戦いが始まり、ナデシコがギルバートの後ろを走る。

後ろではフィソラがブレスを吐いて敵を痺れさせているが、切りがない。

やはり老人を抑えないと駄目か。

後ろを見ながらギルバートがそんなことを思っているうちに、獣との距離は随分と縮んでいた。もう目の前だ。

ギルバートが目の前に来た「翼を持ち片足で立つ鹿」ペリュトンを剣の腹で叩き気絶させ、ナデシコも目に付く動物を殴り倒す。

小さめの動物は力も弱く、ほとんどが戦闘に不向き。

これだけの騒ぎなら、他の動物に踏まれるか自然に蹴り飛ばしてしまう。

「狙うのは、大きめの獣だけだぜ!分かってるな!」

囲まれても、進み続ければいい。周りの大きいのを倒せば、倒れたそれは壁になる。

それが今回の作戦。ただし行動は全て見られているため、老人は簡単に逃げることができる。

あとはどうやってそれを克服するか、だ。

「その後はどうするん!?」

「合図したら飛べ、翼を出す場所ぐらいは確保する」

「ギル様は!?」

敵に突入した今、ナデシコは最後の脱出手段。残されたものがどうなるかは火を見るより明らかだ。

「俺は大丈夫だ。ちょっと痛いだろうけど、な!」

敵をなぎ払ったので、最後に力がこもっていた。

とその瞬間、ギルバートの死角からかなり大きな動物が飛び掛る。潰されれば終わりだ。

ギルバートが気配で気づき振り返るが、間に合わない。足がギルバートに触れた!

「うりゃー!」

ぎりぎりだった。ナデシコが人には不可能な速さで敵の横から飛び掛り、寸でのところで殴り飛ばす。

空中で踏ん張ることもできなかった獣は真っ直ぐに飛んで行き数体の動物を巻き込んで気絶した。

「ナイスフォロー!」

「ナイスフォロー。やない!そんなんあか……あー!もう!」

ナデシコが振り向き、軽やかにステップを踏む。読みどおり猪が突っ込んできた。

「邪魔!」

一回転しその勢いを生かして蹴り込む。また数体の魔物を巻き込んで飛んでいった。

「……なるほど、地面を蹴って一瞬浮いたときを狙ってるのか」

「そうそうそやからあんな風に……って!そんなんどうでもええ!

それより、痛い思いせんでもウチがギル様乗せてあっこまで飛ぶ!」

「飛ぶ寸前で獣に飛びつかれたら、そいつごと飛べるのか?」

「……せやけど……ウチだけ逃げるん?冗談やない!

ウチは、足をひっぱとるんか……?」不安げに、声が少し揺れている。

「違うって囮だ囮!」ギルバートが慌てて説明し始めた。

囮とは言っても空中に逃げる以上安全、しかもギルバートと離れた後も安全が確保でき、一石二鳥の作戦だ。

「飛んだら敵はお前を見るだろ?その一瞬の隙が必要なんだ。

お前がいてくれてよかったさ」

少し間が空き、ギルバートがあっと気づいて後悔しても時すでに遅く

「もう!いてくれてよかったやなんて!

そんなんいきなり言われたら困ってしまうやんか〜」と、困っている割にご満悦だ。

戦いの最中だというのに頬はリンゴのように赤く染まり、ギルバートを見つめうっとりとして骨抜きになっている。

だがそんな空気はお構いなく、獣は無数に飛び掛ってくる。

慌てて目に付いた一番大きな獣を昏倒させ、大量の動物を足止めした。

「もうウチ、死んでもええ……」

「この状況で縁起でもない事言うな!

そろそろ仕掛けるぞ!」

そう言うが早いか話し続けるナデシコの腕を掴み、いきなり老人とは違う方向へと走り出した。

急に腕をつかまれてますますナデシコが赤くなったが、すぐにそれどころではなかったと思い直し、ギルバートに続く。

「ガァーーー!」

曲がる瞬間「漆黒の大犬」ヘルハウンドが飛び掛ってきた。

狙われたナデシコがとっさに動きヘルハウンドが繋いでいた手に当たる。

手が離れ、二人の距離が広がり、一瞬でナデシコの顔が変わった。

恐怖



「何さらしてくれとるんや、ボケ!」

を感じさせる鬼のような形相。怒りの対象を蹴り上げ、上がったところを拳で叩き付けた。

魔獣なのでそれぐらいでは死なない。

むしろ確実に気絶するのだが、ギルバートはどうにも個人的な恨みを感じ絶対に怒らせまいと心に誓い、手を握って走り始めた。

森の端、敵からはかなり離れた地点で二人が立ち止まる。

森の外に待機していた動物と、追いかけてきた動物。挟み撃ちに遭い、動けなくなったようにしか見えない。


こういう戦いで囲まれれば終わり。

ナデシコは、アルタイルにそう教わってきた。リーリアでさえ、隣で頷いていた。

なのに怖さは無い。隣には誰よりも立派な男がいる。

そして、その男が剣を振り上げ、一歩踏み出し、なぎ払う。

数体の魔獣が倒れ、一時的な壁ができた。

「今だ!」

その声にあわせてナデシコが飛ぶ。

その瞬間、何かが割れたような音がした。

恐る恐る下を見るとギルバートの姿は無く、狂った獣の姿しかない。

「ギル様ーーーー!」「あっはっはっはっ!」

少女の絶叫と老人のしわがれた笑いが森中にこだました。

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