第4章:気づかない異常






アイリスが最後に食べ終わるのを待ち、「今日の説明をしていいか」とナデシコに声をかけた。

つもりだった。

「あれ?どこ行ったんだ?」

少し前まで、俺の近くで食事をしていたはず……。見回すと、すぐに見つかった。

……俺の寝袋で寝ている。

眠れなかったのか、わざと早く起きたのか……、どうして俺の寝袋なのか……。

まあいいか。

「起こしてくるから地図を出していて」

アイリスが食べ終わった食器を座っていた石の上に置いて立ち上がり、ナデシコの方に向かった。

俺は、足元に置いていた自分のかばんから地図を取り出す。

地面に広げればそれで終わりだ。

「今日はどこを通るんや?ふわぁ〜あ!」

いつの間にか近くに来ていたナデシコが、あくびをしながら俺に尋ねる。

顔を上げると、アイリスもナデシコの向こう側に居た。

「今は、ここな」

地図の一点を指差す。ほぼ円形の森だ。

昨日は森の南東から入って北の端まで、その後南西の方向に歩いた。

今居るのは、森の中心よりやや西の位置。

「で!今日は……」

指を動かす。ここから東にある森の中心近くまで行き、そこから南西に向かう。

そのまま東に向かい、入ったあたりから森を抜ける。これならほとんどの場所を見て回れる。

まあ昨日何もなかったし、今日も何もないだろう。

そうそう問題が起きたらたまらない。

「ふ、ぐぅ〜〜」

ナデシコが大きく背伸びをした。

「眠そうだな。今日一番早く起きてただろ?」

ナデシコは眠そうな目をこすりながら……

「起きたんやのうて、寝てへんのや。

昨日の夜遅うから変な感じがして、少しも寝れんかった……」

「大丈夫か?」

「うん。今は起きたてやからどうにも眠いだけ。

なんも変な感じはせんな」

「変な感じ……」

昨日の夜は何も感じなかった。むしろ俺は、今変な感じがする。なぜだか分からないが。

まあ、考えてみても問題は起こっていない。

鳥の雛が落ちたって事も、希少種を見たなんてのも。何一つ起こってない。

問題になりそうな、魔獣にも出くわしてはいなければ、そんな魔獣の声すら聞かない。

気にする意味すらない気がするし、考えて気づくような頭でもない。

「ねぇ、もしかして、まだ一匹も魔獣を見てないんじゃない?」

アイリスが小さな声で、だが確信に満ちた声でそう呟く。

「それだ!」

ここは森だ、もっとたくさん何かがいて当然。

今だって、朝なのに鳥のさえずりすら聞いていない。

俺が起きた時、騒がしいのはナデシコだけだった。

そういや、あの騒がしさの後が…………。

顔が熱くなってきたので、必要以上にうつむき、隠す。

運良く、アイリスもナデシコもどうしてなのか考えているらしく、俺の動きには気づいていないらしい。

幸いにも、だんだんと熱さが消えてきた。

「ウチが感じたんはなんかこう……引きずられるような、飲み込まれるような……。

どっか行ってしまうような、そんな感じやってんけど」

ナデシコが目を瞑って腕を組み、考え込む。俺もアイリスも、それに期待することにした。

それを感じたのはナデシコだけのようなので、任せるしかない。

それに昨日、アイリスを騙しきったんだ。賢いに決まってる!

さあ、賢者ナデシコ!答えは!?

「……ぐぅ……」

ぐぅ?

「……すぅ……」

偶数?そんなわけない。

ナデシコの頭は上下にゆらゆらと……。よく分かった。

俺と同レベルだ。

「ナデシコ。起きて」

アイリスが肩を掴み、軽く揺らす。

「ふにゃ……」

目を覚ました。寝起きはいいのか。なんか悔しい。

「あ!ごめん。なんも分からん」

「分かったらすごいんだ。気にするな」

申し訳なさそうにしていたナデシコが、ちょっと照れたように笑う。

「とにかく、このまま何もないと、それはそれで問題だな。

報告するか?」

「そやな」

「うん」

こんなの、聞いた事がない。

知識の豊富なアイリスが知らないなら、ほぼ確実に異常だ。

(何が起こるかわからないからね)

ワイスンの言った事が、頭をよぎった。

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