「な、ならば! 先に倒すだけの事じゃ! 殺れ!」
 魔獣がフィソラに向かって突撃し始めた。
 アイリスが「上げて」とフィソラに話しかける。
 今の高さでは前足をよじ登る事などできないのでフィソラは頭を差し出し、アイリスは「ごめんね」と言いながらそれを登りはじめた。
 だが急にフィソラの体が揺れる。回り全ての方向から魔獣がぶつかったことで逃げ場をなくした衝撃は、フィソラの体を激しく揺らし、ぴしぴしと何かが砕ける音がした。
 「フィソラ! 大丈夫!?」
 『まさか……ここまでとは……』
 途切れ途切れの念話。
 「そんな!? 守りをつかさどる地属性の……」
 『そうだな……私自身ここまで硬いとは思わなかった』
 「え?」
 『ぶつかったようだな』
 「ぶつかったって……魔獣の爪とかは!? 刺さったりしてないの!? 痛いとか……」
 『全くない』
 当然ぶつかる時には多くの魔獣が武器を出す。尻尾から針を出すもの、鋭い爪を出すもの、嘴を構えるもの、様々だが全て人間を簡単に殺す事ができる武器だ。
 それらは全てがフィソラの体とぶつかり合い。その根元までフィソラの体に当たっていた。武器は?
 「大丈夫だアイリス! 砕けてるみたいだぜ!」
 どれ一つとして、フィソラの鱗に傷1つ付けることはできなかった。当たるやいなや、自らの衝撃を受けて粉々に砕け散っていた。
 「バカな! このような事、あるわけが無い!」
 老人がまくし立てるその間にも、ブレスによって魔獣は石化し、もはや老人に魔獣はほとんど残っていなかった。
 「まだじゃ! まだ手はあるわい!」
 慌てた老人が懐に手を入れ、マジックアイテムを取り出す。
 「その力! わしの物にしてしまえば!」
 壷に描かれた魔法陣が輝く。
 甲高い砕け散る音。バラバラと老人の足元に、真っ黒な破片が落ちた。
 「なっ! バカな……!」
 壷は砕け散った。
 周りを囲むほんの少しの魔獣も催眠が解け、ばたばたと気絶している。
 「やっぱり……。キャパシティーを超えたのよ」
 「キャパシティー?」
 ギルバートが首をかしげた。
 「えっと……能力。その限界を超えたのよ」
 「何でだ?」
 「何でって……これだけの魔獣を操りながら、これだけ強くて契約者もいるフィソラを操ろうとしたんだから当然じゃないの!」
 強いものを操るにはそれ相応の強い力、契約として他のものと強い繋がりを持つ者にはそれを断ち切る力が必要だ。
 それに加えて老人は強い魔獣ばかりを集めて、しかも催眠を解いていない。更に属性の化身とも呼べる今のフィソラを操ろうとすれば、マジックアイテムが能力の限界を超えるのも頷ける話だった。
 「ビーストガーズ新人アイリス。動物虐待、及び殺人未遂の現行犯であなたを逮捕します」
 老人はうなだれて、声も出せずに下を向いていた。。
 「……終わったな」
 キュアバブルの中でギルバートがつぶやく。
 終わった。老人はこれで捕まり、あのマジックアイテムを渡した者についても判明するだろう。
 全て終わった。老人自身さえそう思い、逃げもしない。
 「大地に眠りし、鉄の塊、今敵を拘束する鎖となってかの者の動きを止めよ “グランドチェーン”」
 鎖が老人の両腕と両足を縛る。
 だが魔法である以上魔力が必要だ。もし老人とアイリスが離れすぎれば、鎖は崩壊してしまう。
 「ふぅ……。ねぇギルバート、手錠持ってる?」
 急に出てきたため、荷物は宿に置いたままだった。
 「宿屋から持ってきてないのか?」
 「うん……とりあえず縄とかでもいいんだけど……。フィソラ、悪いけど老人見ててね」
 そう言ってアイリスが路地へと向かう。縄って、なんとなくごちゃごちゃとした狭い所に置いてある気がした。
 「無いわねぇ……う〜ん……こっちは……」
 空が光る。
 「あっ! あった!」
 「逃げろアイリス!」
 ギルバートが叫ぶ。完全に油断していた。遅すぎる!
 「何? え……!?」
 アイリスが振り返った時、それはすぐ近くに迫っていた。血の気の引いたアイリスの顔が、赤く照らされる。
 『アイリス!』
 巨大な火の玉がアイリスに迫っていた!

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