「どうやら……一番邪魔なのはそなたのようじゃ」
 老人がアイリスを見つめる。アイリスは黙って作戦を練っていた。
 「しかし、以前といいこの度の戦いといい……愚かじゃ。実に……」
 「大地に眠りし、鉄の塊、今敵を拘束する鎖となってかの者の動きを止めよ “グランドチェーン”!」
 「む!」
 老人の前に魔獣が飛び出し、鎖を防ぐ。
 「後ろががら空きじゃな」
 バジリスクがアイリスに飛びつく。魔法によって布としては驚異の強度を誇る白いローブがジュルジュルと気持ちの悪い音を立てて溶け始めた。 急いで振り落とすも、もはや原形を留めてはいない。毒が染み込んでいる可能性があるため、アイリスは唯一の防具であったそれを投げ捨てた。もしも毒が体に触れたら、それだけで死ぬ事は間違いない。
 ただしローブからは留め金のブローチを外しておく。行方不明になっている親から貰った大事な品だ。
 「バジリスク!」
 声に合わせてバジリスクが毒を吐く。紫色の液体が迫ってアイリスが飛びのいた。地面が気持ちの悪い音を立てて変色してゆく。
 「大地に眠りし、鉄の塊、今敵を拘束する鎖となってかの者の動きを止めよ “グランドチェーン”」
 鎖がバジリスクへと伸びる。だが絡めとれなかった。バジリスクに触れた瞬間、鎖が腐って崩れ落ちてゆく。
 「……どうしたら……」
 「どうもできんよ」
 老人の周りには鎖に捕らえていた多くの魔獣が集まり、近づく事も困難だ。そして老人と離れた場所にはバジリスクがいる。弱点はいくつかあるが、その方法が今は無い。
 アイリスにとって始めての、ギルバートもフィソラもいない完全な単独での戦い。そしてビーストガーズの中にアイリスほど単独戦闘の苦手な団員はいない。
 それでも……もう少し対抗できると思っていた。
 「まだエンシェントドラゴンと共に戦えば勝てたかも知れぬというのに、なぜ1人で戦う事を選んだ?」
 「その間に何人殺す気なのよ!?」
 魔獣が減っていたなら、あの狭い場所でもフィソラは十分太刀打ちできる。
 だが、今対等に戦うなら広い場所が必要になる。メインストリートでなければフィソラの真価は発揮できない。 だが夜間とはいえ出歩く人はいる。遅くまで開いている店には店主もいる。その人たちを犠牲にする事はできなかった。 そして村人を避難させるならどこだろう。条件は広いことと敵から遠い事。メインストリートならばそれらが備わっている。そこで戦えばあとは村の外に出てもらうしかないのだ。下手をすれば大混乱になる。
 それにフィソラが共にいなければ、ナデシコが村人を避難させる事はできない。
 魔獣が老人側からアイリスを取り囲み始め、バジリスクもゆっくりとアイリスに迫る。
 逃げ場は無い。あとできることは、僅かしかない。
 「我を守りし強き鎧よ、ここより1の空間を隔て、かの者の攻撃を防ぎたまへ“エリアディフェンション”」
 魔獣の進行を阻むための半球状のバリアーがアイリスを包む。
 「時間稼ぎに過ぎんよ。この程度は」
 バジリスクがバリアーの上に乗り、その部分から変色し始めた。じわじわとその面積は広くなり、内側に毒が染み出し始める。
 「ほぉ……これはなかなか……」
 最初の一滴はアイリスのスカートに当たり、じゅっ!という焼けるような音と共に穴を開けた。アイリスが絶句する。次の一滴は背中に当たった。耳をつんざく悲鳴。そこにも穴が開く。
 幸いなのはあまりに強い毒であるため服を分解し、染み込む前に毒が反応するという事だ。直接地肌に触れなければ問題は無いが……
 「いつまで持つかのぅ……」
 次第に滴の数は増えていた。一滴落ちるたび、アイリスの悲鳴がこだまする。
 「ふぉっふぉっふぉっ…………」

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