宿は、もはや廃屋並みに壊れていた。
 高級そうなソファーも、綿が出ていた。
 宿のオーナーが、逐一壊れた物をメモしていた。
 だがそんな事は、1人悠々と立つギルバートにも、計画を立ててゆくアイリスにも、キュアバブルの外を眺めるナデシコにも、最も冷静であるはずのフィソラにも映らない。
 ただ目の前に目的があるだけだ。
 「大地に眠りし、鉄の塊、今敵を拘束する鎖となってかの者の動きを止めよ “グランドチェーン”」
 アイリスの足元から、鎖が宿の床を突き破りギルバートに迫る。
 ギルバートはそれを薙ぎ払うが、鎖は地面に高い金属音を響かせ横たわるだけで切れることは無かった。より多くの魔力を注ぎ硬度が増しているのだ。
 薙ぎ払った瞬間に、後ろからフィソラがのしかかろうとしたが、ギルバートは後ろ向きのまま股をくぐり避けた。読みどおりだ。
 「干渉! 追尾付加!」
 アイリスの声と同時にさっきの鎖が再び迫る。よく見ると鎖の根元をアイリスが握り締めている。
 ギルバートが鎖を薙ぎ払いそれは金属音を響かせ横たわる、ことは無かった。はね返された鎖は小さく跳ねただけで、すぐさまギルバートに迫る。
 「……」
 ギルバートがその場に立ち止まり、剣を大きく引く。止められないならばホームランボールの様に遠くに吹き飛ばしてしまえばいい。
 『まだまだだ!』
 フィソラがそのための軸足を払い、たまらずギルバートがうつ伏せに倒れてゆく。
 だが今戦えるのはフィソラだけだ。そのフィソラも、さっきの足払いでバランスを崩している。人間の足を責めるにはフィソラの体では高すぎる。
 ここで素早く立ち直れば、ギルバートは玄関から出て行けるはずだ。
 「ここやー!」
 だがナデシコが視界に覆いかぶさるように飛んでいた。アイリスがまた干渉を使ったのだ。
 だが効果は有った。高速の拳が吸い込まれるような動きで頬を直撃し、ギルバートが頭を床に打ちつけた。
 「……」
 その瞬間に鎖が床を突き破り、ギルバートの四肢に巻きついて床に固定する。さっきの脱出手段が使えないよう右腕だけが2本に増えている。
 アイリスの思った通り。あの状態からナデシコが攻撃に加わるとは、さすがのギルバートも予想できないはず。
 「……どうや! 行ったらあかんのはウチ等に負けたギル様や!」
 「油断しないでナデシコ。諦めが悪いから」
 『もうさすがに無理なのではないか?』
 
 勝負の結果はその瞬間見えたのだ。
 鎖に、ギルバートはいなかった。
 「………やられたわ」
 三人が呆然と見詰める先には、床に固定された顔の無い人形があるだけだった。
 そういえば……ギルバートが最後に喋ったのはいつだったか……。

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