第2章:ナデシコ


今回の任務も徒歩で行く事になる。

魔法が発達している代わりに、この世界では化学が発達していない。

電車や飛行機などは存在せず貴族が最高時速20キロの車を持っているかどうか、そんな世界だ。

転移魔法、いわゆる「テレポート」なんてのもあるが、そう簡単にはいかない。

使える者が少なく魔力の使用量も多いので、いざと言うとき以外は使わないよう注意されているからである。

と言うわけで、だいたい徒歩か馬。馬に乗れないなら歩くしかない。

森は多く、林道なんていくらでもある。

今二人が歩いているのも、そういった道の一つ。両側は森だ。

「ねえギルバート。リーリアさんの弟子ってどんな人?」

アイリスが歩きながら尋ねた。

渡された資料を見せてなかったことに気づき、ギルバートが背中のリュックを探る。

紙の束を取り出し、

「最後のページに写真と簡単なプロフィールが載ってるはずだ。

ついでに、ミッションの内容も確認しといてくれ」

そう言ってアイリスに手渡す。

人通りもなくぶつかる心配もないので、アイリスは読みながら歩いた。

最後のページ、例の弟子のページで手が止まった。

なぜだか、一点を食い入るように見つめている。

視線は下のほうで、見ているのは明らかに写真ではない。

「簡単そうな任務にしてくれて助かったな。

俺たちも新人とはいえ、さすがに入ったばかりで初ミッションの新人じゃあ難しいミッションでは足手まといだろうし……」

笑いながら、アイリスに語りかけるが、

「ねえ、これちゃんと読んだ?」

アイリスが立ち止まる。真剣な顔だ。

それに合わせてギルバートも立ち止まる。

「とりあえず目は通したぜ。

任務の内容は完全に覚えたはずだし、一通りは見たはずだ」

これでもギルバートは、集中さえすれば普通に賢いし、悪知恵も働く。……集中さえすればだが。

資料の内容も、大事な部分を絞れば一回で覚えられる。

「この人の所は見たのよね?」

「とりあえず顔と、名前は……ナデシコだったよな」

「ここは?」

アイリスが表を指差し見せる。ギルバートがものすごく嫌な顔をした。

「数値ばっかりだからな……飛ばした」

アイリスが指差したのは、力や俊敏性、持久力などの計測数値。ついでに筆記試験の結果も書いてある

かなり細かく書かれているため、ギルバートの言ったとおり数字だらけだ。

数値は一般の平均を1とし5までで計測されているが、小数点が使われていて……はっきり言って見にくい。

一番下には入った時点での総合評価が書かれている。

評価はAからFまであり、Aに近づくほど高い。

標準はCぐらいだろう。それ以下だと入れない可能性が出てくる。

「これ見て!」

「見たくないな……」

と言いながらも、渋々言われた通りにした。

力は平均的だったが、持久力など他の分野は1.5以上中でも俊敏性は、

「すごいな。3か……」

そのまま約3倍と考えていい。異常な数値だ。

計測ミスも考えないといけない。

「それだけじゃないの」

アイリスが指を動かしグラフの一番下を指す。

「Aよ」

ビーストガーズ自体が各国のエリートぞろいの組織。

それゆえ人員不足に困っているほどの、実力主義だ。

Aはめったに付かない。

事実、5年に1人居れば良い方だ。

「そんなに大した事じゃないんじゃないか?」

不思議そうな表情で、ギルバートがそう言う。

「大した事に決まってるわよ!足を引っ張るのは私たちかも……」

驚いた後、アイリスが心配そうにギルバートを見た。

「俺もAだったし大丈夫だって」

本当だ。Aだったからこそ、ギルバートは期待の新人なんて呼ばれている。

ただし筆記試験では最低点に近かった。

ギルバートをじっと見る。そのまま考えた結果アイリスは、

「……嘘でしょ?」

「疑うなよ。それに仮に俺がAじゃなかったとしても、入団時よりは強くなってるはずだろ?

対等ってのはあるかもしれないが、俺達以上ってことはないはずだ」

確かにAは入団時の結果。

師匠のリーリアはもっと強いはずだし、ビーストガーズ全体で平均をとってもBぐらいにはなるだろう。

「そう?」

「そう!」

ギルバートが強く言い切る。

「それに、そもそも実戦経験が違う。俺は2年間、お前は1年半も実践を積んでるんだぜ。

来年には正式なランクが与えられるこの時期に、新人なんかにあっさり負けててどうする!」

元気付けるために最後を強めに言った。

実戦経験はかなり大事だ。素質があっても使いこなせなければ意味が無い。

「そうよね!大丈夫よね!?」とようやくアイリスが安心した顔を見せた。

ちなみに当時のアイリスのランクはFで、最低ランク。

フィソラとは別々に計測する必要があったためこうなってしまった。確かに攻撃が一切できないのは痛い。

ワイスンの目に留まらなければ、確実に駄目だっただろう。

おそらくパートナーであるギルバートが弱くても、ビーストガーズに入ることはできなかっただろう。

とっさに不安に思った気持ちも、分からないでもない。

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