第6章:目覚める力


 「え……」
 「おい……それって……」
 「バカな……!」
 硬い物に当たってナイフが止まる。
 「これって……一体……」
 まるで妖精のように不思議な点滅を繰り返すそれは、今までどんな状態に陥ってもこんな風に動いたことは無かった。
 「もしかして……」
 守りを司る地属性。その結晶である宝玉。琥珀。
 それは間違いなくアイリスの心に反応していた。
 「それを抑えろ! でなければあの石像を砕く! 良いのか?」
 「駄目っ!」
 アイリスの意思に呼応するように琥珀が一段と強く輝き、老人の瞳が見開かれる。
 ゆらゆらと、すうっと、まるで水に沈むような自然な動きで琥珀が地面に沈み、消えた。
 「慌てさせおって……さあ、大人しく!」
 「フィソラ! 強く皆を守る私のパートナー!来て!」
 アイリスは思い浮かんだ言葉を言ったにすぎない。だがその言葉は偶然にも、フィソラと最初に出会った時の言葉であった。
 変化は一瞬。琥珀の沈んだ地点から緑色の光が溢れ、まるで地面から浮かぶようにしてフィソラが現れる。だが、その体は冷たいままだ。
 「石像など呼び出したところで!」
 「石像なんかじゃないわ!」
 老人が首をかしげるのも無理は無い。何が起こるかはアイリスのみが、いやアイリス自身もどれほどの事になるかは知らないでいた。
 だが、これだけは言える。
 「生きてるのよ!」
 絶対的な確信を秘めたアイリスの言葉に、気づけば老人は足が震えていた。目の前で石像に亀裂が入り今にも砕けようとしているのを見て、喜ぶべきはずなのに恐怖は増してゆくばかりなのだ。
 石像は見る間にヒビで埋め尽くされ、爆発した。一瞬のことで本当にそうだったのかは誰にも見えていない。だがそうとしか思えない程の粉塵が立ち込める。ギルバートと老人はその風に目を瞑る。ただ1人アイリスだけが直立不動で、表面が砕け散った石像からまるで生まれるように出てきた巨大なドラゴンを見つめていた。
 翼は無く、ごつごつした山のような巨大な体。メインストリートの半分以上を占めるその巨体を、太く短い4本の脚が力強くどっしりと支えている。足元の地面が重さに耐えかね、割れた。
 短く太くなった首は地面すれすれを通り、その先には角ばった大きな頭。クリッとした瞳は健在で、色は地属性の象徴の色であるライトグリーン。
 額には巨大なエメラルドのような宝石が埋め込まれ、頭といわず体といわず全身を色とりどりの宝石が覆う。この宝石は鱗その物。さらに鱗の表面はダイヤが覆いつくす。
 魔法は宝石というパワーストーンによって、物理攻撃は硬いダイヤによって。死角の無い完全なる守りの力を持つドラゴン。
 その名はジュエルドラゴン。
 「石化だって地属性の力」
 ドラゴンが一歩アイリスに歩み寄ると、シャラシャラと鱗の擦れあう音が聞こえた。
 雰囲気だけで、老人は黙り込んでいたのだ。
 「地属性究極の力なら、打ち破るなんてできないはずが無いわよね?」
 『その通りだ』
 聞きなれた言葉は、アイリスの脳に直接届く。念話、ドラゴンとドラゴン使いが使う特別な会話だ。
 『聞こえていたぞアイリス。お前が望むとおり私はこの力で全てを守ろう』
 「ありがとう、フィソラ。
 ……降参してください。もう、勝ち目はありません」
 老人はナイフを構えて、フィソラではなく空を見つめた。

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