石化を解く作業を一刻も早く始めたかったため、老人は北の国支部の団員に引き渡した。
この村からだと本部より支部の方が随分と近かったためだ。
老人と離れて居たかったギルバートは、その間に村人を呼び戻しに向かい。そして今、村の中は人で溢れている。
何人かには魔獣の石化を解くための手助けもしてもらっており、三人からほんの少し離れた場所に魔法薬が並々と湛えられたビニールプールがある。
時々魔法への抵抗力の強さが関係しているのか、プールの中に入れた途端元に戻る魔獣がいてバシャバシャと水しぶきのあがる音が聞こえていた。
事情を知らない者が見れば、夏にプールで遊んでいるように見えただろう。
さっきまでの激しい戦いが嘘のような、のどかな村の風景だった。
「つまりこういう事やな?」
ギルバートとアイリスが限りなく疑わしい物を見るように見つめる中、ナデシコは理解したとばかりに話し出す。だが3度目だ。
「ウチとフィソラはギル様に惨状を見せ付けるために、わざわざ生かされとった。
ギル様は森で襲われもせんかって、戻ってきた後老人と戦った。
ほんで……アイリスは……」
ナデシコが疑わしげにアイリスを見つめる。
「バジリスクの毒を浴びても生きとった……嘘臭ないか?」
「嘘じゃないわよ!」
「ああ、どうも本当みたいだぜ。アイリスの首には確かに噛まれた後があるのにこの通りぴんぴんしてる。
なぜか、まったく毒が効いてないみたいなんだ。
……なあナデシコ。みんな生きてるんだからそれでいいだろ?」
ナデシコがほんの少し考えた。
「ウチはこれが幻覚や無いかだけが心配なんや。なんか証拠とか無いか?」
「だったら……。フィソラ、あの姿になれる?」
すぐ近くで作業を続けていたフィソラが振り向く。口には小さめの魔獣をそっと銜えていた。
体をほんの少し動かし、疲労感などが無いか確かめた後。
『一度目の変身を途中で取りやめているからな。おそらく短時間ならば可能だ。だが琥珀が無い今、どうすればよいのか……』
そう言いながら魔獣を下ろす。下ろした魔獣を村人がプールに放り込む。
「たぶん大丈夫よ」
アイリスが目をつぶり、魔力のコントロールに集中し始めるとフィソラの足元が、緑色に輝き始めた。
そこから今度は岩が飛び出し、驚くフィソラを包み込む。そして、次の瞬間岩が砕け散る。
あのカラフルなドラゴンがそこにいた。村人が見上げて騒ぎ始めた。
「琥珀ってもう必要ないみたいね。これでどう? ナデシコ?」
「……そうやな……確かにウチが始めて見る……」
「どうしてそれが証明になるんだ?」
『えっ!』っという顔でアイリスとナデシコがギルバートを見つめる。
「ウチでも知っとんのに……」
「えっと……幻覚っていうのはかけられた人の記憶や想像に訴えかけて見せるものなの。
だから思い描いた姿とか、以前見た姿とか、そういうのじゃない何かが出てくる場合は幻覚じゃないの」
「そうなのか……なるほど。
とりあえずさっさと作業をするか。二人ともしばらく休んで、元気になったらまた来てくれ」
そう言うやいなや、アイリスとナデシコは二人共が、同時に口を開いた。
「私も手伝う」
「ウチも手伝う」
二人が顔を見合わせ、火花が散る。
やれやれとため息をついて、ギルバートは頭をかいた。
本当ならもう少し休ませておきたかったが、この状態の二人を一緒にしても休まらない。そう感じていた。
「元気なら二人とも頼む」
キッと二人がギルバートの目を睨み、次の瞬間思い思いに手伝いを始めた。恐ろしいほどに迅速な行動だ。ナデシコはとにかく手に付く魔獣をプールに押し込み、アイリスはグランドチェーンで器用に魔獣を運ぶ。
二人が作業を始めた途端、村人たちはフィソラの姿を見たとき以上の歓声を上げた。むやみに手伝うよりも、離れて観客に徹しているほうが邪魔にならず早く済むぐらいだったのだ。
「さすが天使様!」
「すげえな嬢ちゃん!」
応援が飛び交い、まるで試合のようだった。当の二人もそのつもりだ。
元気に動き回る二人。ついさっきまではもう二度と見ることのできない光景だと思っていた。目頭が熱くなったがギルバートはそれをぐっと堪えて、作業に加わろうと歩き出す。
ふと足を止め、考える。
「……そういえば……何でアイリスは生きてるんだ?」
四属の巫女という言葉が浮かんだが、不明だからといってそれで全てを片付ける気にはならなかった。
だからといって別の考えが浮かぶことは無かったが……。
「まあ……いっか!」
作業に加わった。
そして邪魔になっていた。
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