「はよ起きて!朝やで!」

あれ?いつもと違うな……。

ゆっくりと目を開けると、俺を覗き込んでいたのはナデシコだった。

「アイリスは……どうしたんだ?」

ナデシコが一瞬むっとした顔になった気がした……気のせいか。

「まだ寝とるで。昨日はもっと早かったやんな?」

ナデシコが指差した方向を見ると、アイリスが寝ていた。

寝袋を乱す事も無く、綺麗に寝ている。

昨日は一日イライラしていたから、疲れたんだろう。ぎりぎりまで寝かせてやるか。

「今何時だ?」

「ちょい待ってな!」

そう言ってナデシコが自分の分の寝袋へと走る。

「6時や!」

大声でそう言う!アイリスが起きるだろ!

急いで、アイリスを確認する。……セーフだ。

それにしてもよく寝てるな。

「どないしたんや?」

いつの間にか、ナデシコがすぐ近くに来ていた。

ほんとに分かってないらしい。

「アイリスが起きるから、静かにしてくれ」

「どうせ起こさなあかんのちゃう?」

……一理あるが……疲れたときに寝たい気持ちは、人一倍わかる……。

「もう少し寝かせてやってくれ。昨日お前を運んで、しかも心労が重なったからな。

疲れてるはずだ」

「ほんなら、その間にうちが食材とって来るわ!」

そう言って翼を出し、後ろを向いて飛び去ろうと……。一気に目が覚めた!

「うわ!待て!」

こいつの事だ。絶対に迷う!

起き上がり、急いでナデシコの手を掴んだ。

ナデシコが俺に振り向く。なぜか頬が、ほんのり赤い。

「どうせまた迷うだろ!?おとなしくしてろ!」と言うと、急に残念そうな顔をした。

「……そんだけ?」

「それ以外に無いだろ?」

寂しそうに言われてもな……。

「ウチが何で、昨日アイリスと喧嘩したんか分かる?」

「リーリアに頼まれたからだろ?」

今更何を言ってるんだ?

「途中でウチ、そのこと忘れとってん」

「それがどうかしたのか?」

「ギルバートは楽しなかった?ウチはめっちゃ楽しかってん!」

「確かに楽しかったな」

ナデシコの顔が、ヒマワリのように明るくなる。

「そやろ!分かってくれた?」

「……いや、全然。

何が言いたいんだ?」

ヒマワリがしおれて、

「鈍いわ……」

失礼な!

ナデシコがアイリスを見る。フィソラは散歩にでも行ったのかここにはいない。

ナデシコの背中から羽が消えた。目線の高さが違うからか、ナデシコが腰を下ろす。

「今がチャンスやろうな……」

「何のこ……」

最後まで言えなかった。ナデシコが俺の目の前に少しずつ迫り、途中で目を閉じた。

上質の綿のように柔らかで、ほんのりと湿った何かが………俺の口を塞いでいる……。


ナデシコがゆっくりとはなれる。顔が真っ赤で、まるでリンゴのようだ。

「リーリア師匠に言われたからって……キスまでせん。

分かってくれた……やんな?」

ナデシコが俺の目を見つめる。

えっと……。

「まさか俺のこと……」

「好きやねん!

もともと師匠から聞いて、強さに憧れただけやってんけど……。

昨日話して、……胸がドキドキして……。

こんなん初めてや!」

俺の目を見つめ、手を小さく握って、恥ずかしそうに言葉を搾り出す。

初めてということは、きっとファーストキスだったんだろう。

だが、俺は……

「悪いな……。俺はアイリスが好きなんだ」

言葉だけなら前にもあったな、こんな事。随分悲しそうな顔をさせた。

また、あんな顔を見て……

「わかっとる!」

「何で分かってるんだ!?」

それより!負けると分かってて俺に告白したのか!?それに、悲しそうと言うよりは随分と、なんと言うか……

「そんなん丸分かりや!

でも、アイリスとは付き合ってへんし、ウチにもチャンスはあるはずや!

未練がましいとか、そんなん気にせえへん。

ウチはギル様が好きなんや!絶対ギル様を手に入れる!」

前向きだ。だが、ここではっきりとふっておくべきだ。

変に期待をさせたら悪い。

「あのな、ナデシコ。俺はアイリスが好きなんだ。

残念ながらお前が入る隙間はないし、悪い事は言わないから俺を諦めて誰か他の奴を……」

「そんなん関係ない!」

おい!

頬をほんのり紅く染めながら、はっきりと力いっぱい否定された。

だいたい何で俺なんだ?こいつほどなら、寄って来る男なんて星の数だろうに。

「ウチが好きやから、実力で振り向かせたら問題ない!

手始めに次からギル様って呼ぶから!」

「へ?」

冗談だよな?

「ギル様」

ほんとに呼んでる……。

「とりあえず宣戦布告は終わった。早速やけど朝ごはんでアピールさせてもらうで!

できたら起こすからゆっくり寝といて!」

「お、おい。ちょっと……」

返す間も無く、ナデシコが川の方へ向かって走っていく。

いや、仮に時間があっても聞ける空気じゃなかったか。

周りを見渡すと、アイリスは騒ぎにも気づかず寝ているし、フィソラもいない。

ナデシコはいないし……

「誰か説明してくれ……」

何が起きたんだ?

次へ