「やはり悪魔と呼ばれただけの事はあるわい。呪われた者め!」
「おいてめ……!」
「失礼ね! 誰が呪われてるのよ!」
ギルバートの声を掻き消してアイリスが怒鳴る。その声に老人も気圧されていた。
死んだはずの者に怒鳴られれば、そうもなるだろう。
「こ、この場で葬ってやろう!」
老人の声と共に無数の魔獣がギルバートたちに迫った。本当に無数だ。どれだけいるのか分からない真っ黒な塊が路地から次々と現れる。
「ギルバート! ナデシコは?」
「フィソラと同じだ」
「そう……。私に石化は直せないし……」
バジリスクを倒しても石化が解けるわけではない。
石化は最も直す事が難しいとされ、デスペルと呼ばれる解呪呪文、あるいは大量の魔法薬に漬けるしかないのだ。
解呪呪文は極めて高度な魔法だ。なぜならば、どういう仕組みでそうなったのかという事を熟知し、それぞれの場合にあった魔力のコントロールと共に呪文を唱えなければならない。バジリスクと石化魔法では、直す呪文は一緒でも中身が全く違うのである。
魔法薬はアイリスも使える。エリクシールだ。だがアイリスの場合魔法で霧状に発生させ、相手に吸わせることで効果が発揮される。液体で、飲ませられないので漬け込む。だから大量に用意するとなると、鍋で煮込んで作るという本格的な手順が必要だ。できる人は捜せば居るだろうが、少なくともアイリスにその技術は無い。
だからナデシコもフィソラも、戦力に数える事はできない。
「どうする? もう、すぐそこまで来てるぜ!?」
ギルバートが剣を構えてアイリスの前に出た。慌てているために、声が少し震えている。
「分かってるわよ! 少し待ってて……!
……これしかないわ……。
我らを守りし強き鎧よ、ここより3の空間を隔て、かの者の攻撃を防ぎたまへ“エリアディフェンション”」
アイリスを中心とした半径3メートルの空間がバリアーで区切られる。突進してきた無数の獣はそれにぶつかり、入れないと分かると徐々に周りを取り囲み、少し離れては体当たりを繰り返す。
いずれは破られるだろう。
一緒にバリアーの中にいるギルバートが大丈夫なのかとアイリスを見ると、アイリスもギルバートのほうを向いていた。
「あらゆる命の源よ、その力を持って傷を癒したまへ “キュア・バブル”」
バリアーの中にもう一層の膜が生まれ、ギルバートの回復が始まる。出血が止まると同時に、少なくなった血液を造る働きが活発になってゆく。目に見えて顔色が良くなってゆく。だがギルバートは、慌ててアイリスに声をかけた。
「おい! これじゃ俺が戦えな……!」
「まず完全に傷を治して! その間に私が数を減らすから!
大地に眠りし、鉄の塊、今敵を拘束する鎖となってかの者の動きを止めよ “グランドチェーン”」
バリアーのすぐ外に、周囲を覆いつくす程の大量の鎖が地を割って出現する。それらはしばらく空中でゆらゆら揺れていたかと思うと急に魔獣に向かって真っ直ぐに延びる。だが鎖によって動きを止めても一部の強力な魔獣、ネメアの獅子を初めとする特に強力な魔獣がそれらを断ち切り、魔獣を開放していた。
それでもアイリスの鎖が魔獣を捕らえるペースの方が速かったが、老人の巧みな操作のせいで強い魔獣を捕らえることはできない。どこまで戦力を削れるかは正直疑問だった……。
硬い鎖を出す手もあるが、それだとあまりに本数が少なくなる。2、3体捕まえた程度じゃそれこそ戦力は全く変わらない。
「くそ! ……せめてナデシコかフィソラが居てくれれば!」
もう明るい。ナデシコがいれば空から攻める事もできた。フィソラがいれば麻痺ブレスで一度に魔獣を止める事ができる。
魔獣さえ何とかなれば、老人自体の力はそうでもないはずなのだ。
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