第7章:戦い終わって


 「う……う〜ん……」
 「起きた!? 大丈夫!?」
 石化を解かれたナデシコが最初に見たのは、新しい服に着替えたアイリスだった。
 ナデシコが目をつぶる。
 「……ウチは何も見てへん……見てへんよ。見てへんからな……」
 静かにぶつぶつとつぶやき始めた。
 「どうかした?」
 「嫌や〜!ウチはまだギル様と結婚もしてへんのに、何で今アイリスと会うとるんや〜!」
 「何のこと?」
 「何のことて! あんた死んどるやん!?」
 「……」
 アイリスが黙ってこめかみを押さえる。ぴくぴくしていた。
 一日で3人から死人として扱われば、イライラもするだろう。
 「ギル様と結婚してない! やから人生を楽しめてない!  そんなんでウチは天国なんか行かへんからな! 親切はありがたいけどほっといて!
 ここかて随分気持ち良さそな地面やけ……ど……あれ?」
 目を瞑って喚いていたナデシコが、地面に手をついてムクッと起き上がる。満足いくまで地面をさすり、手を止める。
 「天国の地面って……雲やないんやな」
 「違うわよ! どう考えても!」
 「地面やな……」
 「そうじゃなくて……。生きてるの! あなたも! 私も! ギルバートも!
 あとどうしてみんな、私が死んだことを前提にしてるの!?」
 「そっか、そういうことか……」
 ナデシコがパンと手を叩く。ようやく分かってくれたのだとアイリスがため息をついた。
 「全部、夢」
 「何で!?」
 「おっ! 目が覚めたんだな!」
 石化を解くために離れた場所にある石像を運んでいたギルバートが、小ぶりの石像を担いだまま走ってきた。
 「で、アイリス。ナデシコの状態はどうだ?」
 「あ、ごめん。ちょっと待って。
 ナデシコ、少しの間動かないでね」
 そう言ってアイリスがナデシコの首に手を当てる。そのままほんの少しだけ動かして止まる。
 規則的な脈。少し早いぐらいなのは、事態を把握しきれていない不安から来るものだ。それに今回は、早い位がちょうどいい。
 石化は完全に体の代謝を止めてしまう。その時最も影響を受けるのは動き続けるはずだった心臓だ。血液の流れが完全に止まった中で、ポンプとして再び動くのは負担が掛かる。
 そこが完全に動いているようなら、後遺症のようなものは一切無いだろう。
 アイリスがそっと手を離す。そしてナデシコの体を下から上へと舐め回すように見つめる。
 「なにやっとるん……」
 「……ナデシコ、ちょっとごめん」
 そう言ってアイリスがナデシコの胸元を少しだけ下げた。
 「なっ……!」
 ほとんど隠れたままだったのだが、チラリと表れた谷間はしっかりと外気に晒された。ナデシコが真っ赤になって後ずさる。
 「大丈夫みたいね……」
 「どこがやねん! 見てみい」
 とナデシコが指差したのはギルバートだった。顔を赤くしてそっぽを見ている。
 俺は何も見なかった。何も見ていない。と言葉に出さずともはっきり伝わるほど、露骨だ。
 「乙女の柔肌を見せるやなんて何考えとるんや!?」
 「ごめん! でも、石化中にヒビが入りやすいのってそういう凹凸があるところだから必要だったのよ」
 「そんなんで納得できひんわ! いくら夢やからっ……て……」
 ナデシコが急におとなしくなり、静かに俯いている。
 そして「どうしたの!?」とアイリスがそっと聞こうとしたころ、ナデシコがポツリと呟いた。
 「これ夢や……」
 ナデシコが急に立ち上がり、ギルバートに抱きついた。
 「お、おい! ナデシコ!」
 やわらかい二つのふくらみをしっかりと背中ごしに感じ赤くなりながら、それでもギルバートはすっかり鼻の下を伸ばしていた。
 「夢でくらい、いい思いしときたいしなぁ〜」
 ナデシコは甘えたようにそう言うと、抱きついたままゆっくりとギルバートの前へと回る。
 そしてじっと目を見つめ、
 「ギル様だぁい好き」
 柔らかな声でささやく。
 ギルバートの顔を両手で掴み、そっと自分の顔を近づけた。お互いの唇が触れ……。
 「夢じゃないって言ってるでしょ!」
 アイリスが真っ赤になりながら、ナデシコを羽交い絞めにしてギルバートから引き剥がす。
 「まったくもぅ! なにが乙女の柔肌よ!
 あなたもどうして抵抗しないの!」
 「……だってなぁ……」
 苦笑いを浮かべるギルバート。その姿を見てアイリスが大きなため息をついた。

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