「大体どうして私が死んだなんて思ったの!?」
「ぐったりしてて、しかも毒でそれだけ服が溶けてりゃ、まさかと思うだろ!」
「え? 服? ……何これ!?」
自分の服を見たアイリスが顔を真っ赤にして、ワタワタと周りを見渡す。隠す布切れでも捜してるのか? まさか今まで気づいてなかったとか?
……チャンスだ。
「見ないで!」
頭に激しい痛みが走る。頭割れてんのに拳骨かよ……。
もう一度アイリスを見た時には、わずかに見えかけていた下着が手で完全に隠されていた。惜しいっ!
「それだけで死んだなんて思わないでよ!」
「バジリスクの毒だぜ!? どうやったら生きてるなんて思うんだ!」
一滴でドラゴンすら殺すバジリスクの毒。昔、槍で倒した強者がいたらしいが、先がバジリスクに刺さった途端に死んでしまったらしい。おそらくバジリスクの血が槍を伝っていったのだろう。だから俺も剣を刺さず、視線をはね返すなんて面倒な方法で倒した。
あのアイリスの様子だと確実に触れただろうな。それに浴びてなかったとしてもどうして老人が逃すだろう。
「毒が強いから肌に触れる前に服を溶かして反応が終わるみたいなの。私が覚えている限りだけど、何とか避けてたから直接は……」
「老人の話だとエリアディフェンションが解けた瞬間体中にかかったそうだぜ」
「えっ!?」
アイリスが目をパチクリさせ、腕や脚を次々に見てゆく。覚えが無いのは毒を浴びたのが気絶した後だからだろう。とりあえず毒で肉が焼けた痕は全く無いみたいだ。
「あと少なくとも噛まれてるな。それだけで十分死んでるはずなんじゃないか?」
アイリスがじっと動きを止める。
「……何で生きてるのかしら?」
「知るか! どれだけ心配したと思ってんだ! 村人と一緒に避難してろ!」
ほんとにそうしてくれればどれだけ楽だったか、大方老人が俺の元に戻るのを嫌がったか、あるいはいい案を思いついたか。
……ナデシコが暴走して逃げる暇がなくなった可能性も有るな。全部だろうか?
「心配してくれてありがとう。でも!」
アイリスがなぜか生き生きした目で俺を睨む。
「あなたは、私に同じ思いをさせてるのよ! 今回だって1人で背負おうとするし!
いっつもそう! 勝手に私を助けたつもりで周りの気持ちなんてまるで考えてない!
私を攻める前にあなたこそ心配かけないでよ!」
耳をつんざく様な大声が俺の耳を突き抜け、脳を駆け巡る。言い終えたアイリスは肩で息をしていた。だが「言ってやったわ!」とでも思ってそうな、勝ち誇った目をしていた。
「……心配したのか?」
「……そんなわけ無いでしょ……」
さっきまでの様子が嘘のように、アイリスが顔を背けて少し怒ったように頬を染める。か、可愛い……。じゃなくて! こんな思いを何度もさせてたのか。
「ちょ、ちょっと! ギルバート!」
「悪かった」
気づいたときには抱きしめていた。申し訳なかったからか、あまりに可愛かったからか。あるいは両方か。
って! おいおい! 普通に考えたら俺どうかしてるんじゃないのか!? 絶対嫌われるぞ!?
そんな心配を知ってか知らずか、たぶん知らないんだろう。脱出を諦めたのか、アイリスは俺の腕の中で身じろぎしながら俺を見つめている。
そして俺の胸元をぎゅっと掴んだ。投げられる!
「……私は死なないから、その代わりあなたも死なないで……」
上目遣いで俺を見つめた瞳は、どこか寂しげだった……。
「ああ、分かった」
俺の答えを聞いた途端に目がきらきらと輝く。
「絶対よ!」
ものすごく力がこもった声だった。
「当たり前だ! 俺はもともと死ぬ気なんて無いんだからな!」
とりあえずそれは、当たり前だし置いといて。これだけやっていいなら、告白しても成功するか!? ……いや早計すぎるか。慎重に慎重に……。
「悪魔め……」
「離れて!」
アイリスが俺を突き飛ばす。空気を読まない最低の老人が放った魔獣。なんかよく分からないものがアイリスに迫る!
「くそ!」
急いで剣を握り柄を思いっきり叩きつける。気絶してくれたようだ。それにしても、こいつなんだっけな……獅子の体、しわくちゃの人間みたいな顔、3列の牙、サソリの尾、コウモリの翼。混ぜればいいってもんじゃないだろ……
「マンティコア……さすがに強い魔獣が多いわね……」
「そうそう! それそれ!」
あっ……分かってないのがばれた……。なんかアイリスの視線が冷たい。あっおい! ため息なんかつかないでくれ。
それにしてもアイリスが無事だったことは最高だが、この後どうする?
俺に作戦を立てる余裕が生まれ、アイリスの持つ魔獣の知識が使えるとは言っても……ナデシコとフィソラの居ない穴はあまりにでかい。俺が水を指したが、マンティコアを見つめるアイリスは神妙な面持ちだったしな。
ここまで向かい合うと作戦どうので戦力をひっくり返すのは無理なのだろう。
勝てるのか?
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