「う………」
……生きているらしい。
目を開くとぼやけた世界……水による光の屈折か?
水?何でそう思うんだ?
どうも記憶が……。
とりあえず、立ち上がって……
「つぅ!」
少し動かした途端に激痛が走る。
「動いたらあかん!」
ナデシコが慌てた様子で俺に声をかける。なんだか鬼気迫るものがあって動けない。
だが動かないでくれ、って言われてもな……。
まだ任務が終わってないしさっさと終わらせないと。
「動いていい?」
「アホか!!あんな状態やったのに動けるわけないやろ!」
もしかして逆鱗に触れた!?何か言ったか俺。
ちょっと待てよ……。あんな?…………!
全て思い出し、傷む体を無理やり起こす。
ナデシコが心配と驚きの混じった顔で俺を見ている。
「あいつは!?あいつはど、んげ!」ナデシコに慌てて聞こうとすると、何かにぶつかった。
かなり痛い……。
周りをよく見るとうっすら青く染まっている。そうか、キュア・バブルの中か。
「ウチらには足止めもできんかった……。
少し油断した途端……」
「そうか……」
四属の巫女。確実にアイリスを指す言葉……。
あいつの勘違いってのも考えられるが……それでも間違いなくそう呼んだ。
捕まえれば全部分かったはずだ!くそ!
嫌な予感がする……。
「アイリスは無事だよな!?」
「魔獣を助けに……」
無事ってことだな。ならいい。
だが、答えたナデシコの声は沈んでいる。
四属の巫女ってのは俺にしか聞こえなかったはずだし、何を気にしてるんだ?
「どうかしたのか?」
「……どない、言うたらええんか……」
「どうでもいいから言ってくれ」
「癒し系最高位の魔法、キュア・バブルズ。
並みの魔法使いはこれで魔力が尽きてまうやろ?
せやけど、その後でこのキュア・バブル。
しかも魔法への干渉をしたみたい、アイリスはキュア・バブルの中に手を入れて止血をしたんや。
その最中にもフィソラを変身させたから3回も変身させたことになるし……。
今襲ってきた魔獣を治療しよるんも、並みの魔法使いやったら5人は居らな魔力が持たん。
魔法だけやない、ギル様を治療するんも……」
「おい、ちょっと持て!
つまり発動後の魔法への干渉をして、三回目の変身をやったのか!?」
ナデシコが神妙な面持ちで頷く。
「信じられへん……。
あんだけの魔力を持っとるやなんて……。
それに加えて治療の手際も判断も……」
その先はなんとなく分かる。医療技術の話だろう。
随分勉強したようだから確かに人並み以上。驚く奴もかなりいるんだよな。
それより大事なのは、フィソラを強引に3回変身させたこと。
変身の魔力は、ほぼ全てアイリスの魔力。その魔力に反応して起こる。
フィソラの能力ではあるが現時点で2回までだ。
もちろんフィソラも影響を受けるが微々たる物。本当に深刻なのはアイリスのダメージだ。
それに魔法への干渉。そんな嘘みたいな話あるわけない。
魔法は基本的な能力が決まっている。そして発動した後は何一つコントロールを受け付けない。
コントロールを受け付ける魔法はちゃんとそういう魔法として作られている。
それを強引に捻じ曲げて新たな能力を加えたり、効果を変化させること。それを魔法への干渉、もしくはただ干渉と呼んでいる。
ナデシコの話は信用していいだろう。こんな嘘をわざわざ言うはずがない。
となると、やっぱりそれが出来たということだ。
そんな無茶を重ねてるのか!!
「ウチ、今後が不安になってきたわ。
ウチ大丈夫やろか……みんなあんなんできるん?」
「そんなわけないだろ!
止めに行くぞ!てっ!」
キュア・バブルを完璧に忘れていた。
さっきより勢いよくぶつかり、鼻を押さえて座り込む。我ながらなんて馬鹿なんだ。
「大丈夫かいな!ギルさまかて無茶したらあかんねんで!」
「それどころじゃない!止めなかったのか!?」
ナデシコが拳を握り締め、安心した顔から一転して悔しそうな顔になる。
「……止めたけど、止まらんかった……
止められる雰囲気やなかった……堪忍や……」
小さな声だったが、「申し訳ない」とか「力づくでも」とか、そういう感じがひしひしと伝わってきた。
「あ、あぁ。いや悪い。言い過ぎた」
アイリスは本気になると周りに有無を言わせない雰囲気になる。
今みたいに何かを助ける時がそうだ。
慣れてないナデシコに、止められるはずがないじゃないか。
それどころか俺はどうなんだ、寝てただけだろ!?
「お前はちっとも悪くないし、十分やっていけると思うぜ……」
ナデシコが一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐにまた暗い顔になってしまう。
「アイリスは、大丈夫やんな」
「待つしか……ないだろ……」
アイリスの意思を尊重して待つ。そんな当たり前のことができたのは、ナデシコが隣に居てくれたからだった。
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