「どうだ? 何か分かったか?」
オーナーとの話を終え近寄ってきたアイリスに、できるだけ自然な態度を心がけながらギルバートが尋ねた。隣ではナデシコが期待のこもった目でアイリスを見つめている。
「もう居ないって」
ギルバートとナデシコが「やっぱりな……」と同時にうなだれる。
「でも森に向かったみたい! 今からならまだ間に合うかもしれないわよ!」
そんな二人を見て急いでアイリスがそれを告げた。
「俺達自身を餌にするのか?」
今度は察するのが随分と早い。とりあえずの状態は理解したようだ。だがそう言ったギルバートは、神妙な面持ちだった。
「うん。それが一番だと思うの。村での戦闘も避けられるからちょうどいいでしょ?」
ギルバートはしばらく答えずに手を顎にあてなにやら考え事をしていた。そして空を眺め、宿の掛け時計を見る。
そして何かを決心し太陽が西から昇るほど珍しいと評判の、真剣な顔でアイリスの目を見つめ口を開く。
「アイリス。お前は村に残ってくれ」
「え? ……それって……え?」
アイリスの目が理解できないといった様子できょろきょろと動く。何とか理解しようとしても頭がそれを拒んでいた。
アイリスだって老人の事を許せないでいるのだ。それはギルバートも知っていた。ならなぜなのか。アイリスはそれが全く分からないで戸惑っていた。
「何言うとるんやギル様! ここで戦力を二分したらどないなるかぐらい分かるやろ?
ウチ等はいっぺん負けとるんや! いくら強うなった言うても短期間での修行には限界がある! まして唯一ウチ等を回復できるアイリスが抜けたら……」
「抜けるのはお前もだ」
「な、何言うてんねん!」
ナデシコの声をあえて聞かないようにしながら、ギルバートは話を続けた。
「もちろんアイリスが居てこそ本領を発揮するフィソラも置いて行く。
ああ、そうか、言い方が悪かった。こういう場合抜けるのは俺だよな」
そういって、肩を一度上げてストンとおろし、ギルバートは少しだけおどけて見せた。
ナデシコの全身がわなわなと震え、ひびが入るほどの力で机に両手を叩き付ける。
オーナーがそれを止めようとしたが、その怒った顔を見てただただ恐怖を感じ、何も言わず引き下がった。
「ふざけとるんか! いくらギル様でも本気で怒るで!」
「もう本気だろ? それにふざけてなんかない。俺が考えた一番いい判断だ。理由もあるぜ」
ギルバートはそんな中で冷静さを保っていた。
こうなる事を予想しての発言だったからというのはもちろんだが、自分がかなり酷い事を言っているという自覚があり、それに対する後ろめたさからかえって客観的な立場で周りを見ることができていた。
「そんな理由はクソッタレや! ギル様が危ないやないか!?」
「俺なら大丈夫だ」
体が丈夫という根拠の薄い自信だったが。
「待ってよ、ギルバート……」
深く長い深呼吸で、何とか理解ができる程度まで冷静さを取り戻したアイリスが、目にうっすらと涙を浮かべてギルバートに話しかけた。
「……理由はあるのよね? 説明して……」
どことなく儚げに立っているというのに、アイリスのその言葉には今のナデシコすらおとなしくなるほど重みがあった。
理由もなく好きで我が身を死の危険に晒す者はいない。少なくともギルバートはそうだ。
「理由は、今ナデシコが言った通りだ」
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