「その様子じゃともう手は無いようじゃな! 諦めるがいい、貴様等はここで死ぬ!」
老人は顔を引きつらせながらも、魔獣を操ってバリアーを破壊しようとし続けている。
そのバリアーを維持し続けるアイリスには疲れの色が見え始めていた。限界まで魔力を注いだ状態でのグランドチェーンの発動ももちろんだったが、バリアーにひびが入るたびに干渉を使って修復している事が大きな原因だ。
以前の使用で何も後遺症が無かったためギルバートは何も言わずに見ているが、それでもアイリスへの負担が大きい事は一目瞭然だった。アイリスが膝に手を突いて荒い息を繰り返す。
「おい! 大丈夫か!?」
ギルバートのその言葉にアイリスが振り向き、片手を膝から離してVサインを作る。
「うん! 大丈夫よ! 大丈夫!……あっ……!」
……バランスを崩して肩から倒れ、手を突いて何とか起きあがった。
「えっと……その……大丈夫って言ったら、信じてくれる……?」
「信じられるわけ無いだろ!」
アイリスは「あはは……」と笑みを浮かべていたが、ギルバートには強がるための作り笑いだとすぐに分かった。むしろ限界が近い事のサインなのだ。
すぐにギルバートが戦って休む時間を作りたかったが、キュアバブルはまだ解けていない。
その後の作戦を頭に描きながらアイリスがギルバートを見つめた。
「さっさと出せ!」と喚くギルバートは、中級防御魔法よりよっぽど頑丈なキュアバブルを何とか壊せないかと剣を突き立てている。体中の出血は止まり、少し噛み切られていた傷跡は跡形もなく消えていた。
骨の再生まではチェックできていないが、絶対大丈夫。そう感じたアイリスがそっとキュアバブルに手を触れた。
「タイミングを間違えないでね……一度切りだから」
その一言でギルバートは全てを理解する。
「分かった。あとはゆっくり休めよ」
その重い言葉を聞いて、アイリスが「うん、ありがとう」と笑う。キッと顔を上げ、キュアバブルに手を触れたまま体ごと老人の方を向く。
「ギルバートじゃったな?貴様に見せ付けるためわざわざ石像も残していたが、もはや必要ない!奴等は後で石化を解き、ゆっくりとバラバラにしてやろう!」
許せない言葉だった。ギルバートとアイリスの胸に、絶対負けられないという思いが強く湧き上がってきた。
アイリスがつぶやく。
「……油断してるわね」
その通りだった。
もちろんギルバートが出られない事を知っているからこそだが、アイリスが生きていたことで心を乱され、さらに悪魔という言葉を老人は思い出した。そして恐怖の中戦い、勝っている事に興奮している。それはさっきまでのギルバートに近い。ギルバートの場合は怒りと絶望のダブルパンチだったが、あまりに強いと正しい判断ができなくなることは同じだ。
つまり勝負は、老人が攻撃されることにより興奮が恐怖という間をおいて冷静さとなるまでの、わずかな時間。
アイリスが老人に見えないよう手を背中に回し、立ったまま指を三本立てた。静かにギルバートが頷き、剣に手を添える。全ての行動をアイリスの体が隠してくれている。
指が一本折れ曲がる。
干渉をせずほったらかしになっているエリアディフェンションに、大きな亀裂が走った。
もう一本の指が折れ曲がる。
大きなひびが入ったことを知って、老人が高らかに笑った。
最後の一本が折れた。
エリアディフェンションが細かな魔力に分解され、空気に紛れてゆく。
「干渉! 物体透過付加!」
走り出したギルバートは、決して通れないはずの壁をすり抜けた。
一瞬にして老人の顔は恐怖に染まり、無数の魔獣をギルバート1人に向けた。
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