もう深夜。

ギルバートもアイリスも明日に備えて眠りに付いた。

ただ1人、フィソラだけが起きている。

もうすぐ眠るつもりだが、明日に差し障りない時間までは見張るつもりだ。

「あの。すみません」

足元で声をかけるものがいたため、フィソラが下を向く。

黒髪で黒い瞳。髪は後ろで縛っている。

綺麗な顔立ちで、真面目そうな印象を受けるが暗い感じはほとんどしない。

ただ、反省はしているようだ。声がそんな感じだった。自信のない感じ。

ほんの少しの印象の暗さも、これが原因だろう。

「ウチはナデシコです。

あなたがフィソラさんですか?」

『そうだ』

フィソラが頷く。

「遅れてしもて、ごめんなさい。

皆さんやっぱり寝ちゃってます?」

申し訳無さそうな顔で頭を下げ、謝る。

あまりに遅いため、来たら怒ったしぐさでもしようかとフィソラは思っていたのだが、きちんと謝られるとむやみに怒れない。

軽く注意ぐらいはしたいところだが、言葉が通じないので下手をすると勘違いさせてしまう。

あきらめて、ギルバートとアイリスの部屋の窓を見た。

すでに明かりは消え、カーテンが閉じている。

『もう寝ているようだな』

話しても聞こえないと分かっているので、頷きながらそう言った。

「一言謝りたいんやけど、そうはいきませんよね……はぁ……」

ナデシコが小さくため息をつく

『とりあえず今日は寝るといい。明日謝れば許してくれるだろう』

宿を指差してから寝る体勢に入る。そのあと、大丈夫という印にウインクを一回。

「やっぱりうち、えらい怒られるんでしょうか……」

伝わらなかったらしい。

フィソラが起き上がり首を横に振る、その後再びウインクする。

「でもやっぱりギルバートさんには、悪い印象持たれますよね……」

『謝りさえすればギルバートは根に持つタイプではないから大丈夫……と言いたいが……。

どうすれば……』

少し考えて、ただ首を横に振った。

「そうなんですか!」

ぱっと顔が明るくなる。

「すみません、もう遅いのに相談にまで乗ってもろて!

ありがとうございました」

そう言って頭を下げ、ナデシコは宿屋の中に入っていった。

『やはり、言葉が通じないのは不便だな』

そう言ってフィソラは寝転び、眠ろうとした。

一方ナデシコは運良く、遅くまで起きていた支配人に声をかける事ができた。

人のよさそうな顔をした男の支配人だ。

受付に座り、帳簿の計算をしていた。

「すいません。ビーストガーズのギルバートさんが部屋を取ってると思うんですけど、どの部屋ですか?」

支配人がナデシコを見て、「失礼ですが、身分を証明する物はお持ちでしょうか?」と定番の質問をする。

基本的に私服での活動とされているが……団員にはそうであると証明する警察手帳のような物が支給され、それさえ見せれば身分の証明だけでなく尊敬の念さえ送られる事も、たまにはある。

ナデシコが背中に背負ったリュックを下ろし、中を探ってそして。

「……」

固まった。忘れたらしい。

どう見ても目の前の少女は盗賊や強盗の類に見えないのだが、確実でない以上通すわけにもいかない。

支配人が困った顔を浮かべ、

「名前を聞いてもよろしいですか?」

「ウチ?」

ここには二人しかいない。

「ナデシコですけど……」

名前だけで通してくれるわけが無いと思いながらも一応名前を告げた。

支配人が顎に手を当てじっと何かを考える。そして「あっ」と何かに気づき、カウンターの下から紙を取り出した。

ナデシコのプロフィールだ。写真とナデシコの顔を交互に見比べる。

「そこの階段を上がって左側の、3番めの部屋に止まっています」

そう言いながらスペアキーをカウンターに置いた。

「へ!?……なんで教えてくれるんですか?」

「お二人から写真をお預かり致しておりましたので、ナデシコ様ご本人と確認できました。

鍵を渡しておいて欲しい、とのことです。ところで……」

支配人が少し身を乗り出し、ナデシコの目を見つめる。

「本っ当に!ギルバート様のお部屋なんですね?」

「へ?……間違いないと思うんですけど……。

ええっと、小柄な女性とええ感じに話してる、銀髪とオッドアイが目立つギルバートさん?」

ナデシコが躊躇いがちに支配人に尋ねる。

彼は長く宿屋を経営しているが、それでもお互いを思いやって喧嘩する男女は初めてであった。

そして、銀髪とオッドアイも始めてで、とても目立っていた。

「そうですね。お連れのアイリス様と仲が良さそうで、かつ目立つ方でした」

「じゃあいいんです。ありがとうございました」

そう言うとナデシコは教えてもらった階段を登る。

長い廊下で両側に部屋がいくつも並んでいた。この中で左側の三番目は。

「この部屋やな」

言われた部屋に行き、ドアノブに手を掛け、ひねる。が、開かない

「……鍵もろてへんやん」

急いで階段を下りる。

支配人がどうかしたのかと、ナデシコを見る。

チラッと置いたままになったスペアキーを見てなるほどと思い、それを持ってナデシコに歩み寄る。

「お開けいたしましょうか?」

「お願いします」

支配人の後を付いて行き鍵を開けてもらった。

「ごゆっくりどうぞ」

それだけ言って支配人は階段を下りるが、途中で「最近の子は大胆なんだな……」と呟いた。

一方ナデシコは「あかんなぁーうち……。もっとしっかりせな!」と、拳を握り締め、一言気合を入れて部屋の中に入った。

布団は1つでふくらみがある。寒いのか頭も出ていない。

とはいえ、そこしか寝る場所は……。

イスは木だし、布製の寝転べそうな物も無い……。

まして仕事初日に、別の部屋をとる金なんて……。

アルタイルが渡そうとしたお金を受け取っておくべきだったと一瞬思った。

だが三食飯付き修行付きの、ただ飯快適生活。これ以上はいけないと思い直す。

「ごめんなさい、アイリスさん。少しわけてな……」

軽く手を合わせ、そう言って着替え始める。

疲れていたのか、髪をほどくのは忘れていた。

そして起こさないようにゆっくりと、布団の端に入った。

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