファンシーな、もしくはメルヘンチックな事を言っていたと、組織中で話題になるのだ。
 それはなんとしても避けたかった。
 「ねえ……言えないの?」
 「あれ?」とナデシコが呟く。
 「いや、その、実はとても人前ではいえないようなことを……」
 アイリスが顔を真っ赤にして胸元を押さえた。
 「エッチ! スケベ! 変態!」
 「おい、ちょっと待て! 違う! 少なくとも今のは……」
 「じゃあやっぱり考えてたのね!?」
 「う……まぁ……昨日は……。けど仕方ないだろ! あれだけ裸体を見せられたら!」
 「裸体って!? ぎりぎりだけど隠れてたわよ!」
 「それでもあれだけ服の下を見せ付けられたんだ! 男なら……その……いろいろ考えちまうだろ!」
 「最っ低!」
 二人がギャアギャアと大騒ぎする中、ナデシコがはっきりと呟いた。
 「こんなん前も無かったか?」
 フィソラの背中の上だ。喧嘩にはならなかったが、その前はそっくりである。はっと、ギルバートがそれに気づいたとき、すでにナデシコは「おおっ!」といってポンと手を叩き、ギルバートにだけ聞こえるよう耳元でささやいた。
 「秘密って何や? なぁ? ウチになら言えるやろ?」
 「何それ!?」
 アイリスにもしっかりと聞こえていた。

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