走り出したギルバートに数十体の魔獣が迫る。力の差は明らかだったが、ギルバートは更に脚に力を込める。
「速き動きの象徴よ、その動きの素早きを彼に与えたまへ “クイックウインド”」
アイリスのその言葉と同時にギルバートの足を小さな竜巻が包みこみ、足が軽くなったような感覚と共に速度が上がる。
だがこれだけではない。
「だぁー!」
掛け声と共にギルバートは高く飛び上がり、魔獣の背に飛び乗った。振り落とそうと魔獣が暴れ始めるが、バランス感覚が良い事に加えて足が軽いのでほとんどふらつきもしない。しかも、上に乗ってしまえば踏み潰される心配も無かった。
だが例の如く、ヒポグリフが鋭い爪を向けて飛び掛ってきた。
「強き攻撃の象徴よ、彼に一時力をかしたまへ “ファイアブースト”」
鋭い爪を受け止めたギルバートの剣が、ほのかに光り始める。そしてギルバートが剣をほんの少しひねると、鉄のような硬さを持つ爪は紙切れのように切れた。
だが魔獣には、人を圧倒する武器が体中にある。ヒポグリフは鋭い嘴でギルバートを突き刺そうと迫った。
「負けるかー!」
そのヒポグリフの突進を、ギルバートは剣に左手を添えて受け止める。勢いが強く一気に後ろに下がったが、それでも全て受け止めた。そして完全に止まってしまったため、重力に負けて降り立つヒポグリフの頭を鷲掴みし、引っ張りながら膝蹴りをぶちかます。
「ケエェェー……」
まるで鳥のような鳴き声と共にヒポグリフが倒れこんだ。
「バカな……わしが……このわしが負けるなど! ありえん!」
ギルバートの立つ群れの先頭付近の動き方が変化した。立ち止まりお互いの体を強く合わせる為に動いているのだ。そしてその動きが収まると老人の側からは2体の魔獣がギルバートに向けて走って来た。
その魔獣に爪を立てられた魔獣の皮膚は破け、血が滴る。
見ていられなかったが、そうも言っていられない。やってくる魔獣は老人の操る中でも最も強い魔獣だ。
そんな事ギルバートは知る由も無いが、相手が強い事だけは十分に分かっていた。
片方はネメアの獅子。老人が乗っていたが、騎乗するより戦わせることにしたようだ。
皮膚が硬く、武器による殺傷は効かない。かつて英雄ヘラクレスだけがこの魔獣を窒息させて倒し皮を剥いで着たそうだが、鎧よりよっぽど強かったという。
もう一体はキマイラ。獅子の頭と体を持ち、肩口からは山羊の頭が生えている。尾は蛇で、しかも長い。噛まれるとバジリスクほどではないものの、人が死ぬのには十分すぎる毒が回る。
だが最も危険なのは毒ではない、両方の頭から吐く、鉛をも溶かす高温の炎だ。全く遠くから攻撃のできないギルバートにとって、ブレスや光線ほど相性の悪い物は無かった。
それでも勝てないわけではないが、老人が冷静さを取り戻す前という制限が無ければの話だ。
到底間に合わない。
「くそ! ここでこんな強いやつが……。くそっ! 俺達の……俺達の……」
「ふぉ……ふぉっ、ふぉっ! そうじゃ、そうじゃ! わしに勝てるはずなど無い!」
老人がギルバートを見て高らかに笑う!
奥歯を噛み締めていたギルバートの口元が緩む。老人を睨んだまま高らかに笑う!
「勝ちだ!」
老人の上に巨大な影が落ちた。
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