とある異界の物語:エピソード02





「ほぉ。まだ、生きておるのか」

白髪の老人が、感嘆の声を上げる。

視線の先には山積みの犠牲者と一体の動物。

彼の姿は大きなトラのようだが、通常の倍はある。

魔獣。魔力を持った動物は、異常な大きさになることがある。その一種だろう。

大変美しいはずのその毛並みは大量の血のりで汚れ、もともと赤い毛並みであったかのようだ。

一部の血のりは今も大きくなり続けている。

魔獣が部屋の壁へと走りだし、その速度のまま自らの体を壁に叩きつけた。

赤いしぶきが壁に飛び散る。

「無駄じゃというのに」

壁にぶつかるのと、老人の言葉はほぼ同時。

鋼鉄によってできた壁は、凹み一つないまま、そびえ立っている。

なんど繰り返しても……、何も変わらない。血のりが増えるだけだった。

悔しさがこみ上げ、厳しい顔で一点を睨みつけた。

その先にいるのは、さっきから自分を戦わせている老人。

ずっと、ガラス越しに戦いを観察……いや、支配と言った方が正しい。

彼を捉えたのも、この老人だった。

「いつまで持つか……楽しいのう……」

老人が手元のボタンを押す。

壁が開き、大鷲が現れる。だが、様子がおかしい。

目は虚ろで、獣特有の刺すような野性味がまるで無い。

鳥は、その身を軽くし飛ぶことによって生き延びてきた。外敵を前に降りるなどあってはならない。

だが地面に降り立ち、向かい合う。

その様子は、まるでルールがあるかのようだ。

「いつまで持つかわからんが……それこそ面白いと言うもの。行け!」

老人がそう言うと、待っていたかのように鷲が飛び上がった。

魔獣は動かない。いや、動けない。

出血とさっきぶつかった反動だ。脚は震え、立っているのがやっと。

死んではならない!そんな体でも生きる気力を失わず、堂々とした様子で襲ってくる者を目に捉える。

我と共に捕らえられたものを救わなければ!と自らに言い聞かせ、動かない体を引きずり戦いに望んだ。

老人のいる部屋。ガラス越しの小さな部屋の扉が開く。ノックも無く。

1人の若い男が入ってきた。

「相変わらず、悪どい趣味してやがる」

男が顔をしかめつつ、そう言う。

老人がイスを回転させ、男の方を向いた。

「若造にこの良さが分かるとは思っとらんわい」

男が鼻で笑い、何かを老人に放り投げた。

真っ黒な中に白い線で何かが描かれた、手に収まる小さな壷だ。

老人の膝の上に落ちる。

「ありがたく借り受けるとしよう。

ときにこのアイテムじゃが」

老人が何かを聞こうとしたとき、


かん高く、体中を締め付けるかのような悲しい……鳴き声が響く。

断末魔の声。老人がなんども聞いた声だった。

老人が急いで振り向き、戦いを見る。苦虫を噛み潰したような顔で、男に向き直り。

「見損ねた……」

心底悔しそうに、そうつぶやく。

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