老人が急いで振り返る。そこには鉄の柱があった。大量の鎖が集まりその形を作っている。
それが折れ曲がり、老人の目が恐怖に見開かれた。魔法であっても鎖は鎖。これだけの量が一度にのしかかってくれば全身の骨を折って死ぬだろう。血も大量に流れるに違いない。
これが自分以外の誰かなら、老人は手を叩いて声がかれるまで笑っていただろう……。
「お前は俺の仲間をこんな目に合わせるつもりだったんだ!」
ギルバートが怒鳴る。老人がそちらに気を取られているため、2体の魔獣も足元の魔獣も動きを止めていた。
「うっ……うあああああああ………!」
老人の叫び、ギルバートにもアイリスにも迷いは無い。どうするかなんて決まっている。
「アイリスも生きてるしな」
ギルバートがつぶやいた。
「キャンセル!」
アイリスの声に合わせて鎖が白色の半透明な魔力の塊に変化し、実体を失う。老人を通り抜けて地面に落ちたそれは細かく割れ、まるで羽のように空を舞った。
「やっぱり殺さないのか……」
大筋はギルバートの予想通りだった。
アイリスはギルバート1人に大きな負担が掛かるような作戦を実行したりしない。囮になる事は分かっていたが、その分とどめはアイリスが付けるだろうと分かっていた。そしてアイリスは絶対に人を殺したりしない。おそらく犯罪者であっても、逃げた死刑囚であってもだ。
ナデシコとフィソラをあんな目にあわせたことを考えるたび、ギルバートの脳裏には「殺せ、殺せ」ともう一度声がしていた。だがアイリスが生きていたことで、誰も死んでいないことで、それが正しく無いと分かるぐらいには理性が戻ってきていた。
さえぎる物が無くなり悠々とたどり着いたギルバートが、呆然と立つ老人に剣を突きつけた。
「ビーストガーズ所属、ランク新人のギルバート。殺人未遂、動物虐待、職務妨害の現行犯でお前を逮捕する! 助けてくれたアイリスに感謝しろ!」
老人が笑い始めた。
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