「あ、ありがとう。えっと……これってフィソラが?」
 ぎりぎりだったが、アイリスは突如出現したアブソリュートプロテクションによって守られた。
 赤々と燃え盛っていた炎すらもフィソラが出現させたその盾の前にはあまりに無力で焦げ跡一つ残していない。遠めにもアイリスが無傷である事が確認でき、ギルバートが腰から崩れ落ちた。
 『そうだ。そこからは出るな! まだ敵がいるようだ!』
 フィソラが火の飛んで来た方を見渡した。続いてギルバートもそちらを見る。
 小さくて見失いそうだったが、赤いドラゴンが飛んでいた。元のフィソラより大きい。
 成体。一瞬の油断が命取りになる相手だ。
 『誰かいるのか!? 姿を見せろ!』
 すっと、ドラゴンの背からフードをかぶった男が姿を見せる。
 ドラゴンは野生にはほとんどいない。野生にいる者も幼生で、ほぼ確実に、成体になる前にドラゴン使いに召喚される。
 ドラゴン使い。フィソラの声に応えたのだから、この男もそうなのだろう。
 「………」
 男は何も話さず、ただ老人を一睨みした後、ギルバートを指差す。
 赤いドラゴンが火を吐いた。
 ギルバートがキュアバブルごと火に包まれる。だが、それだけで火は消えてしまった。
 「チッ!」
 ギルバートへのダメージが一切無いと分かると男は舌打ちし、騎乗するドラゴンはゆっくりと方向を変えて離れていく。
 『くっ! 追うぞ!』
 「うん!」
 「駄目だアイリス! フィソラをよく見ろ!」
 ギルバートがキュアバブルの中から呼びかけた。
 アイリスがフィソラの顔、正確には額を見つめた。最も異変が分かりやすい。
 額には、エメラルドのような大きく円い水晶。地属性に大きく偏ったために地属性以外の水晶までもが変化し、合わさった物だ。
 だがその宝石は、少しずつ色が変化していた。注意深く見てようやく分かる程度だが、それでもいつか完全に変わるに違いなかった。
 「たぶん元に戻るってことだ。その体じゃとてもじゃないが速くは動けない。
 追ってる間に元に戻って、攻撃されたらきつい」
 『いや、まだだ! 変身してからまだあまり時間が経ってはいない!』
 「上位ドラゴンへの変身だから、もしかしたら変身時間が短いかもしれないわ」
 アイリスがじっとフィソラを見つめる。
 『だが……』
 「お願い! いきなり攻撃されて怒ってると思うけど……危険な目に会って欲しくないの!」
 『む……』
 あくまでアイリスに攻撃されたから怒っているのだが、当のアイリスに頼まれては……。
 『……分かった』
 諦めるしかなかった。
 「ありがとう」
 アイリスが柔らかな笑みを浮かべ、フィソラをなでる。
 「じゃ、後はこいつを引き渡すだけだな」
 ギルバートが老人を見つめた。
 「引き渡すの!? どうして!?」
 『そうだ! ここまでやっておきながら、なぜ仕上げを他の者に!』
 アイリスとフィソラが目を見開いてギルバートを見つめた。当のギルバートは苦しげな表情を浮かべている。
 「マジックアイテムは破壊したんだ。今掛かってるやつの催眠も解けた。
 力を無くしてて、しかも老人で身体能力は低い。誰でもできるんだ」
 「……それが本音じゃないでしょ?」
 ギルバートが黙り込む。意を決したように口を開いた。
 「その……軽蔑しないでくれよ」
 「どういうこと?」
 ギルバートが空に浮かぶ箱を見つめた。
 「ナデシコの石像を見たとき、俺は何を仕出かすか分からない。殺さずにいる自信も無い。
 だからさっさと、俺の目の届かないところに奴を送りたいんだ」
 アイリスはじっとそれを聞いていた。
 「そう思って当然よね……。  うん。老人の連行は組織に任せるわ」
 「ホントか! サンキュー、アイリス。無茶言って悪かった」
 そう言って振り向いたギルバートの顔が、少し強張った。
 「参ったな……。あんなにたくさん……」
 「え? 何のこ……あ………」
 無数に転がる石像。これだけの石化を解くためにどれだけの魔法薬が必要になるのか……。
 商業の町なので揃うだろうが……どれだけお金が飛ぶのか……。自分で掛けた石化なのだから、当然経費では落ちない。
 「宿といい、魔法薬といい……。完全に赤字だ。
 ……良かったな。ビーストガーズの給料が高くて」
 「本当だったら路頭に迷ってるわね……」

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