言っちゃってた……とアイリスが後悔した時にはすでに遅く、ナデシコはじっとアイリスを見つめていた。笑顔なのが返って不気味だ。
 「えっと……その……」
 「どないなんや!」
 ナデシコの突然の大声にアイリスが体を強張らせる。その場で魔獣のようになったナデシコに対してアイリスができることは、場を和ませる作り笑いだけだった。
 拒否権は無い。
 「私ってドラゴン使いの民族出身なんだけど……」
 「ふんふん、そんで?」
 たった一言から嫉妬の感情をはっきりと感じ取り、アイリスが冷や汗を流した。
 「い、いろいろ問題があったんだけど……長老様がギルバートにそう頼んでいるのを盗み聞きして……」
 「……直接やないんやな?いっぺんも言われてへんな?な!?」
 恐さがすっと消え、真剣にすがるナデシコを見て、よせば良いのにアイリスは必死に思い出す。真剣な態度には真剣に、当然の行為ではあるが……さっきまでは脅されていたのだ。律儀である。
 「そう言えば一回だけ……確か『約束どおり守りに来たぜ!』……って」
 「言うとるんかい!」
 頭を抱えてナデシコがうずくまった。そのまま微動だにしない。
 「えっと……ナデシコ?」
 心配になったアイリスが声をかける。
 「他には……」
 「え?」
 固まったままだったナデシコが、いきなり両手を腰に当てて偉そうに立ち上がった。
 「他にはないやろ!? ウチはこの間の任務一回でいろいろ良い目に会うたもん! さすがに一緒に寝た事は無いはずや!」
 乾いた笑いを浮かべながらも、今のナデシコの様子はかなり自慢げだった。
 なぜだかアイリスはその様子を見て無性に腹が立ってきていた。対抗したいという衝動が一気に膨れ上がり、一瞬で破裂する。たったの一秒ももっていない。
 さっきの怯えはどこへやら、立ち上がったナデシコにあわせてアイリスもスクッと立ち上がる。目を見て一度コホンと咳払い。
 「……同じ布団に入った事は無いけど、私は家に招待したわ。
 二人っきりで食事もパーティーもしたし、隣の部屋で寝た事はあるわね」
 アイリスらしくもない偉そうな言い方だった。
 自身を打ち砕かれたナデシコは口を半開きにして呆然と立ち尽くし、手はだらりと垂れ下がり、体中に全く力が入っていない。
 だが、ナデシコは起死回生の一言を思い出した。一つだけ勝つ物がある!
 急に立ち直ったかと思うとナデシコはアイリスをビッと指差し「ウチの勝ちや!」と宣言した。あきらかな勝ちを確信したナデシコからは、笑顔がこぼれていた。ただし何が基準かは定かでない。
 「『お前がいてくれて良かった』やなんて言われてへんやろ!?」
 「ギルバートがそんな事言ったの!?」
 「ああ言うたで! どうや!」
 これは二人の間ではかなりポイントが強い言葉であったようで、アイリスもかなりショックを受けていた。口をパクパクとさせている程だ。
 だがそれでも、冷静に過去を探っていき、ついに見つけた。
 「わ、私は……」
 「ほーほー、私は?」
 ナデシコが「言えるもんなら言ってみい」とアイリスを見つめる。
 かなり恥ずかしかったので、アイリスはごくりと息をのんでからゆっくりと口を開いてゆく。
 「わ、わ、わ、私は!」
 「私は〜?」
 これを言えば確実に勝てるという自信があった。だが、恥ずかしすぎる。場合によっては……
 「『いつまでも待ってる』って!」
 告白ではないだろうか?
 空気が固まる。聞いたナデシコはもちろん、アイリスは耳まで真っ赤だ。
 これを言った時は当然そんな場面ではない。パートナーになってくれるのをいつまでも待ってる。ただのそういう意味だ。だがその一言だけを考えると、とんでもない……。
 「そ、そないな隠し玉を……。ええわ! ええねんそんなん! 昔の話や!」
 「そんなに昔でも無いわ! たった2年前よ!」
 「いいや! それは昔や!」
 ナデシコが拳を振り上げてアイリスの言葉をさえぎる。
 必死に考えてまた思い出す。もしかして十分威力があるのではと、最後の1つに気合を込めた
 「ウチはさっき、ギル様と秘密をきょ……」
 共有と言いかけたナデシコが、妙な悪寒を感じて呆然と立ち尽くす。それと同時に村の外から複数の足音が聞こえてきた。
 
 「気い付いて良かった……」
 「何のことよ?」
 「全部後回しや! 行くで!」
 「えっどういう事!? 待ってよナデシコ!」

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