「あの魔法は頑丈なようじゃが、バジリスクの毒までは防げんかった。 ゆっくりと腐食してゆき、染み込んだ毒は滴となって落ちていってのう……」
 「黙れ!」
 老人が口の端をゆがめる。
 「そうして落ちた滴は当然中におった四属の巫女に当たるわけじゃ。一滴目で青くなり、二滴目からは悲鳴を上げ……」
 「くっ!」
 聞きたくなかった。ギルバートが老人の顔に向かって剣を突き出す。
 老人の目の前にヒポグリフが跳び出し、それを大きな爪で受け止める。
 飛ぶ魔獣を連れているはずが無い、そう思っていたギルバートが気が付いた。時間を掛けてでも、飛ばさずに森の中を移動したのだ。全てはこの状態をギルバートに見せつけるために。
 ヒポグリフの爪が剣を逸らし、ギルバートを切り裂こうと迫る。刃物のようなそれを間一髪剣で受け止めるも、一番近くの建物に吹き飛ばされ、木の壁がめきめきと鳴る。
 「ぐ……」
 倒壊した。無数の木材がギルバートを押しつぶす。埃がもうもうと立ち込めた。
 「……その程度で死にはしまい? 無数の毒の滴は四属の巫女を気絶させ、それでも更に降り注ぐ」
 ギルバートが木材を跳ね飛ばして立ち上がる。頭から血が伝い、それは目にたどり着いて涙と混じって流れてゆく。
 「そこまでの状態になればバリアーがもたん。崩れたバリアーにたっぷり染み込んでいた透明な毒が、滝のように四属の巫女に降り注いだ」
 ギルバートが重い足取りで老人に近づいてゆく。徐々にスピードを上げ、走り出す。
 「それで死ぬじゃろうとは思ったが、ほれ、そこは悪魔と呼ばれた者。念のためバジリスクを這わせ……」
 剣を老人に向けて投げる。回転しながら老人の首に向けて弧を描いて飛んでゆく。老人を乗せたネメアの獅子が跳び、銜えて地面に着地した。
 「首筋を噛ませた」
 「このクソ野郎ー!」
 ギルバートが素手で殴りかかる。容易にかわされもう一度振りかぶるも、獅子に突き飛ばされ地面に転がる。
 「終わりじゃな。もう少しもったならばクウォーターの少女やエンシェントドラゴンの事も話そうと思っていたのじゃがなぁ……」
 「誰がそんな胸糞悪い話聞くかよ……」
 体は動く、まだ力を入れれば足は動き、力を入れれば殴る事ができる。ギルバートの体は弱い痛みを発し、その事を必死に告げていた。避けろ避けろと言っているかのようだ。
 だが、その気はない。もうどうだって良いのだ。
 「……この程度か、興味が失せた」
 老人がそう言って獅子の口から剣を抜き取る。ギルバートの前まで移動し、剣を振りかぶる。
 「ここで死ね!」
 
 ギルバートの剣が、主であるギルバートの胸を狙って振り下ろされる。
 剣を阻む物は何一つ無い。頑丈なギルバートも心臓を切り裂かれれば死ぬ。当たり前だ。
 確実に死ぬ。その中でギルバートは不思議と落ち着いていた。
 ――これで会えるのだ……
 
 「最も強く、最も硬き鉱物の王よ、最も輝き、最も気高き金の王よ。
 今一つになりて、敵の攻撃を防ぐ究極の楯とならん 出でよ最強の楯 “アブソリュートプロテクション”」

 阻む物。黄金とダイヤモンドに彩られた巨大な盾が唐突に出現し、剣を防ぐ。振り下ろした老人の手に反動が伝わり、たまらず剣が手から離れる。
 剣は宙を舞い地面にカラカラという軽い音を立てて落ちた。
 剣士であるギルバートは、自然とその剣を目で追っていた。
 「何やってるのよ!」
 「……そりゃこっちの台詞だ」
 落ちた剣の先に、アイリスが立っていた。

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