森は静寂そのものだった。空を見れば無数の星がきらめき、耳を澄ませばサラサラと草の揺れる音が聞こえる。
 そんな中でも時々殺意を感じ剣を抜くことがあったが、全て熊やら蛇やらの肉食獣だった。
 そういう時だけ手近の木に登って移動を続ける。こっちがどこにいようと向こうは察知するはずなのだ。 もしかしたらさっきの肉食獣はもう操られていたのか? いや、それにしちゃ目が生き生きしていて怖かった。
 老人に操られた魔獣は、囲まれない限り倒すのが簡単だ。精神に変調をきたしているため普通より気絶させやすい。以前もそこを突いた。
 「老じーん! 出るなよー!」
 ホントは「出て来ーい」と言いたいが、それだとワナだと勘ぐられて出て来ないかもしれない。ていうより、声を上げないほうが良かったか?
 「ふぉーふぉー」
 老人の笑い声!?
 なんだ……ふくろうか……。
 先の見えない森の中。……歩くのも嫌になってきた。
 だがここで辞めるとより多くの奇襲の機会を与える事になる。奴には俺を取り囲むのが不可能と判断してもらい、少しずつ動物を小出しにしながら戦ってもらうのが都合が良いのだ。
 それにしても、アイリスは怒って無いだろうか……怒ってるだろうなぁ……。
 あ、でも案外いいんじゃないか!? 帰った瞬間に、俺を見たアイリスが喜んで抱きついてきたりとか!
 よし、絶対生きて帰ってやる! 手土産は老人だ。
 ……無理だな。無理。老人の事じゃない。
 ナデシコが先に抱きついてアイリスが怒るのが、まるで目に見えるようだ。
 「……」
 憂鬱だ。どうやっても上手く解決しない。なんだか思いっきり力が抜けて、その場で大の字で横になる。 この状態で襲われればひとたまりも無かったが、今は殺意を感じない。それに、これから徹夜で歩き回るんだ。これくらいは許して欲しい。
 「ふぅ………」
 とりあえず考えを変えよう、そういえばアイリスと本気で戦ったのは初めてだ。
 予想通り勝つ事はできたが、俺でも分かる罠がいくつも仕掛けられていた。たぶん二重三重で俺が気づいて無い物もあるだろう。もちろんだが、アイリスの罠ってのは俺の落とし穴みたいな目に見える物じゃない。作戦の中での話しだ。
 たとえば最初のフィソラの一撃だ。剣で受け止める事もできたが、そうすれば完全に動きを封じられていた。そこをグランドチェーンで縛られるかもしれない。
 縛る形が変わったのもそうだ。剣を体の中心から外されたためまず右腕次に全身を解放という二つの手順を踏むことになった。ぐるぐる巻きならもっと簡単に脱出できる。
 加えて判断が遅れれば一撃で終わる際どい攻撃。ほんとに俺……人間として扱われてなかったな。
 ナデシコの回復に回ったのも何か裏がありそうだ。あのタイミングで、ほっておいても回復の早いナデシコを戦力から外すのはどこか不自然な気がする。何らかの手段で解放すると考えるのが妥当だろう。
 ならその方法は……
 「……干渉。まさかやって無いだろうな……」
 あれはたぶんアイリスにしか使えない。一般には不可能とされる技だからだが、それゆえに対価や副作用といった物がまるで分からない。なぜアイリスが使えるのかすら不明だ。
 それだけ分からない事ずくめでなぜ、その言葉は存在するのか。魔法使いが全員「できたら良いなぁ」なんて考えるからだ。それほどに便利な力らしい。
 「まさかな……」
 アイリスは優しい。俺を助けるためならなんだってやってくれるだろう。それをかばうから大変なんだが……
 とりあえずそれは置いといてだ。俺を助ける手段を絶対に思いつくほど頭が良い。まさか、生きて帰るつもりの俺をその場で叩きのめして止めるなんて一見矛盾した戦いに、そんな危険な物使わないだろ。
 使わないよな?そうだといいんだが……。
 まぁなんにしても、アイリスもナデシコも安全だ。フィソラがいるし、あの老人は目当ての俺を狙う。
 ゆっくり休んでくれれば済む話だ。
 二階の部屋が崩れてないといいな………。
 「ふぉーっ! ふぉっふぉっふぉっ!」
 「出やがったな! 老人!」
 急いで立ち上がり大声を張り上げると、音も無く鳥が飛んでゆくのが見えた。
 闇の中、音も無く飛ぶ鳥といえば、……ふくろうだ。
 「紛らわしい鳴き方するな!」

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