「ビーストガーズ本部、裏の森」それが二人のいる場所だ。
希少な魔獣を保護する為の施設だが「森での実戦は大半を占める」「いざ戦闘になると魔獣は避ける」「広い!」という理由から模擬戦が許可されている。
ただし事故を防ぐため「飛び道具および魔法禁止」という決まりが有り、一部の者しか使わない。魔法の使えないギルバートとほとんど使えないナデシコのためにあるような場所だった。
「あっちは大丈夫そうだな?」
木陰に座りさっきの戦いの反省点を話し合っていた最中に、ギルバートがそうナデシコに尋ねる。一瞬「何のこと?」という顔をしたナデシコもすぐに質問の意図を理解したようだ。ほんの少し考えて「大丈夫みたい」と答えた。
「魔法の訓練ばっかりやったけど、体はちゃんと動きを覚えとるようやから」
「そうか。次から気をつけろよ。
魔法が使えるようになるまでにも任務は入ってくるんだ。だから体術もバランスよくやっておかないとな」
ここ最近ずっと魔法の訓練ばかりしていたナデシコは、体術の腕が落ちたのではと急に心配になってギルバートに模擬戦の相手を頼んだ。
幸いにも体が鈍っていたりという事は無かったが、時々本当に腕が鈍ってしまって休みの日でも訓練をしなくてはならない哀れな新人もたまにいる。
「それにしても相変わらずのスピードだな。
魔法の訓練をしたお前と違って俺はずっと体術を訓練してたってのに、危うく負けるとこだったぜ」
それを聞いたナデシコが目を丸くする。
「えっ! ……あっさり受け流されてばっかりや思とった……」
確かに蹴りもパンチも剣でそらしたものの、すべて握っていた手が痺れるほどの重さがあった。
それほどの威力の拳を、ナデシコは絶妙のタイミングで打ち込んでくる。先ほどのように目が追いつかず、勘で対応することは何度もあった。
だからギルバートは、ナデシコが過剰な自信をつけていないかが心配なぐらいだった。
「もう少し自信を持ってもいいんじゃないか?」
「いいや! それは絶対ちゃう!」
何の気なしに呟いた言葉を、ナデシコは強い口調で否定する。朗らかに照れ笑いを浮かべながら「ほうかな〜」とか言うだろうと思っていたギルバートは「何でだ?」と咄嗟に声に出していた。
「前までのウチはおごり過ぎとった! 世の中にはいくらでも強い人等がおる! ギル様を治したアイリスを見てそう思たんや……。それに、事実ウチはギル様に負けとる。だからまだまだなんや!」
「……なるほどな……」
ギルバートが納得したように、少しだけ縦に首を揺らす。そしていつもよりは真剣に考え始めた。
「けど本当に自信を持ったほうがいい。少しぐらい自信を持っているぐらいのほうが、確実に強くなるからな」
ギルバートが自信たっぷりに話す。
「そういうもん?」
「そういうもんだ」
「……じゃあ……」
急にナデシコが立ち上がり、目の前の開けた場所へ走る。くるりと回ってギルバートと向かい合う。
木漏れ日というスポットライトの下で羽が美しく舞い散り、グローブが白銀に輝いた。
「もっかいやろうや! 次こそ自信を持って、ウチは強いって言うから!」
そう言ってナデシコは、悪戯好きな子供のようにニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりと拳を構える。ギルバートが立ちあがるのを待っているのだ。
「そうだな……。けど手加減は無しだ! せいぜい落胆しないように気をつけろよ!」
「そうやって油断しとると! 足元すくわれて『すってんころりん』ってなるで!」
ギルバートが立ち上がり、剣を握ってナデシコの方へ歩む。それを正眼に構えようとゆっくり持ち上げてゆく。
構えるのを待たずにナデシコは突っ込んだ。完全な不意打ちだ。だが実戦ではこんな事ざらなのだ。ずるいなんて事はまったくない。
だからギルバートは慌てる事もなく一撃目を軽く受け流して剣を構えなおす。
そして今度はこっちの番だと剣を上段に振り上げ、ナデシコに迫る。ナデシコに守る様子は一切無い。
剣に体重を掛けることで威力を出す上段の構えは、振り下ろす瞬間だけバランスが取りにくい事を彼女は知っていた。拳を引き、カウンター狙いで力を溜め、地を蹴る!
全力と全力が、正面からぶつかろうとしている。
「ギルバートーー! どこーー?」どこからか少女の声が聞こえた。
「ん、アイリス?」
ギルバートが立ち止まり、剣を下ろす。慌ててすぐに構えなおす。
「あっナデシコ! ちょ、ちょい待……ぎゃー!」
「あっ! ギ! ギル様ー!!」
ナデシコのストレートがクリーンヒットし、綺麗な孤を描いてギルバートが吹っ飛んだ。
大きな巨木にぶつかってようやく止まり、その木にいた鳥がやかましい金切り声と共に飛び立つ。
これほど鳥が騒げば場所も分かってもらえただろう。
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