ジャングルのすぐ外の、名前すらないほど小さな村に着き、一つだけある宿屋に入ったのは随分前だ。
アイリスはすぐに意気揚々と村の店に出かけた。食べ歩くつもりだ。
だが、ギルバートは宿屋の入り口近くにあるソファーに座っている。
本当なら一緒に食べ歩きをしたいところだが、待ち合わせという都合上2人で出歩くわけにも行かない。
「あれ?まだ来てないの?」
アイリスが扉を開けて宿に戻ってきた。
両手に焼き鳥とヤマメの串焼きを持ち、行く時よりも明らかにリュックが膨れている。中身はほとんどが食べ物だ。
そしてお土産以外は明日の朝消えているのである。
「食べる?」アイリスが楽しげに笑いながら、手に持った串をギルバートに差し出す。
「食う。サンキュー」
まだ温かい。もともとお土産のつもりだったので急いで戻ってきたのだ。
「結構食べ歩いたから急いで戻ってきたんだけど……どれくらいたったの?」
「あの時計を信じていいなら、今で7時間だな」
「そんなに!?」
お前の食べ歩きもな。と言いそうになったが飲み込んだ。
「いったいいつまで待てばいいんだ……」
疲れた様子で、ギルバートがぼやく。
何の楽しみも無く、じっとソファーに座ること7時間。
待っているのだから眠るわけにもいかない。時間の無駄。
勉強嫌いのギルバートの頭に、本を持ってくるべきだったという考えすら……。
ギルバートが食べ終わるのを見届けて、アイリスが時計を見た。7時30分。
「そろそろ部屋を取った方がいいわよね?
チェックインしてくるわ」
「あ、だったらこれも持っていってくれ!」
ギルバートが一枚の紙を差し出した。
「ナデシコさんのプロフィール?」
「宿の誰かに伝えとけば、そいつが来た時俺達の部屋に案内してくれるだろ?
もしかしたら寝てる間に来るかもしれないし、鍵を渡してくれるよう伝えといてくれ」
「そうね。うん、お願いしておくわ」
アイリスが受付に向かった。
ナデシコが遅れている。
いや、遅れているなんてレベルじゃない。任務の日を間違えているのかもしれない。
もともとは今日の昼にジャングルに入り、中で一日野宿。そのまま回って帰るはずだった。
今は夕方。本来、野宿の用意をする時間だ。遅すぎる。
とはいえ危険な事は何一つ無く、心配する事も無い。
森林とはいえきちんと国が管理する道だ。そういう道には監視の為にゴーレムか使い魔が配備されているはず。
つまり盗賊なんかの対策があるのだ。
それにもし盗賊が襲ってきたとしても、ビーストガーズに入れる時点でそいつらはただの雑魚。
例えば、一切攻撃魔法が使えないアイリスでも身を守り、逃げ切れる。
捕縛魔法で逮捕も可能だろう。
とはいえ、そのための組織でもあるのだからそれで当然。団員にとっては出来て当たり前。
アイリスが受付の女性に話しかける。
「すみません。部屋を二つ取れますか?領収書もおねがいします」
田舎の宿屋だし、部屋はほとんど空いている。
そんなアイリスの予想通り、ちゃんと隣り合う部屋で取れた。
受付の女性から鍵を受け取り、ギルバートの隣に座る。
「とりあえずこれで大丈夫よね。やっぱりジャングルに入るのは明日にするんでしょ?」
「今からじゃ洞窟を捜せないし……仕方ないよな」ギルバートが大きくため息をつく。
「ごめんね、私だけ遊んできて……」
「いやそれは別にいいんだ。俺もいい物もらったし」
と言って、アイリスの目の前で食べ終わった串を揺らす。
「そんなことより、結構歩いたし疲れただろ?俺の事は気にせず休んでろよ」
アイリスが微笑む。気持ちいいほどの笑み。
気遣ってもらったのがよほど嬉しかったのだろうか。
「ありがとう。でも私は大丈夫。
ギルバートこそ疲れてるでしょ?私はずっと外に遊びに行ってたし大丈夫だから代わるわ!」
確かにギルバートは疲れている。忍耐強く待っていたので精神的にくたくたなのだ。
さっきの笑顔で吹っ飛んだが、アイリスが離れればまた戻ってくるだろう。
「それでも動き回ったんだから疲れてるだろ。
明日はジャングルだ。今日より疲れるし、ちゃんと休んだ方がいいぞ」
いくら楽しくても肉体的な疲れは残る。もともとスタミナの少ないアイリスをこれ以上疲れさせるわけにはいかない。
まして明日は暑く足場の悪い密林に向かうのだ。
「あなたこそ、ちゃんと休んで!」
アイリスが少し大きな声でそう言うが、アイリスこそ休まないと駄目だ。
「俺は平気だから休めって!」
とはいえ、ギルバートも休まなければならない。
「休んでて!」
「お前こそ休んでろ!」
いつの間にか二人とも立ち上がり、睨み合っていた。譲れない!
二人が大きく息を吸う。
「「だから!!」」
『私が見張ればいいのではないか?』
アイリスのパートナードラゴン。フィソラだ。
念話でアイリスと話すため、ギルバートに声は聞こえない。
アイリスの反論が止まる。
「フィソラか?」
「うん」
『アイリス。お前は休むべきだ。
気持ちはわかるが、明日に疲れを残すべきではない』
落ち着いた様子でフィソラが話す。
「でもギルバートが」
『確かにそうだ。
私はビーストガーズの裏の森でずっと過ごしているから、一番疲れていない。
それに私は目印にもなる。
私たちがここに泊まっているということはすぐ分かるはずだ』
いつもの事だ。二人が喧嘩した時にはフィソラが仲裁する。
フィソラは幼体とはいえ、かなり長く生きていて、いつも的確なことを話してくれる。
「ギルバート、フィソラが代わってくれるって」
「フィソラは大丈夫なのか?」
『気にしなくていい。私は大丈夫だ』
「大丈夫だって」
アイリスが外に出る。
それを見てギルバートも外に出た。
「フィソラ!」
アイリスがそういうと光の玉が現れる。
光が消えると白いドラゴンが現れた。
大きさは3メートルぐらい。背びれが有り、体中が鱗に覆われている。
背中には翼も有るが、たたんでいるのであまり目立たない。
額にはエンシェントドラゴンの証である、四属性を宿す4色の水晶が光る。
ただ、そんな立派なドラゴンであるにも関わらず、目はクリッとしていてすごくかわいい顔だ。
幼体である証拠で、コンプレックスだったりする。
「悪いなフィソラ。ナデシコが来たら呼んでくれ」
そう言ってギルバートが中に入る。話せないのにどうやって呼ぶのか、フィソラが軽く呆れる。
「ごめんね。戦いまではゆっくりさせてあげたかったんだけど……」
次に話しかけたのはアイリスで、申し訳無さそうだ。
『気にしなくていい。いるだけで目印になる。
神経を配らなくていいから、待つのも楽だ』
「ありがとう。おやすみ」
そう言って、アイリスも宿屋に入った。
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